第32回 大学生とのニ足のわらじ。次の目標は?
永井理恵子
2006/5/19
転職が当たり前の時代になった。それでも、転職を決断するのは容易なことではない。スキルを上げるため、キャリアを磨くため、これまでと異なる職種にチャレンジしたり、給料アップを狙ったり――。多くのエンジニアが知りたいのは、転職で思ったとおり仕事ができた、給料が上がった、といったことではなく、転職に至る思考プロセスや決断の理由かもしれない。本連載では、主に@ITジョブエージェントを利用して転職したエンジニアに、転職の決断について尋ねた。 |
今回の転職者:森山隆貴さん(仮名・27歳) |
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新卒時の就職活動で、目的意識なくシステムエンジニア(SE)になった森山さん。携わったプロジェクトでさまざまな経験を積む中、1冊の本をきっかけに再度大学に入学することを決意。「行動しないと何も変わらない」と一念発起し、3年の勤務の後、受験勉強のため退社。1年間の受験勉強期間を経て、大学に合格。それを機に、@ITジョブエージェントに登録し、転職。現在はある会社の正社員として働きながら、深い知識を得るために大学に通う日々を送る。 |
■同級生につられ、意思なく始めた就職活動
大学入学後、1人1台所有することを義務付けられ購入した1台のパソコン。森山さんは、就職活動を始めるまで、このパソコンはせいぜい授業のレポート作成などに活用するぐらいで、使い込むまではいかなかった。
「大学3年のとき、同級生たちが就職活動を始めるのを見て、自分もやらないとまずいかなと思い、新卒の就職サイトを見るために、パソコンをインターネットにつなぎました」(森山さん)
実はこのとき、就職をあまり真剣に考えていなかった。“時間に縛られて働く”というイメージのあるサラリーマンにはなりたくないと考えていたからだ。そんな森山さんが、就職活動時にSEという職業を選んだのは、独立しやすそうな仕事だと感じたからだという。そして、応募した3社のうち1社に合格した。
森山さん自身、プログラミング経験はなかった。「同期の中で一番といっていいくらい、パソコンが使えない人間だったと思います」と当時の自分を振り返る。
入社後は、1カ月の集団研修の後、さらに部署ごとに1カ月の研修が行われた。森山さんが配属されたのはシステム開発を行う部署だった。研修期間中は「ORACLE MASTER Silver」(現在のORACLE MASTER Silver Fellowに相当)の資格取得のための自習の時間に当てられた。独学で必死に勉強し、7人の同期に先駆けて森山さんは試験に合格した。
とはいえ、試験に出てくる問題は解けるけれど、操作はまったくできない。自動車でいえばペーパードライバーの状態のまま、プロジェクトに参加することとなった。
■携わったプロジェクトで、技術の低さを思い知る
最初に参加したプロジェクトは、大手通信会社のWebアプリケーションの開発。約3カ月の間に、森山さんが取得したスキルといえば「謝ることと雑用」だったという。
元請けは大手のシステムインテグレータだったが、実際の開発に携わっていたのは森山さんの会社を含め2次請け以下の会社だった。森山さんの会社からは森山さん1人。経験の少ない森山さんは、周囲が何の話をしているのかまったく分からない状態だった。話をするたびに、クライアントや協力会社の人に怒られる。「ほかにできることがないから、ひたすら謝る日々でした」(森山さん)という。このプロジェクトでは、プロジェクトメンバーの中で最も知識やスキル、経験が少なかったのが森山さんだった。
協力会社の人は、仕事についてお願いをすればきちんと対応してくれた。ただ、そうでないと積極的に動いてくれる、ということはなかった。それは、協力会社という立場からそう積極的に動けなかったのかもしれない。
こんなことでは駄目だと、まずは会話の中に出てくる分からない単語を知るため、『日経システム構築』『日経ITプロフェッショナル』といったIT業界の情報誌を定期購読して読み始めた。
次に担当したプロジェクトでようやく、JavaやOracleに少し触れることができた。このときのチームの中に、業務の中で使うちょっとしたツールを作るなど、プログラミングをする機会を与えてくれたチームリーダーがいた。
3番目にかかわったプロジェクトでは、改造案件と実装テストを行うことで、開発の流れをつかむことができた。「同世代の同僚との仕事だったので、楽しみながらやれました。プロジェクトメンバーの中では、多少自分はできると思っていた森山さんに、同期の仲間が『森山、ダメだよ』って……。涙が出るほど、悔しかったですね」(森山さん)。同期の言葉にはムッとしたが、それ以上に自分自身への歯がゆさが大きかった。
■「いつか」では、永遠にチャンスはない
話は入社してすぐの研修時にさかのぼる。
ORACLE MASTER Silverの資格取得のため、ゴールデンウイーク中に出社し、新入社員みんなで勉強していたときのこと。会社にあった『サラリーマン・サバイバル』(大前研一著、小学館)という本が、森山さんの目に入った。その中にこう書いてあった。
「これからのサラリーマンは、スペシャリストでなければならない」――これを読み、森山さんは開眼した。その著者であり、経営コンサルタントである大前氏は理系出身だ。「以前から理系の勉強はしたいと考えていました。ただこの本で、理系の人間でも経営に携わる人がいるのかと興味がわいたのです」(森山さん)
その“いつか”に備えて、まずは学費と生活費のため貯金を開始。だが、なかなか勉強は実行に移せず、時間は過ぎていった。
当時勤務先では、年始めに個人の年間計画を立てていた。その中には資格取得に関する項目もあったが、ほとんどの社員は計画を立てるだけで、資格は取らない。その理由は「時間がない」から。森山さんも「今年こそ」と思うが、なかなか行動に移せなかった。
多くの人は、「時間がない」とか「忙しい」といい訳をしているだけ。何かを変えるには、自分から行動を起こさないといけない。そんなとき、ある先輩がJavaの資格を取った。
その先輩は、別にスキルアップに熱心だったわけではない。プロジェクトに参加していない、待機期間中に資格を取った。それが森山さんの心に火を付けたのかもしれない。その先輩のことはまったく意識していなかった。だからこそ、資格を取ったことが印象に残ったのかもしれない。
預金をする以外、何もしていなかった自分。仕事が忙しいから無理だと心のどこかでいい訳をしていた自分。「自分から動かないと、何も変わらない。そう気付いたのがこのときでした」(森山さん)
■一歩踏み出すための「目標」を設定
そこで森山さんは、手始めに3つのIT資格を取得することを決意。まず半年間でLinux、Java、ORACLE MASTER Silver(現行資格)の3つの資格を取得することを目標に定めた。「2カ月に1つのペースなら頑張れると思ったんです」と森山さん。それ以上の資格を取るのは現実的ではないし、それ以下だとちょっと甘いと考えた。そして「3つ取れたら会社を辞めて大学の受験勉強をしよう。1つでも取れなかったら会社を辞めない」(森山さん)と決意した。
油断すると、途中で投げ出してしまう弱い自分もいる。だからこそ、仕事をしながらという時間の制約がある中で、きちんと自分をコントロールし資格を取ることができれば、会社を辞めて受験勉強も最後までやり遂げられるのではないか。そう考えた森山さんは、自分に3つのハードルを課した。そして見事、目標どおり半年間で3つの資格を取得し、会社を退職した。
■第一志望は学びたいことを学べる大学
専門書を読んで理解できなかった数式を理解できるようになりたい。コンピュータの仕組みそのものや、通信の本質的な構造を理解したい。
「もともと文系なので、理系の科目は苦手、というかまったくできませんでした。最初は、分数の計算すらできなかったほどでした」(森山さん)と笑いながら語る。“これは本腰を入れて勉強をしなければ”と思ったのは、仕事をしていたときだったという。「よく『入門』と銘打った本を読んだりしていましたが、その入門書さえ分からなかったのです」という森山さん。そこで、本腰を入れて勉強をし始めた。大変だが、勉強を楽しむ自分がいた。学生時代と違い、「自分が勉強したくてやっていることだったから、すごく楽しかったんです」(森山さん)という。
約1年間の受験勉強の末、大学を受験し、見事合格。そして昨年(2005年)、都内の私立大学に進学した。
■大学に通うため、働きやすい会社に転職
転職活動を始めたのは、合格発表のあった3月。@ITジョブエージェントに登録後、すぐに、いくつかの人材紹介会社から返事をもらった。
「大学に通うことを考えると、5時で退社させてくれる会社に就職する必要がありました。当たり前のことですが、5時退社を許してくれる会社があるはずがないということは、3年間の社会人経験がある僕にはすぐに分かりました。それでも、2つの人材紹介会社が企業を紹介してくれました。驚きました」(森山さん)
受験勉強に費やした約1年間の生活費と大学の学費で、経済的に不安を抱えていた。だからこそ、安定した収入を得られる正社員として採用してくれる会社があれば、応募してみようと思っていた森山さんにとって、まさに渡りに船の話だ。
結局、3社の面接を受け、そのうちの1社に採用された。それがいま現在、森山さんが働く会社だ。「面接時に、技術者志向の会社だと聞いていたので、強い興味を持っていました。何より、大学、自宅に近いところにある会社だったので、本当にラッキーでした」(森山さん)
待遇面も良かった。日々の生活と学費を支えるために最低限必要な金額を提示したところ、ほぼ同じ金額でオファーをくれた。
「夕方5時までに終わる仕事や、翌日に繰り越しても大丈夫な仕事を割り振ってくれています。現在は、調査やデータの操作が主な仕事。バリバリ開発しているわけではありませんが、仕事をしながら学校にも通える。環境的にはすごく恵まれていると思います」(森山さん)
会社の先輩たちの技術水準は高い。森山さんが作ったちょっとしたプログラムをより良いものにするためのアドバイスを、きっちりしてくれる。尊敬できる先輩が以前にも増して多くいる職場は、非常に刺激的だ。
社会人を経験した後、大学を再受験し、大学に通いながら転職をした。何をやっていいか分からなかった以前の自分がまるでうそのように、やりたいことも選択肢も増えた。
「理系では、論理的かつ合理的な考え方を学べます。いまは、将来のキャリアの選択肢を増やせるように、学校で学ぶ技術と仕事の両方で知識とスキルを深めていきたいと考えています。後で『あのとき、ああしていればよかった』といった後悔はしたくないので」と、森山さんは背筋をピンと伸ばして語ってくれた。
仕事を通じて自分の長所と短所を知り、そのうえで、自らに課した目標の1つ1つを確実にクリアしてきたこと。これが森山さんの成功の秘けつなのではないだろうか。
担当コンサルタントからのひと言 |
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森山さまにお会いして最初に思ったのは、なんて目が輝いているのだろうということでした。本編でも触れられているようなお話を私もお聞きし、その熱意、計画性、実行力には、むしろ私の方が教えられることも少なくはありませんでした。 またそれ以上に感心したのが、そういった自分の思いや計画などをロジカルに、説得力をもって相手に伝える力でした。 私もその様子を見ていて、森山さまであれば、企業の方とお引き合わさせすれば、彼の考え(大学に通いながらの就業)に理解を示すところも出てくるのではないかと思い、いくつかの企業に、まずは、こういった形態での採用が可能かどうかということを問い合わせてみました。 ただ、企業側もそう甘くはなく、実際には大半の企業がそういった姿勢は共感は覚えるが、企業組織としては残念ながら受け入れられないという反応でした。 その中で、わずかではありましたが、お話を聞いていただけそうな企業がございました。それで森山さまにご紹介させていただき、その中の1社であった現在の会社が特にご理解をくださり、無事ご入社となりました。 これもひとえに森山さまの姿勢・考え方が企業に十分伝わったというところが大きかったと思います。つくづく経験やスキルという側面だけではない、「相手にどう意欲を伝えるか」というものの重要性をあらためて感じさせられました。また、技術志向の高い決して楽ではない会社でありながら森山さまの意欲を評価して採用を決断された、その人間性を重視した、懐の広さというものにも非常に感心させられました。 まだ、数年お仕事と学業という二足のわらじを履く生活は続きますが、ぜひ頑張っていただければと思います。また今後どういった新たな目標を設定されていくのかも楽しみにしております。 |
記事のためインタビューに出てくれる転職経験者募集中 |
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