コラム:自分戦略を考えるヒント(13)
上司がダメで転職を。が、その前に……
堀内浩二
2004/9/23
こんにちは、堀内です。現在、@IT自分戦略研究所で行っている@ITジョブエージェントのサービスである「転職アドバイスメール」でアドバイザーを務めています。その中で意外と相談が多く寄せられるのが、上司が話を聞いてくれないので、転職した方がいいのでは、という悩みです。 今月の起-動線ランチのお相手の佐伯さん(仮名・29歳)は受託開発中心のソフトウェアハウスのチームリーダー。自らのスキルアップのために会社にいろいろ掛け合ったのに採用されず、転職を考えているとのこと。 |
■個人の市場価値が下がる
佐伯 この間、ちゃんと上司に社内研修の企画書も出したんです。ウチもSOAとかセキュリティとか、新しい分野に挑戦しなきゃダメだって。でもそれっきり「無視」なんですよね。ウチって本当に保守的で「いまもうかる」ことしかしないんですよ。
堀内 いいじゃないですか、もうかれば。給料払ってくれなくなったら困るでしょ?
佐伯 おや、何とも自分戦略エバンジェリストらしからぬ発言ですね。上司にも似たようなことはいわれてますよ。でもいまのままだと僕自身の市場価値もどんどん目減りしていく気がして……。
堀内 いま、佐伯さんの上司になったつもりで話を聞いていたんです。上司がさっきのように「いまもうかることに集中するのは当たり前」といってきたら何と答えますか。
佐伯 そりゃ「ジリ貧になるよ」といいますよ。
■上司、会社の視点で考える
堀内 じゃあ上司モードで聞きますよ。『新しい技術で市場を開拓するより、確実に市場が見えてきてから参入した方が堅実だろう』
佐伯 でも、参入しようと思っても社内に人材がいないでしょ?
堀内 『人材がいようがいまいが、まず受注だよ。キャッチアップはそれから死に物狂いでやればいいんだ。それができない社員にはほかの仕事を当てがって、できる人をよそから取ってくるまでのこと』
佐伯 そんなんじゃ、社員のモチベーションが……。
堀内 『モチベーションで飯が食えるか? 俺は皆にきちんと飯を食わせることに責任を負っているんだ。おまえもそろそろビジネスってものを勉強しろ』
佐伯 うーん……。
堀内 ちょっと大げさかもしれませんが、これがいわゆる会社の論理ですよね(笑)。佐伯さんもチームリーダーだから、分かるでしょう。
佐伯 まあ、理屈は分かりますよ。するとやっぱり転職なのかなあ。
堀内 いやいや、それは飛躍ってもんです(笑)。さっき、「自分の市場価値が……」っていってましたよね。自分のスキルを伸ばしたいから研修を企画したんですか?
佐伯 まあ、正直にいうとそれが一番の理由ですが、会社のためにもなりますよね。ですから「Win−Win」な提案だと思うんですが……。
■会社や上司対自分はWin−Winの関係か
堀内 本当にWin−Winになっているか、そこをじっくり考えてみましょうか。コミュニケーションのときに僕が使うツールを紹介させてください。名付けて「皮算用ダイアグラム」。
まず、佐伯さんの「皮算用」を書いてみます(図1)。上司の方はどういう判断基準を持っているのか分かりませんので、思い切り大きくとらえておきましょう。原因から結果に向かって線を引いて……こんな感じですかね。
図1 佐伯さんの提案 |
佐伯 そうですね。
堀内 提案でも人脈づくりでも基本は同じですが、コミュニケーションの設計でまず意識してほしいのは、「好循環」づくりです。相手にちょっと決断してもらえれば、どんどんいいことがあるというイメージを持ってもらうことが大事。それを意識して書き直すと図2になります。
図2 皮算用ダイアグラム |
堀内 次は、このサイクルをどこから始めるかがポイントです。いまの提案だと、佐伯さんのWin(新技術を身に付ける)がまずあって、その後会社のWin(もうかる)がきますよね。相手からすると、Winが不確実なわけです。
佐伯 そういえば、「研修受けたらすぐ辞めるんだろう」っていわれます(笑)。
堀内 そういう展開もなくもないでしょうから、会社としてはもっともな心配ですよね(笑)。ということは、提案では、できるだけ相手が最初にWinを享受できるようにしなければならないということになります。そうすれば、もくろみが外れてこのサイクルが回りださなくても、相手は損をしないのでやってみようかという気になりやすいですから。
そのあたりをしっかりと考えながら、今度はWin-Winのサイクルを具体化していきます……。大ざっぱですが、こんな感じでしょうか(図3)。
図3 皮算用ダイアグラム(詳細版) |
佐伯 下半分が自分発のロジックですね。うーん、研修の成果が「営業上のウリになる」かどうか、ちょっと分かりません。
堀内 これは一例にすぎませんし、研修→もうけにつながる道は何本もあるはずですから、後でじっくり考えてみてください。ただ、今回の研修の提案は、要するにこういったサイクルに対する期待感を共有し、一緒に努力していくことを提案しているのと同じです。ですから提案に当たってはすべての「→」が本当に成立するかどうかもしっかり確認したいですね。
■会社の論理と自分の論理。うまく回すには
佐伯 了解です。では上半分の会社のいい分は、と……会社が先にもうかっていれば、研修費用を出してやってもいいということですか。そりゃそうでしょう。しかし、これじゃあ会社がまったくリスクを取っていないじゃないですか!
堀内 そうですよね。でも、上司(会社)の視点で下半分を見てみてください。研修費を出してくれたら勉強してやろうだなんて、佐伯さんはまったくリスクを取っていないじゃないですか(笑)。しかも研修させたから技術を身に付けてくれるという保証もない。だから、このサイクルはこのままでは回りださないんです。
佐伯 なるほど……。「絵に描いたもち」状態ということですね。でも、投資をしてもうけを狙うのが会社ってもんでしょう。だから、最初のリスクは会社が取ってこのサイクルを回すべきじゃないですか?
堀内 「誰が」このサイクルを回し始めるべきかという話はひとまず置いておいて、「どうやって」回すかを考えましょう。よくできたサイクルなら、一度動きだせば回っていくと思いますが、最初の弾みをつけるのが難しいということですよね。
最初の弾みをつけるために、外からこのサイクルに刺激が与えられないかどうかを考えてみてください。例えば佐伯さんのロジックに従うなら、会社はこの好循環への期待を共有したうえで、社員教育への高い動機を持つ必要がありますね。これを図3に書き足してみましょう(図4)。
図4 図3に、会社がこの好循環への期待を共有したうえで、社員教育への高い動機を持つ必要がある点を付け加えた図 |
佐伯 具体的には、どうすればいいんでしょうね?
堀内 先ほどのような「べき」論ではなかなか前に進まないでしょうから、社内での過去の事例を思い出させるとか、社外の成功事例を見せるとか、数値目標にコミットしてみせるとかいう形で、具体的にやるのがいいでしょうね。
あるいは佐伯さんが先にリスクを取って、サイクルの下半分が回ることを証明してみせるという選択肢もありますから、これも書き込んでおきましょう(図5)。弾みをつける方法はまだまだたくさん考えられると思います。
図5 図4に、佐伯さんが先にリスクを取り、サイクルの下半分が回ることを証明する選択肢を書き込んだ図 |
■具体的な皮算用ダイアグラムの作り方
堀内 皮算用ダイアグラムの作り方をまとめておきましょう。
- 理想的なWin-Winのサイクルを描いてみる。
- 因果関係を考えて、サイクルを具体化する。
- どこからサイクルを回せばよいか、もし外から弾みをつける場合にはどんな手が打てるかを考える。
- 相手のWinが先にくるような提案を考える。
佐伯 なるほど。これは「自分戦略」というより相手のあるコミュニケーション戦略ですね。
堀内 社会の中で生きているのですから、自分を伸ばしたり生かしたりする観点からすれば、相手と自分のWin-Winを設計することは重要な自分戦略でしょう。
この皮算用ダイアグラムは、事業プランを考えるときにも「インフルエンス・ダイアグラム」などという名前で作ったりします。
佐伯 へぇ。いろいろ使えそうですね。しかし、なかなか大変ですよね、これを作るのも。
堀内 実際、「研修」と「会社がもうかる」のような漠然とした期待をつなげるのは大変です。今回も、例えば「生産性が2割アップする」とか、上司が納得できそうな範囲内でもっと絞り込むといいと思いますよ。
転職を考えているとのことでしたが、利害関係の異なる相手とのコミュニケーションスキルを学ぶ機会だと思って、もう一度挑戦してみてはどうですか?
佐伯 よーし、まずは……。どこから始めたらいいですかね?(笑)
堀内 (笑)皮算用ダイアグラムのスタートでもある、「相手の視点」での期待をよく知ることではないでしょうか。今日話したほど大げさには考えていないと思いますから、ざっくばらんに聞いてみてはいかがでしょうか。
筆者紹介 |
堀内浩ニ●アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。 |
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