
第30回 40代で転職できる秘けつを聞く
岩崎史絵
2006/3/14
| 転職が当たり前の時代になった。それでも、転職を決断するのは容易なことではない。スキルを上げるため、キャリアを磨くため、これまでと異なる職種にチャレンジしたり、給料アップを狙ったり――。多くのエンジニアが知りたいのは、転職で思ったとおり仕事ができた、給料が上がった、といったことではなく、転職に至る思考プロセスや決断の理由かもしれない。本連載では、主に@ITジョブエージェントを利用して転職したエンジニアに、転職の決断について尋ねた。 |
今回の転職者:大貫一郎さん(仮名・40歳) |
|
| 大学時代にプログラミングの面白さに目覚め、新興のゲーム会社に就職。スーパーファミコン、Windows、ネットワークゲームなどエンジニアとしてさまざまな種類のゲームの開発に従事。だが40歳を前に、会社の将来性や待遇、仕事内容に疑問を持ち、転職を決意する。@ITジョブエージェントに登録し、新進SI企業に開発部のアシスタントマネージャとして転職する。 |
■設立されたばかりのベンチャー企業に就職
大学卒業時、大貫一郎さん(仮名・40歳)が就職したのは、設立されたばかりのゲーム開発会社だった。経営トップも同じ歳か1〜2歳ほどしか違わず、活気もあったその会社には、大貫さんのほか5〜6人の同期入社がいた。ただ大貫さんは内定だけは取ったものの、諸般の事情のためその年は大学を卒業できず、1年間は学生と会社員の二足のわらじを履き続け、1991年に卒業した。
大貫さんは大学で電気・電子工学を専攻していた理系派。だが、コンピュータやプログラミングを大学の授業で直接学んだわけではない。そんな大貫さんがゲーム開発の世界に飛び込んだのは、大学入学時に両親からプレゼントされたパソコンがきっかけだった。
「もう少しさかのぼると、私とゲームとの出合いは、小学生のころ大流行した『インベーダーゲーム』が最初でした。インベーダゲームのおかげでゲームに興味が出てきたのですが、そのうちゲームは専用のコンピュータ言語で書かれている、と教えられました。そこで、『じゃあいろんなプログラミングさえ覚えればいろんなゲームができるんだ』と分かるようになって、興味関心がプログラムに移ったのです」(大貫さん)
とはいえ、パソコンがまだ非常に高価な時代だったころ。大学に入学したお祝いに両親からプレゼントされるまで、プログラミングをやったことはなかったが、アセンブラなどから少しずつプログラムを覚えるうちに、その世界にハマっていったという。入ったサークルもプログラミング同好の士が集まるものだった。「プログラムは好きだったけど、決してゲーム少年ではなかった」と語る大貫さんだが、ベンチャーのゲーム開発会社に入社したときには、期待も大きかったという。
当時はちょうどファミコン(ファミリーコンピュータ)全盛時代。大貫さんもファミコン用ゲームソフトの開発プログラマとしてプロジェクトに参画した。
ゲーム開発のプロジェクトの場合、システム開発プロジェクトとは少し様相が異なる。ゲームの場合、ゲームの世界そのものを作り出すプロデューサーやサウンドの担当者、ゲームの難易度を決めるシナリオ制作、グラフィックスなど、あらゆる要素を集約して1つのゲームが誕生する。つまりプロジェクトマネージャは管理職とは限らないし、どちらかといえば一般のシステムインテグレータより“職人”気質がある現場だといえる。「例えば転職に際しても、同じ職種で超大手のゲーム開発会社に転職するケースが目立ちました」(大貫さん)
同じ会社の中には自分より年上の社員もいたが、仕事の仕方やキャリアで“目標”となるべき人はいなかった。そもそも社員の多くは、自分と年齢もそう変わらない。唯一、技術者として高いスキルを持っていた社員がいることにはいたが、「あの人のようになりたい」という目標とはなり得なかったという。夢中で仕事をしていたうちはそれで良かったが、「目標となるべき社員が周囲にいない」ということが、後年大貫さんの転職志望に影響を与えることになる。
■業績低迷、担当替えで芽生えた転職の芽
大貫さんが開発チームのリーダーとなったのは、スーパーファミコンからWindows版ゲームの開発チームに移ったころ、入社して6年目のことだ。「ちょうどWindows 95が発売されたばかりでした。インターネットの波とWindows 95の台頭、自作DOS/Vマシンの流行など、ちょうどいまのアキバブームの先駆けといえるでしょう」(大貫さん)
こうした情勢を読んでいたかのように、2〜3年前に大貫さんはWindows版ゲームの開発部に異動願いを出していた。Windows上での開発経験はまったくなかったが、好きだったので独学で勉強していたのと、社内のシステム運用管理を担当することで技術力を身に付け、1996年にWindows版のチームに移ることになった。ちなみにPCのゲームの場合、家庭用ゲーム機と異なりテストが非常に複雑だ。市販されているすべての機種でバグが出ないか、構成が異なる機種の場合はどうかなど、延々作業が繰り返される。大貫さんはほとんど休みなしで開発を続けた。
Windows版のゲーム開発は当初軌道に乗り、その後大貫さんはインターネット版のゲームの開発、メンテナンスに着手する。しかし残念ながら、当時の勤務先はオンラインゲームのトレンドにうまく追従することができなかった。これが大貫さんの報酬に多大な影響を及ぼしたからたまらない。「その勤務先では、プロジェクトの売り上げ貢献に従って給与が配分されていました。つまり私が所属しているプロジェクトの売り上げが落ちていたため、給与がまったく上がらないという状態でした」(大貫さん)。また開発から運用に移り、考える時間が増えるようになったため、そのころから具体的に転職を意識し始めたそうだ。
■自分を見つめ直すため1年間の猶予を設定
もともと開発者志向が強かった大貫さんだが、保守・運用の仕事に移されてモチベーションが低下していった。加えて、上がらない報酬。ここで初めて、いままで無我夢中で走ったことの疲れが出始めた。周囲にはモデルになるようなキャリアの持ち主もいない。
そして大貫さんが悩むと同時に、会社の経営も傾き始めた。「そこで運良く解雇の打診があったので、条件を飲むことに決めました。退職金も保障されるし、たまっていた有給休暇を消化することにして、次の転職先を考えることにしたのです」(大貫さん)。大貫さんのこの判断はまさにタイミング良く、その後会社は別の企業と合併し、残っていた社員は十分な退職金を得ることができずに会社を去ったという。
大貫さんは有給消化中でも残った業務を片付けるため、1カ月近くは元の会社に通った。そして時間ができたのを機に、教育訓練給付金を使って専門学校に通ってグラフィックスの勉強をするなど新しいことにもチャレンジ。「少しゆっくり自分の方向性を考えたい」とのことから、すぐ就職せずにこの専門学校へ1年間通った。同時に、フリーエンジニアになるか起業するか転職するかを友人に相談し、このとき、以前から読んでいた@ITの転職支援サービスである「@ITジョブエージェント」に登録してみたという。
「選択肢はいろいろあったのですが、やはり人間として尊敬できる上の方々と一緒に仕事がしてみたかった。そういうわけで、ゲーム業界と限らず開発系の会社にいろいろ当たってみることにしたのです。条件は『自分より年上で、尊敬できるビジネスマンの方がいらっしゃること』でした」(大貫さん)。早速、@ITジョブエージェントを通じて転職エージェント2社から連絡がきた。
年齢が40歳ということもあり、少し不安もあったが「コンサルタントの方に『C言語の技術があればツブシが利くので大丈夫です』と太鼓判を押されたので安心しました。Windowsのゲーム開発でC言語系はほぼマスターしていたことが良かったと思います」(大貫さん)と語る。そしてキャプランから紹介してもらった企業10社ほどに面接に行き、現在のソフト開発ベンチャー企業への転職を決めた。
■最終目標があるから転職先で頑張れる
現在の勤務先を選んだのは、将来IPO(新規上場)を目指しベンチャーとして活気があったこと。実は以前のゲーム会社もIPOを目指していたのだが、「資金調達したらそれはそれでまた大変だ」という消極的な空気も内部にあり、決して活気に満ちたものではなかったという。また、退職してから一時フリーや起業を考えた大貫さんにとっては、IPOを目指すベンチャーに所属しているだけでも、十分ビジネスの勉強になる。
現在大貫さんは、そのベンチャー企業で開発部のアシスタントマネージャを務める。サーバ監視ソフトやパフォーマンス測定ツールなどを提供しているその会社では、自社製品を軸に各種サービスを展開し、会社を大きくしようという気概に満ちているそうだ。「ゲーム開発とソフト開発はまったく違うのではないだろうか」という当初の不安もすぐ払拭された。少ない人数だからやることはたくさんあり、会社の雰囲気にもすぐ溶け込むことができたという。
「将来、起業の道もあると考えています。そのときのために、この会社でビジネス経験と技術を磨き、次のステップにつなげていければと考えています」と大貫さんは語る。
担当コンサルタントからのひと言 |
|
大貫さんのサポートは、弊社コンサルタントの山田とともに担当させていただきました。 山田から「温厚・誠実で仕事に対して強い意欲をお持ちなので、キャプランで転職先決定までサポートしたい」と伝えられたことが印象に残っています。 実は入社された企業とは、最近お付き合いを始めたばかりだったのですが、事業内容や社風をご理解いただくために、ヒアリング内容を資料にまとめて大貫さんに紹介させていただきました。 選考期間はわずか10日。入社まででも20日間と、大変スピーディでした。入社のご決断も非常に早かったのですが、これも最終目標を持つ大貫さんだったからこそ。まさに英断を下されました。 短期間の選考でしたので私自身には少々不安もあったのですが、ご入社後、風通しが良く社内の方々とも良いコミュニケーションが取れていると伺い、安心いたしました。また、最近も仕事が充実していらっしゃるとのことで、良いご縁だったことをうれしく思っております。 |
記事のためインタビューに出てくれる転職経験者募集中 |
| 本連載では、さまざまな理由で転職したITエンジニアを募集しております。なぜ転職したのかを中心にお話を聞かせてください。記事のインタビューに当たっては、実名、匿名どちらでも構いません。インタビューを受けてもいいという方がいらっしゃいましたら、次のアドレスまでお知らせください。なお、インタビューを受けていただいた方には、多少ではありますが謝礼を差し上げております。 連絡先: jibun@atmarkit.co.jp |
転職。決断のとき バックナンバー
- 第1回 経営方針についていけず、転職を決意
- 第2回 3回目の転職で、ようやく見えたキャリアの光明
- 第3回 エンジニアを究められる環境を求めて
- 第4回 転職しないことを「リスク」と感じた
- 第5回 転職は市場価値を上げる手段だった
- 第6回 技術力だけでは生き残れない
- 第7回 “技術屋”的発想から抜け出したかった
- 第8回 “孫請けエンジニア”の仕事に限界を感じた
- 第9回 技術者の焦り。上流工程を経験したい
- 第10回 技術スキルへの強い不安から3度目の転職に
- 第11回 ビジネススキルを学び、キャリアの幅を広げたい
- 第12回 派遣SEの悩み。責任ある立場で働きたい
- 第13回 上流工程への思いから“無職”の道へ
- 第14回 英語力を生かし、IT技術者として飛躍したい
- 第15回 ITコンサルタントのキャリアを目指したい
- 第16回 プログラマからWeb開発の専門家を目指す
- 第17回 下流工程に見切りをつけて「社内SE」に
- 第18回 Javaを捨ててでもWindowsを究めたかった
- 第19回 下請け現場での苦労をバネに
- 第20回 自分に合った環境だからキャリアが磨ける
- 第21回 いままでと違う仕事への夢と実現の難しさ
- 第22回 流されるうちに見えてきたものは?
- 第23回 運を味方に、2次請けから元請けへ転職
- 第24回 「このままではいられない」から始めた転職
- 第25回 必要なのは「体系立ったスキル」
- 第26回 収入が下がっても転職したい理由とは?
- 第27回 反骨心が支えたキャリアアップ
- 第28回 転職に経歴は関係ない!
- 第29回 学歴も年齢もハンデにしない
- 第30回 40代で転職できる秘けつを聞く
- 第31回 未経験から踏み出すITエンジニアの道
- 第32回 大学生とのニ足のわらじ。次の目標は?
- 第33回 Javaとの出合いでキャリアを変えた
- 第34回 マネジメントができる場を求めて
- 第35回 SAP R/3に携わりたい
- 第36回 近所の「かかりつけ医」を目指したい
- 第37回 スキルアップを続ける充実感を求めて
- 第38回 一歩ずつ着実に成長するキャリア
- 第39回 さまざまな現場を経験し、築いたキャリア
- 第40回 キャリアに人生に欲張りに生きた20代
- 第41回 行動を起こせば何かが変わる
- 第42回 スキルアップとキャリアアップを両立したい
- 第43回 フリーランスから会社員で再出発
- 第44回 私はこうしてITアーキテクトになった
- 第45回 5歳からのプログラマの選択は「.NETを究める!」
- 第46回 50歳になっても、エンジニアでいたい!
- 第47回 埋めようのない、会社との意識の差。どうする?
- 第48回 都心からの引っ越し。地方で転職先を探す難しさ
- 第49回 自力でつかんだネットワークスペシャリストへの道
- 第50回 遠回りして気付いた、「ITエンジニアこそが天職だ」
- 第51回 現職に不満はない。でも英語を使って仕事をしたかった
- 第52回 会社が倒産してもめげない「流浪エンジニア」の遍歴
- 第53回 「3日+5分」で転職が決まった情熱派中国エンジニア
- 第54回 不況をものともせず、SIerからWeb企業へ転職する
| @自分戦略研究所の転職関連の記事一覧 | |||
|
|
|
| スキルアップに役立つ問題を無料で出題 | |
| ITスキル研修4000件、最新情報の検索できます |
キャリアアップ
スポンサーからのお知らせ
- - PR -

サイバーエージェント、2015年までにエンジニアの5割を女性に