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経営者から若いITエンジニアへのメッセージ

第14回 大切なのは好奇心と分からないことを聞く力

三浦優子
2008/1/9

企業各社にとって、人材戦略は非常に重要な課題だ。人材の育成に当たって、トップは何を思うのか。企業を担う若いITエンジニアに何を求めているのか。

 ジャストシステムは、日本のパソコンソフトの歴史をつくってきたベンダの1社だ。同社の技術部門のトップである専務浮川初子氏に、一般のITエンジニアにして望んでいること、同社を目指すITエンジニアに求めていることなどを中心に話を伺った。

 浮川初子氏は自分が体験してきたコンピュータの変遷を踏まえ、一般のITエンジニアに対して、「最近はツール類が発達しているので、コンピュータの基礎を理解しなくてもエンジニアとして仕事をすることはできる。しかし、コンピュータのエンジニアとして仕事を続けていくためには、基礎を知っておいた方がいい」と助言する。

 そのうえで、「変化が速い現在は、すべてを自分だけで解決していてはとても間に合わない。周囲の人に尋ねながら問題解決をすることが重要」と、周囲の人とコミュニケーションをしながら仕事を進めていくことをITエンジニアに求める。

 同社が目指すものは、創業時から変わらないという。コンピュータをもっと人間に近づけ、生活をより便利なものにしていく――この目標を実現するために、「エンジニアは知的好奇心を持って物事をとらえてほしい」と浮川氏は話す。

 この一般のITエンジニアに向けた知的好奇心という言葉を、もう少し追ってみよう。

知的好奇心と分からないことを聞く力

 浮川氏は、次のようにいう。「いまはボタンを押せば物事が解決する時代です。ただ、エンジニアとして仕事をしていくためには、なぜ、ボタンを押せば物事が解決するのかという疑問を持てるかどうかが重要だと思います。知的好奇心を持って物事をとらえることは、エンジニアの基本だと思いますね」

 知的好奇心が重要というのは、「現代のソフト技術者には、さまざまな技術をインテグレーションする能力が求められます。そのためには、自分の得意技術を研さんしていくこととともに、いろいろな技術に興味を持って理解していくことも必要」だからだ。

 インテグレーション能力が必要な現代のITエンジニアに、浮川氏はさらに次のようにアドバイスする。

 「分からないことは、人に聞けばいいんですよ。スピードが求められる現在、全部自分で解決しようしてしまっては時間が足りません。見ていると、女性エンジニアは人に聞くことをためらいませんが、男性エンジニアは人に話を聞くのが苦手のようですね。分からないことは分からないとはっきりいって、聞けることは人に聞けばいいのです」

 人にものを尋ねることには意外な効用もある。口に出して自分の分からない部分を説明するには、どの部分が分からないのかを明確にする必要がある。また、教える側も教えているうちに新しい発見をすることもある。コミュニケーションを取ることで、自分の考えがはっきりしていくことになる。

 浮川氏も社内でスタッフが悩んでいるのを見掛けると、あえて質問をしてみることもあるという。

 「この件どうなっているのと、こちらが尋ねたことにエンジニアが説明しているうちに、答えているエンジニアが自分でも気付いていなかったことを発見することもあります。聞く、答えるというのはそういう効用もあるんですよ」

コンピュータの基礎から学べる研修

 ここまでは、一般のITエンジニアに求めることを聞いてきた。次に、同社のITエンジニアに求めていることを中心に聞いていこう。

 ジャストシステムの創業時から、技術職のトップとしての役割を担ってきた浮川氏は、自社の技術者に対して次のように話す。

 「当社の技術者には、コンピュータの基本部分から学ぶ機会を持ってほしい」

 この発言は、一般のITエンジニアに向けた最初の発言、「コンピュータのエンジニアとして仕事を続けていくためには、基礎を知っておいた方がいい」という発言と同じだ。つまり、基礎については、社内外のITエンジニアを問わず重要だということだろう。

 「コンピュータの歴史を振り返ってみると、コンピュータのトレンドは、汎用機からミニコン、パソコンへと移行してきました。技術者として長期間にわたり仕事を続けていくためには、コンピュータの基本を知っておいた方がいい。本来、そういう基礎教育は大学など学校で行われてしかるべきですが、最近の学校ではそういう基礎教育はほとんど行われていません。だから、当社に新卒で入社した人には、コンピュータの基礎教育を行う期間を設けています」

 中途で入社したITエンジニアであっても、4月入社だった場合は新卒者とコンピュータの基礎を学ぶ機会を設けている。

 「私がコンピュータの勉強を始めたころは、パソコンというものがありませんでした。紙と鉛筆を持ってFORTRANのコードを書いて、それをコンピュータ室に持って行っていました。その当時に比べると、現在はツール類がそろっていて、そんな経験はしなくて済みます。しかし、エンジニアにとっては、コンピュータそのもののメカニズムを知っておいた方がいいと思うんです」

 コンピュータの基本を学ぶ経験は、エンジニア個人のスキルにプラスになるだけではない。浮川氏は、ジャストシステムが海外のコンピュータベンダと競争や協調していくためにも、ITエンジニアはコンピュータの基礎から学んでおく必要があると話す。

 「日本のエンジニアも、海外のエンジニアと議論したり、協調して仕事を進めなければならない場面はたくさんあります。海外のエンジニアは、コンピュータの基本部分をきちんと学んでいる人が多いんです。学校教育にそういう幅広いカリキュラムが設けられていることが多いですから。しかし、残念ながら日本の学校ではコンピュータの基本を授業で教えているところはそう多くはありません。だから、ジャストシステムではコンピュータの基本部分を学ぶ期間を設けているんです。コンピュータの基礎から勉強している海外のエンジニアと渡り合っていくためには、やはり基礎から勉強をしておく必要があるのです」

日本語ではなく自然言語

 浮川氏自身が興味を持って追求してきたことも伺った。そうなると、自然と話題は「一太郎」に向かった。ジャストシステムというと、ワープロソフト「一太郎」を忘れることはできないからだ。そのため、「ジャストシステム=日本語を追求してきたベンダ」というイメージがある。

 そのイメージに対して浮川氏は、「正確にはジャストシステムが追求してきたのは日本語ではなく、自然言語なんです」と否定する。

 「われわれが日本人だから日本語ということになりましたが、そもそも追求していたのは、コンピュータをもっと人間に近いものにすること。自然言語でコンピュータとコミュニケーションを取ることを追求してきたというのが正しい」

 日本だけでなく米国などを視野に入れれば、日本語だけでなく、英語も必要となる。最近では日本人のITエンジニアといえども、日本語だけでは十分ではない。そういったことを考えると、「日本語ではなく自然言語」と考えた方が正確だ。

 コンピュータとスムーズなコミュニケーションを取り、コンピュータを使って人間の生活をもっと便利なものにしていくというのがジャストシステムの基本理念。そのために必要だったのが日本語だった。

課題は「ちっとも減りません」

 この姿勢は現在同社が注力するXMLを活用したプロダクト「xfy」でも共通している。

 「XMLはこれからのコンピュータの基盤となるものだと考えています。当社が追求してきた、いかに人も、コンピュータも使いやすくしていくかという課題の延長線上に登場してきたのがXMLです。Unicode(ユニコード)は、コンピュータ上でどう文字を扱うかというためのコードです。ただし、表示している漢字の意味まではUnicodeは理解していません。それに対しXMLは文字の意味付けができる。われわれがこれまでもやりたかったことを実現するために、欠かすことができないテクノロジだったんです。ただ、これまではXMLを使いこなすためのテクノロジがなかった。そこで開発したのがxfyだったんです」

 浮川氏はxfy開発の背景を次のように振り返る。

 「われわれが作ってきたワープロは、人の考えていることをデジタル化するためのツールです。ところが、ワープロで作った文書の意味を理解するためには、文書を読むしかない。文章を再利用するためには、内容を読み下して、カット&ペーストするしかない。一太郎で文書の再利用性を上げるための努力はいろいろと続けてきましたが、それにも限界がある。そんなときにXMLが登場してきました。これだ! 世界中の人がこれを利用するんだと思いました」

 歴史を積み重ねてきた一太郎に比べるとと、xfyはこれから歴史を重ねていく製品だ。

 「一太郎は開発したわれわれの意図を超えて活用されています。xfyも開発したわれわれの意図を超えるような活用をされるようになれば、もっと面白くなっていくと思いますし、われわれ開発者としてやるべきことがまだまだある」と、開発者として意欲は尽きることがないようだ。

 課題は「ちっとも減りません。まだまだやることがたくさんある」と浮川氏は開発者としての顔を覗かせる。この知的好奇心をなくさない姿勢こそ、ITエンジニアに求められるもっとも基本的な能力なのかもしれない。

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