コラム:自分戦略を考えるヒント(15)
ワーク/ライフ・バランスは働き方を変える
堀内浩二
2005/1/6
ITエンジニアが自分戦略を考えるときに最も悩ましいことの1つは「時間のやりくり」だと思います。「自分戦略を練る前にその時間をつくらなきゃ」という方も多いのではないでしょうか。今回は、「ワーク/ライフ・バランス」をテーマに活躍されているアパショナータの代表で、人事・組織コンサルタントのパク・ジョアン・スックチャさんに、仕事の成果を上げつつ時間をつくり出すコツについて伺いしました。
■多忙なエンジニアにこそ必要なもの
堀内 わたしが初めてワーク/ライフ・バランスという言葉を知ったときは、「仕事を減らして生活にゆとりを持つ」ことかなという印象を持ったのですが、そう単純ではないんですよね。
アパショナータ 代表 パク・ジョアン・スックチさん。米国ペンシルバニア大学経済学部卒、シカゴ大学MBA取得。米国と日本で米国系企業に勤務。その後、韓国延世大学へ語学留学し、日本に戻って別の米国系企業で働く。主に日本、香港、シンガポール、中国など太平洋地区での人事やスペシャリスト、管理職研修企画・実施などを手がける。その後退職して現在の会社を設立する |
パク 違いますね。そうだとすると、企業からするとマイナスしかありません。片方のプラスがもう片方のマイナスになる状態を「ゼロサムゲーム」といいますが、個人と企業とが、個人の時間という資源の奪い合いをやっていると考えてしまうと、これはゼロサムゲームになってしまう。
堀内 ゼロサムゲームとは全体の合計点が0点であるようなゲームのことですね。つまり、両方が共にハッピーな状態はつくれないと。
パク それどころか、個人があまりにも企業にエネルギーを使ってしまうと、「マイナスサム」になってしまうんですよ。
堀内 生活が犠牲になると、やがて仕事の生産性も下がってくる。すると企業はますます個人に負荷をかけようとする……という悪循環が起きますね。それがご著書の『会社人間が会社をつぶす』(朝日新聞社刊)という逆説的なタイトルのメッセージなんですね。
パク そうです。個人がハッピーに働けない企業は、利益を出し続けることもできない。これは1990年代のアメリカ企業が身をもって学んだことです。企業が、個人の仕事と生活とのWin-Winを考えることは、単なる福利厚生ではなく、利益のためでもあることを学んだのです。
堀内 企業と個人との両方での取り組みが必要だということですね。パクさんは主に企業向けにコンサルティングや講演活動をされていますが、今日は@IT自分戦略研究所の読者向けに、個人としてワーク/ライフ・バランスを考えるヒントをいただけませんか。
パク そうですね、ではマインド面とスキル面からちょっとしたコツを話しましょうか。
■マインド面:「自分の生活を持とう!」という意志
パク まずマインド面からですが、「自分の生活を持とう!」という意識を強く持つことですね。企業研修などで話をしていると、「仕事なんてこんなものですよ」とあきらめてしまっている人が多い。「そんなに早く家に帰っても、何したらいいか分かりませんよ」なんて方も意外に多いんですよ。
例えば堀内さんがアメリカで働いていたとき、ワークスタイル面での一番大きな違いは何でしたか。
堀内 これはほかのところでもいっていますが、一言でいえば「遊び(enjoy)に対する真剣さ」です。会社にもよりますが、金曜の午後3時半には帰りだしちゃう人がいて、最初はびっくりしました。仕事も、典型的日本人のわたしのスタンダードからすると粗いというか大ざっぱで、最初はイライラしましたよ(笑)。
パク でも成果は出しているわけでしょう?
堀内 そうですね。平均値で語るのは難しいですが、概して仕事の見切り方と、仕事中の瞬発力はすごいと思います。で、その瞬発力がどこから来ているかというと、仕事以外のイベントに時間を使うためだったりするんです。
パク イベントというと?
堀内 遊んだり家族と過ごしたり勉強したり、さまざまですね。「いろいろとenjoyしていなければ格好悪い」(笑)というようなところもあって、その辺は文化の違いもあると思います。ただ、なんというか、自分の時間に対するコスト意識が高いと思いました。「いい意味でわがまま」といえるかな。たまに悪い意味になることもありましたが(笑)。
■スキル面:タイム・マネジメント
堀内 ではスキル面では?
パク やはり基礎となるのはタイム・マネジメントのスキルでしょう。
堀内 お、いいですねえ。タイム・マネジメントもパクさんのご専門ですが、コツをあえて3つに絞るとすると?
パク まずは「朝型になろう!」です。
堀内 手帳のつけ方とかじゃないんですか。
パク それ以前の話です。日本人の時間の使い方を見ていて一番問題だと感じているのは、スタートが遅いことと、締め切りの感覚が鈍いことなんです。例えば、フレックスタイムという制度がありますよね。日本だけですよ、だんだん後ろにずれていくのは。
堀内 どうせ早く来ても早く帰れないから(笑)。
パク そう。さっきもいいましたが、あきらめちゃうんです。例えば堀内さんが講師をやってるビジネススクールは何時に始まるの?
堀内 夕方の6時半から3時間です。
パク そうでしょう。では夜にまとまった時間を確保するためにはどうすればいいですか。朝早く仕事を始めて、「締め切り」の感覚を持つことです。締め切りを意識すると、「計画性」が出てきます。これが第2のポイント。
堀内 いつ何をやるか、ということ?
■計画の作り方
パク 人間、締め切り間際には生産性が上がるものです。ですから、大きな目標に対しては小さな締め切りをいくつか作っておく。
堀内 マイルストーンを置いて「小さな締め切り」を設けているプロジェクトは多いと思いますが、仕事だけでなく生活全般にもいえることですね。「遊びの予定は先に入れてしまう」というのはどうですか。
パク いいと思いますよ。それも生産性を上げる効果があるでしょうね。
堀内 計画って、どれくらいのスパンで立てればよいでしょう?
パク スケジュールを立てるうえでは、月・週・日のレベルがいいと思います。もちろん、それより長期の目標に対してはデッドライン(締め切り)を別に書いておきます。
堀内 各月のスケジュールは月に1度、週のスケジュールは週に1度ということですね。
パク そうです。それほど時間のかかるものじゃないですよ。月末に翌月のスケジュールを考えるのは、平均で30分くらいあれば終わるでしょう。
■仕事は終わるもの? 終わらせるもの?
堀内 ただ、計画は立ててもいざ実行するとぐちゃぐちゃになりますよね。
パク それが第3のポイント「優先順位」につながります。朝一番に、ToDoリスト(今日やることリスト)を作ったら、A、B、Cとランクをつけておく。Aは必ず終わらせる仕事なので、どんどん前倒しでやっていく。
堀内 ただ、後から後から降ってくる仕事もありますよね。
パク ありますね。本質的にはそういう緊急の仕事を減らすことが必要なのですが、すぐに効果がある「コツ」は、「仕事を来た順にやってはダメ」ということです。大体、「仕事が終わったときが仕事の終わり」と思っている人が多いでしょう?
堀内 仕事は、終わったときが終わりじゃないですか(笑)。
パク いいえ、仕事は「終わらせる」もの。「目の前の山がなくなったら終わり」というのは、デッドラインの意識が薄いんです。
目の前の仕事を端から片付けて、終わったら仕事の終わり、残った時間を生活に当てようとすると、ほぼ間違いなくうまくいきません。なぜなら、仕事は常に24時間働いても終わらないくらいあるから。
堀内 なるほど、「もともと仕事は終わらないものだ」ということを意識するわけですね。そうすると、何かができなくなる……。
パク そう、そのとき「捨てるのがAではない」、というようにする。それがToDoを作成し、優先順位をつけるという意味なんです。
堀内 適切に「捨てていく」技術が必要ということですか。
パク そう。それなのに、「仕事なんて終わらないものだ」と考えちゃっている人が多過ぎる。これは企業側の問題でもありますが、個人が自立していないってことでもあると思いますよ。先ほどのマインド面にもつながる話です。
■何のためのワーク/ライフ・バランス?
パク 時間がない、やりたいことができないという人は多いですが、本気で自分の時間をつくろうという目的意識を持っている人は意外に少ないと思います。会社に長時間いる人は、結局何を犠牲にしているかを考えてみるといいのではないでしょうか。
最初にちょっと話がありましたが、ワーク/ライフ・バランスというのは単に家に早く帰ろうという話ではなくて、自分の付加価値を上げていくためにも必要な考え方です。アジアを含む諸外国の社会人がどんなに勉強しているか。多くの人が働きながら学び、付加価値を高めようとしています。日本では、一度職位が上がるとそうそう降格はしませんが、ほかの国では必要とされるスキルや知識が維持できなければ降格です。
この日本独特の、企業と個人がもたれ合っているシステムが崩れだしたときこそ、本当に「個の自立」と「自己責任」が問われると思います。
筆者紹介 |
堀内浩ニ●アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。 |
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