コラム:自分戦略を考えるヒント(9)
誰にでも起こる「キャリア・トランジション」とは
〜“内なるアラーム”を感じ取ろう!〜
堀内浩二
2004/2/14
こんにちは、堀内です。今回は起-動線で会員として知り合った小橋英次さん(仮名・29歳)へのインタビューから紹介します。彼は大学卒業後に中堅ソフトハウスに入社。4年勤めた後、退職して自分で会社をつくりました。独立4年目に当たる2004年、自分の会社を残しつつ正社員を兼業するという、ちょっと変わったキャリアを歩まれている方です。 |
■SEと経営者の仕事を両立したくなった
堀内 最初の就職先について、お話しいただけますか。
小橋 大学では文系学部だったので、技術についてはゼロからのスタート。プログラミングづけのハードな日々でしたね。社会人として最初の仕事であり、仕事の中身も面白かったので没頭していました。ところが入社4年目に突然体を壊してしまったのです。
堀内 そこで強制的にペースダウンを強いられたことが、いろいろ考えるきっかけになったのですか。
小橋 そうですね。それから2カ月で退職しました。体調もさることながら、自分のキャリアを考えたうえでの選択だったと思います。プログラミングは性に合っている仕事と、いまでも思いますが、通院時にいろいろ思いめぐらしているうちに、「自分の興味はシステム開発とは違う部分にある」と思うようになりました。
大学生のころから「文章を書く」ことに興味があり、就職面接のときから「入社したら書く仕事もしたい」と宣言していました(笑)。そのおかげで、オペレーションマニュアルの作成や社内研修用の資料作りなどの仕事も担当しました。それは自分にとって非常に達成感があり、楽しい仕事でした。そうした経験を振り返った結果、思い切ってシステム開発の経験と「書く」ことへの興味の両立に挑戦することにしました。
■キャリアチェンジに派遣会社を活用
堀内 次の会社を決めてから退職したのですか。
小橋 違います。私は東京出身ですが、当時は大阪で働いていました。自分の望む仕事に挑戦するには身軽な立場がいいと思い、東京に帰ってから人材派遣会社に登録しました。そこでシステム関係のマニュアル作りの仕事を紹介してもらいました。
堀内 なるほど、派遣会社をキャリアチェンジのステップにしたのですね。経歴を見ると、そのときに本を出版されていますね。
小橋 これは共著です。異業種交流会で知り合った編集プロダクションの社長さんが、共著者を探している人を紹介してくれました。その本の出版社の方が新しい企画を持ってきてくれたので、2年後には自著を出版しました。
堀内 素晴らしい。その間に独立していますね。
小橋 はい、ある企業の出版部門でシステム開発の仕事があり、その仕事を紹介されました。その案件がきっかけで、法人を作ったのです。
堀内 もともと起業志向があったのですか。
小橋 特にありません。相手が大企業だったので、法人でなければ直接に契約することが難しかったので、法人化したのが本当のところです(笑)。
■“内なるアラーム”の発信を感じた
堀内 そして今度は起業家と正社員を兼業するという立場を選んだわけですね。
小橋 ええ、昨年@IT自分戦略研究所で「転職アドバイスメール」に参加したのがきっかけでした。
堀内 小橋さんはご自分で会社を起こしているので、「転職には興味がないかな?」と思っていたのですが。正社員という選択はいつごろから考えていたのですか。
小橋 明確にいつから正社員も視野に入れてきたのかは自分でも分かりませんが、1人で3年以上会社を経営する間、「生活には困らない程度に稼ぐことはできたが、いまの立場に安住し続けていいのか……」という“アラーム”が自分の内面から出ているのを感じたのです。
できればいまのクライアントとの契約を維持したまま、現在のスキルを生かし、まったく畑違いの仕事にも挑戦したいという気持ちがムクムクと芽生えてきたのです。欲張りかもしれませんが、そういう経緯で「転職アドバイスメール」に参加しました。
堀内 確かに欲張りですね(笑)。しかし、かなり希望に近い展開になったのではありませんか。
小橋 ええ。本当に偶然ですが、@IT自分戦略研究所で求人募集の記事を掲載していた企業です。とても理解のある社長さんに出会えました。自分の会社をタタまずにマーケティング部門の社員として採用していただけることになりました。
■固定報酬をもらいながら別の仕事にもチャレンジ
堀内 ところで、なぜ「畑違い」にこだわったのですか。
小橋 いま身に付けているスキルを生かすというよりも、別のスキルを学び、アドオンしてみたかったからです。
自分に課した大きな挑戦です。でもITエンジニアのバックグラウンドと、「文章を書きたい」という思いが実現できると思います。それに、1人で会社を経営してきた経験から考えると、正社員として固定報酬をもらいながら新しい仕事に挑戦できるということは、とても恵まれた話ではないでしょうか。起業すると、なかなかこういうチャンスには巡りあえないのです。
堀内 今後の抱負を教えてください。
小橋 まだ目標は決めていませんが、期限は決めています。3年後に会社を辞めるつもりで精いっぱい頑張ります。
堀内 おやおや、社長に読まれては大変だ(笑)。
小橋 いえ、その部分まで含めて社長とじっくり話し合いましたから。逆にいえば3年後に引き止めてもらえるくらいの成果を挙げたいと思います。
■「キャリア・トランジション」が起こる3つの要因
●インタビューを終えて
小橋さんのお話を聞きながら、「キャリア・トランジション」という単語が頭に浮かんできました。4回目の連載コラムで「変化の激しい時代においては、キャリアは淡々と山を登るようなものではなく、むしろ波乗りに近いのではないか」というコラムを書きましたが、キャリア・トランジションとは、その「波」(トランジション)をとらえて自分の方向をじっくり考え、キャリアを作っていこうという理論です。
トランジションには3つのパターンがあります。
1つ目は、「予期せぬできごとが起きる」とき。突然重責を担うことになったり、勤め先が倒産したり、親しい人と死別したりといったことです。2つ目は「自発的に起こす」とき。意を決して転職する、起業するといったことが典型です。3つ目は「避けられないことが起きる」とき。年を取るとか、子どもが巣立つとか、構造的に予測できることです。
小橋さんの最初の退職は1つ目のパターンです。突然体を壊し、ペースダウンを余儀なくされた。しかしそれが「ありたい自分」について考えるきっかけとなり、自分の強みを磨きたいと願うようになったのではないでしょうか。正社員として転職することにこだわらず、やりたい仕事にめぐり合う確率を高めるため、派遣会社へ登録したことに「自分戦略」を感じます。
そして今回の就職(重職=ダブルワークと呼ぶべきでしょうか……)。小橋さんのケースはトランジションのパターンでいえば、2つ目の「自発的に起こす」に当てはまります。ここで注目したいのは「アラームを感じた」という言葉です。もし、そのままの状況で生活をおくるうち、いきなり大きな契約を解除されたら、「予期せぬ」トランジションを迫られることになるかもしれません。それを予め、内なるアラームとして予期したのではないでしょうか。
小橋さんは4年前にキャリアチェンジした経験があります。現在のワークスタイルに慣れてしまったことに対して、無意識のうちに危機意識を持っていたといえるでしょう。
■“予期せぬ事態”が起こることを予測しておく
キャリア・トランジションは誰にでも“起こり得る”ことです。自発的に起こせることもあれば、自分ではどうしようもないことが原因で起きてしまうこともあります。現代のキャリア理論は、長期計画をきっちり立てるというよりは、(いきなり会社が倒産するというような)「予期せぬ」事態が現実に起こり得ることを受け入れ、それを生かすことに重きが置かれています。
トランジション(転換)といっても、スイッチが切り替わるように変化するのではなく、「ニュートラルゾーン」というステップがあることが指摘されています。例えば、「何かが終わって何かが始まるまでの空白の期間」などは、心理的に不安定になりがちです。ただ、そうした不安的な時期こそ、実は「これからの自分をじっくり考えていく好機」でもあるのです。そういう意味では、予期せぬ失職もチャンスととらえるマインドを持つくらいがちょうどいいのかもしれません。
わたし自身に当てはめてみると、最初の子どもができた時期、そして勤め先が事業清算に追い込まれた時期などがキャリア・トランジションに該当すると思います。「前者はうれしいきっかけ、後者はそうでもない(笑)イベント」でしたが、どちらも人生における家族とか仕事の位置付けを見直すきっかけになりました。
「予期せぬ」トランジションが起きたら、その対応策を考えることが先決なので、ある意味行動プロセスも分かりやすいといえます。しかし、難しいのはぬるま湯的な環境にいながらアラームを感じ取り、それを行動に移すことです。もし、あなたがいまの仕事に停滞感を感じているのなら、自分戦略を見直す好機ではないでしょうか。
(参考:『キャリアカウンセリング』駿河台出版社)
筆者紹介 |
堀内浩ニ●アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。 |
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