〜自分戦略研究所 転職者インタビュー〜
転職。決断のとき
第15回 ITコンサルタントのキャリアを目指したい
中村京介
2004/6/9
スキルを上げるため、キャリアを磨くため、給料を上げるため――。エンジニアはさまざまな理由で転職し、新しい舞台で活躍する。では、転職の決断をするのはいつなのか?
そしてその決断に至った理由とは何だろうか? その決断のときを、今回は@ITジョブエージェントを利用して転職したエンジニアに尋ねた。
今回の転職者:尾田隆司さん(仮名・26歳) | |
プロフィール■地方企業で4年間のソフト開発を経験後、東京に上京して転職活動を行う。見事第一志望の企業への転職を成功させる |
■将来の目標は「ITコンサルタント」
地方から東京の企業への転職を考えている人にとって、今回紹介する尾田隆司さん(仮名・26歳)のケースは、非常に参考になるケースだろう。地方出身の尾田さんは、関西の大学時代を除き、ずっと地元で過ごしてきた。東京での生活は今回の転職で初めて実現、そして転職と同時に結婚。公私ともに新しいスタートを切った。
小学校時代からコンピュータに興味を持ち、大学時代、授業でWindowsを触り、その面白さを実感、将来の進路をコンピュータ業界に定める。就職先には、大学のあった関西よりも、「生活のしやすさ、コスト」を考え、実家から通える150人規模の地元企業を選んだ。それから約4年間、パッケージソフト開発に携わるが、次第に転職を意識するようになる。
「実際の仕事内容と自分が描いていた将来像とが、すごくかけ離れていることに気付き始めたのです。いずれITコンサルタントの道に進みたいという大きな目標がありますが、前職時代は特定のユーザーを想定せず、すべてこちらで設計・開発をするという自社開発のスタンスでしたので、ユーザーと触れ合える機会がまったくありませんでした。また、組織が硬直化していて、新しい動きがあると必ず社内の他部署から圧力がかかる。部署間の連携もなく、協力が必要なときに協力できないという状況がずっと続いていました。このままこの会社にいても、自分の目標には到達できないと思ったのです」
■地方には「転職にネガティブ」な風潮が……
転職情報は主にWebサイトから入手した。求人企業に直接応募することはせず、@ITジョブエージェントを使って人材紹介会社にアプローチした。
「人材紹介会社のコンサルタントには、『まず上司に相談して、他部署に異動できないか相談してみてはどうか』といわれました。でも、当時私がいた部署は社内で最も進んだ開発案件を手掛けていたので、その部署以上に面白そうなところはなかった。さすがにオフィスコンピュータの保守・点検のような仕事はやりたくなかったですから(笑)」
将来の目標を達成するには、「転職」という選択肢しか残っていなかった。転職のネックになったのが勤務地の問題だ。地方には次の転職先となる企業が極端に少ない。地方ではまだまだ転職にネガティブな人が多いのもそのためだ。
「転職するならば地元から離れなくてはならなかったので、決意を固めるまでには相当な葛藤がありましたね。当時は実家に住んでおり、それほど生活費は掛からず、不自由ない生活を送れていました。でも、最終的には、将来ITコンサルタントになるという目標を実現するために、地元を離れる覚悟を決めました」
■オープンソースでの開発に取り組みたい
当初は大学時代を過ごした関西で仕事を探していたが、人材紹介会社のコンサルタントから、「東京の方が仕事の選択肢は多い」とのアドバイスを受け、東京にも視野を広げた。もっとも、東京に目を向けたのは、単に転職案件の多さからだけではなかった。
「地元企業で働いていた約4年間、ITコンサルタントの働きぶりを直接目にしたことはありません。地元企業では他社との交流がまったくありません。他社のエンジニアの情報も入ってこない。@ITのWebサイトなどから情報を得るくらいでしたね。東京はカンファレンスやセミナーなどが多く、いろいろな人との出会いもありそうなことも、選んだ理由の1つです」
人材紹介会社からは約20社を紹介され、そのうち2社の面接を受けた。第一希望が、現在の会社だった。
「『これから伸びる』と感じたのです。早急にオープンソース系に取り組むということなので、上昇気流に乗っていけるのではないかと。ちょうど会社が伸びる時期に自分も入社し、一緒に成長していければいいなと思ったのが、志望動機です」
転職先を選ぶ際の条件は、技術的にはオープン系。前職ではオープン系技術でパッケージを作っていたためだ。そして、業務的には、将来ITコンサルタントになるためのステップとしてパッケージの受託開発に携われること。お客さんと直に接することが狙いだ。地方在住という関係上、人材紹介会社とのやりとりは、主にメールや電話を活用した。
本来は別々の日に2回予定されていた入社面接を、1日で行った。面接時間は昼をはさんで合計6時間以上にも及んだ。技術的な話から仕事に対する考え方まで突っ込んだ質問を何とかクリアし、見事内定を勝ち取った。
■将来のビジョンがあれば困難も克服できる
しかし、入社して3カ月余りがたち、現段階では「自分が入社前に想定していた仕事に携われていない」と打ち明ける。現在は、2次請けとして1次請けの会社に常駐し、パッケージソフトを導入する際の既存ソフトとの調整といったカスタマイズ業務に携わっている。
顧客との距離が縮まったという点では前職よりも希望に近いが、実際の顧客との折衝は1次請けの会社の人が担当している。オープン系の開発案件をベースに顧客と直接やりとりして折衝能力を磨くというステップを考えていた尾田さんにとって、現在の状況は本意ではない。
「『話が違う』ということは上司にもいいました。正直、辞めようかなとも思いました。でも、転職して3カ月がたち、新しい環境にも慣れ、社内でも自分の場所は作ってきたつもりです。いまは苦しいことが多いですが、修業と割り切っています。現在私がやっているプロジェクトは第1フェイズの終わりかけ。実現できるかどうかは分かりませんが、これを機に次は自社のプロジェクトに携わりたいと思っています。ただ、この会社は、前の会社と違って上の人に対して気兼ねなくいえるところが救いです。いまは会社も私の能力を測っている段階なので、目の前の課題をクリアして一歩一歩ステップを上っていこうと思っています」
■「チャレンジャー」の立場でスキルアップに励む
ITコンサルタントという目標が、いまの仕事内容とは距離感があることは、尾田さん自身が一番認識している。
「これからの数年間が今後の自分にとって大きな意味を持ちます。この間、技術的なスキルはもちろんのこと、ユーザーとの折衝経験を含めたビジネススキル、ヒューマンスキルを磨いていきたいですね」と言葉に力を込める。
あと3年働いたとしてもまだ20代。時間は十分にある。将来は、独立を視野に入れているが、「東京で成功できれば地元に戻るかもしれないが、『失敗したから帰る』とは考えていない」といい切る。
@ITの読者の中にも、東京の企業への転職を考えている地方在住者は少なくないが、それを実際に行動に移すには、尾田さんと同様の決意が求められるだろう。
「現状を打開できないのであれば、潔く東京に来てしまった方がいい。ただ、後で『やっぱり地元がいい』と帰って就職しようと思っても、多分就職口がない。その覚悟は必要です。大事なのは、将来のビジョンがあるかどうか。その実現のために東京という場所が必要だったら、ここに思いっ切り溶け込んでしまえばいいじゃないでしょうか」
「これまで自分はチャレンジャーではなかった」と笑うが、未知の地で将来の夢に向かって走り始めた。
担当コンサルタントからのひと言 |
尾田さんは地方在住だったので、最初は電話での面談でした。とても真面目で素朴な方で、会話の中から「東京でキャリアアップしたい」という意思の強さを感じました。早期に、彼のモチベーションの強さを確認できたので、その後のプロセスもスムーズに進みました。 20社ほど紹介し、最終的に現在の会社に入社しました。この会社はエンジニアを大事にしています。社長自身が研修の講師を手掛け、社員とのコミュニケーションにも前向きです。彼の人間性とこの会社はマッチすると思いました。社長との最終面接は2時間を超え、お互いトコトン理解しあっての入社です。 彼との面談で「しっかり先を見据えて、一歩一歩進んで行こう」というキャリア観を聞き、内定の予感を感じました。実際入社してから、自分の希望とは異なるジョブアサインになり、戸惑っているようですが、それも会社のさまざまな事情があってのことだと思います。これにめげず、頑張ってほしいですね。 パソナキャレント キャリアコンサルタント 杉山 宏 |
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