コラム:自分戦略を考えるヒント(18)
ポータブルなスキルを身に付けよう
堀内浩二
2005/4/8
新しい年度が始まりました。今年度の自分戦略を練っている方も多いと思います。そこで今回は、「プロジェクトマネジメントOS本舗」の運営者としても有名な技術経営コンサルタントの好川哲人さんに、そもそも「スキル」というものをどうとらえたらよいか、お話を伺ってきました。
■スキル=アビリティ+コンピテンシー
好川哲人さん 技術士。テクノロジーマネジメント、プロジェクトマネジメントなどの導入、実施、コンサルティングを手広く行う。最近ではメールマガジン「プロジェクトを成功させる仕事術」を発刊するなど、プロジェクトマネージャの育成を通じて企業のプロジェクトマネジメント力を向上させることに注力している。 |
堀内 IT業界は変化が激しいこともあって継続的なスキル開発が要求されていますが、「ただ勉強が好きな人」と「仕事ができる人」って違いますよね。今日は、プロジェクトマネージャが磨くべきスキルとは、といったテーマでお話ができればと思います。
好川 いま「スキル」という言葉が出ましたが、この言葉の意味がそもそもあいまいですよね。僕自身は「スキル」という言葉を使うのはやめようかなと思っているくらいです。
堀内 「スキル」という言葉が誤解を生むから、ですか?
好川 そうです。一般的に「スキル」というと、「○○を知っています、操作できます」という、職業上のテクニックのように思われがちですよね。
堀内 「資格や知識」イコール「スキル」であると考えられている方も多い。
好川 ええ。しかしそのようなテクニックは、スキルの重要な要素ではありますが、一部でしかないのです。これをスキルと区別するために「アビリティ」(ability)と呼びましょう。アビリティというのは、ある意味で単純労働なんです。
堀内 単純労働というのは……つまり、技術は複雑であっても、機械的にこなすことができるということですか?
好川 そういうことです。多くのエンジニアが技術的に複雑な問題を解くこと、つまりアビリティを高めることに力を入れています。しかし、プロジェクトマネージャがアビリティだけで務まらないのは堀内さんもご存じでしょう。仕事のスキルというのは、「アビリティ」と「コンピテンシー」(competency)からなると考えると分かりやすいと思います。
堀内 「コンピテンシー」といっても定義がいろいろありそうですが、平たくいえばどんな力でしょう?
好川 ここでは「状況を判断し、相手の期待に応える力」です。プロジェクトマネージャだけでなく、すべてのITエンジニアがこれを意識する必要があります。
堀内 なぜなら、エンジニアのスキル開発がアビリティのみに偏っているから、ということですね。
■コンピテンシーが問われるとき
堀内 好川さんがITエンジニアを観察していて、コンピテンシー不足を感じられるのは、例えばどんな瞬間ですか?
好川 まず「相手が怒っているとき」。ちょっと極端な例を挙げると、目の前のお客さんや上司が怒っているのに、なぜ怒っているのか分からないし分かろうともしない。「問題があることは理解しましたが、僕のやるべきことはやりました」といって、それ以上踏み込もうとしない。これでは、やるべきことをやるアビリティはあっても、スキルがあるとはいえないでしょう。
堀内 そうですね。なぜ怒られているのか分からないだけなら仕方がないケースもあるでしょうが、分かろうとしないのは問題ですね。まさに「状況を判断し、相手の期待に応える力」、つまりコンピテンシーが問われる瞬間だと思います。
好川 相手が怒るに至った原因はいろいろあるでしょう。自分のミスかもしれないし、相手の勘違いかもしれない。重要なのは、自らに問い掛けて、どんどんフィードバックしていくことです。フィードバックがなければ何の進歩もない。
要求分析というのもまさにコンピテンシーが問われる仕事です。悪い例を挙げると、聞き手が自分の枠から出ていないパターンがある。これもコンピテンシー不足の例です。
堀内 「自分の枠から出ていない」とは、聞き手があらかじめ持っている成果物のイメージに顧客の言葉をはめ込んでいくだけで、広がりがないということですか?
好川 そうそう。アビリティとしての要求分析をマスターしていれば、一通りの成果物なら作れるわけです。しかし、ヒアリングシートを機械的に埋めるだけでは、要求分析の本来の目的である「顧客の要求を知る」という仕事はできません。
堀内 確かに。ちょっとカッコよくいうと、「潜在的な顧客の要求を引き出して、満足してもらえる解を出そう」という目的意識が持てると、おのずと突っ込んだ質問が出てきますよね。
この「目的意識を持って仕事に臨む」というのはコンピテンシーの一部だと思いますが、ともするとスキルとは切り離されがちです。
好川 実際には目的あっての仕事ですから、コンピテンシーこそスキルの根幹をなすものといえるでしょう。そこを勘違いして、アビリティありき、つまり技術を現場で発揮することが仕事だと思ってしまうと、顧客がハッピーになれないだけでなく、自分のリスクも高まるんです。
■ポータブルなスキルとは
堀内 そこはぜひ伺っておきたいですね。アビリティ信仰のリスクとは?
好川 アビリティが「ポータブル」ではないこと。
堀内 ポータブルスキルというと、「ある会社だけでしか通用しないのではなく、転職してからも発揮できるスキル」という意味で使われていますが……。
好川 それは会社に対してポータブルという意味ですね。それだけではなく、時間に対してポータブルなスキルを意識して身に付ける必要があります。
堀内 長い期間使えるスキルということですね。
好川 そうです。IT業界はアビリティの陳腐化が速いということは、業界にいる人は皆分かっているでしょう。しかしもう1つIT業界に特徴的なことがあります。それは、アビリティの高さに高い評価を与える傾向があるということ。
堀内 あいつは偏屈だけど、技術力は高いからスゴイ奴だと。
好川 確かにアビリティの高さは評価されるべきですが、アビリティが時間に対してポータブルとはいえないことを考えると、アビリティだけで生きていこうとするのは困難です。
堀内 ……実はさっきから、このインタビューをどうやってまとめようか悩んでいました。「コンピテンシーを高める3つの方法」みたいにやってしまうと、アビリティありきの発想からの脱却を促さないなあと(笑)。
好川 ですね(笑)。発想の転換が必要な話なんです。エンジニアは、最初からアビリティを持って社会に出るので、ともすると自分のアビリティで仕事を定義してしまいがちですから。
■インタビューを終えて
好川さんはプロジェクトマネージャの養成に長年力を注いでいます。その親心から、少々厳しいトーンの話が多かったように思います。
しかし、いただいたアドバイスは本質的なものです。
まとめてみると、「何のためにアビリティを高めるのか。それを突き詰めて考える姿勢こそが、時間という試練に耐え得るスキル開発の第一歩だ」ということでしょう。
筆者紹介 |
堀内浩ニ●アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。 |
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