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コラム:自分戦略を考えるヒント(20)
初めての部下のほめ方、しかり方

堀内浩二
2005/6/23


 こんにちは。堀内浩二です。矢嶋さん(仮名・25歳・女性)は社会人3年目のプログラマ。先月、矢嶋さんの部署に、今年の新入社員が配属されたのですが……。


新人にはどう接したらいい?

堀内 矢嶋さん、高橋さん(新卒の部下の名前)は仕事に慣れました?

矢嶋 とんでもない、大変ですよ。

堀内 もう辞めたいって?(笑)

矢嶋 笑い事じゃなくて、そうなんですよ。そうはっきりとはいっていませんけど。昨日、2人で打ち合わせをしているときに突然相談されたんです。「自分はこの仕事に向いていない気がする」って。「じゃ何がしたいの?」と聞いたら、何ていったと思います?「お客さまの顔を見ながら仕事がしたいので、ショップの店員とか……」ですよ。もう、ガクッと力が抜けました。

堀内 全然やる気なし?

矢嶋 いえ、まじめなのでいわれたことはきちっとやるんです。言語も、わたしの推薦した本を自分で買ってきて勉強しているようです。でも「常識なさすぎ!」といいたくなるところがいくつもあって、ついイライラしちゃいます。

堀内 矢嶋さんも業界のヒトになったということでしょう。ちょうど今月、「先輩エンジニアが心得ておくべきこと 新人はここが分かってない!」(自分戦略研究室)という記事が出ています。矢嶋さんのような新人を指導する立場の方にはピッタリです。とても実践的で役に立ちそうですよ。

矢嶋 それはタイムリーかも。ぜひ読みます。ただ問題はですね……実は、わたしもこの業界が自分に合っているかどうか分からないんですよ。だから、1カ月で辞めちゃ何にもならないよ、とはいえますけど、ただ頑張れ頑張れとはいえないんですよね……。

堀内 なるほど。新人にどう接するべきかという「態度」の話ですね。

矢嶋 そうですね。特に、ほめたりしかったりするのが苦手なので、その辺りのコツを教えていただけるとうれしいです。

ほめるとき・しかるときには自分なりの根拠を添えて

堀内 いやー、わたしも偉そうなことはいえないですが……。矢嶋さんがほめる・しかるといっているのは、成果物の品質の良しあしではないですね?

矢嶋 仕事のアウトプットの良しあしを評価するのは、どちらかといえばシンプルだと思います。

堀内 「社会人なんだから」とか、「プロになりたいんだったら」とか、そういうレベルの話?

矢嶋 そうですそうです。

堀内 そういうことでしたら、まずは「ありのまま」を原則としてみたらどうでしょう。

矢嶋 「ありのまま」ですか。何だか簡単そうですね。

堀内 まあ聞いてください。ほめたりしかったりするスキルは比較的短い時間で学ぶことができると思います。難しいのは、その基準をどこに置くかということです。

矢嶋 なぜほめるかということ?

堀内 そうですね。特に人をしかるときに一番大事なのは、自分なりの根拠を持つことだと思います。新人は、矢嶋さんが思う以上に矢嶋さんのことを見ています。ただ結果が出なかったからしかる、自分が上司にしかられたから新人をしかる、昨日ほめたことを今日はしかる、そうやっていると……。

矢嶋 ドキ(笑)。

堀内 だんだん、ほめてもしかっても反応してくれなくなってしまいます。しかられる基準がよく分からないうえに、どうやったらほめられるのかも分からないとなれば、ただ耐えるのが最も痛みの少ない選択ということになりますからね。

 痛みといえば、セリグマンという心理学者がこんな実験をしています。犬を閉じ込めて電気ショックを与えるんですが、頭で板を押すと逃げられる仕組みになっている。

矢嶋 だから犬はすぐに学習して、逃げる。

堀内 はい。一方で別の犬には、何をしても逃げられないようにして電気ショックばかり与える。

矢嶋 理不尽な……。

堀内 そういう理不尽なことをされた犬は、いざ逃げられる状況になっても、何の行動も起こさなくなってしまう。これは「無気力を学習した」と解釈されています。何もしないことが最善だと学んでしまった、ということです。

「ありのまま」という戦略の強さ

矢嶋 人間もそれと一緒なんですね。

堀内 そういわれていますね。ですから新人の仕事に対しても、ほめるなりしかるなり反応をきちんと返すことがまず必要で、さらにその基準が一貫していることが望ましいわけです。

矢嶋 でも、わたしだって理想のエンジニアとかじゃないし、毎日手探りでやってるんですよ。自分にだってできないこともありますし、それを一貫した根拠を持ってほめろしかれといわれても無理です……。

堀内 分かります。そこで「ありのまま」という戦略が有効になってくるんです。

 もし矢嶋さんが「よい上司であるための5カ条」みたいなものを本で読んで、そのとおりにしようと思っても、それは無理ですよ。5カ条では想定できないことがたくさん起きますからね。

 そういう本はもちろん参考にしながら、自分がそうありたいと思うプロ像(ビジョン)を自分で描いていければ、それが判断基準になります。

 そのビジョンと、「そうありたいと思っているけれどなっていない自分」の両方をさらけ出す。これなら、たとえ自分ができていないことであっても、しかって大丈夫。

矢嶋 なるほど。良い上司になるためにも自分戦略と、そういうオチですか(笑)。

堀内 まあそうかな。見方を変えれば、良い上司になるためだけに特別な何かをする必要はないわけです。さらに、ほめるしかるという行為を通じて、自分のビジョンも明確になっていくと思いますよ。

矢嶋 そこなんです。ビジョンといっても、さっきいったように、自分自身この業界でやっていきたいかどうか分からないんですよね……。

堀内 IT業界ではないにしても、仕事をしていきたいという気持ちはある?

矢嶋 それは人並みにあるつもりです。

堀内 ならば大丈夫でしょう。業界は分からないがこういう職業人でありたいというイメージがあれば、ほめる・しかるの基準はそう変わらないと思いますよ。

新人にも感謝の気持ちで

矢嶋 自分は「ありのまま」として、新人さんにはどういう気持ちで接したらいいでしょうか?

堀内 そうですね、ひと言でいえば「感謝の気持ちで」接したらいいんじゃないでしょうか。

矢嶋 えー、感謝ですか? ちょっと抵抗があるなあ(笑)。

堀内 「部下になってくれてありがとう」といえとまではいいませんが、別に高橋さんも矢嶋さんの人間的な魅力に引かれて部下になったわけじゃないでしょう?

矢嶋 それはそうですね。

堀内 会社という枠の中で、人工的につくられた上下関係なわけです。さっきご自分で「わたしも理想のエンジニアじゃない」といっていましたが、高橋さんは矢嶋さんが良い上司になるための練習台になってくれているということです。

矢嶋 いわれてみれば、自分も「上司の新人」ですもんね。

堀内 そうですよ。しかも長い目で見れば、高橋さんが矢嶋さんの顧客になったり、上司になることだってあるかもしれない。お互い、社会の中で与えられた役割をこなしているだけなのですから、関係が変わったからといって威張ったり卑屈になったりするのはおかしいですよね。

矢嶋 そこまでは考えてもみなかった……。

堀内 そこまで考えると、あらためて「ありのまま」の強さが分かるでしょう。

矢嶋 ええ。でも、「ありのまま」だったら何でもいいってわけじゃないんですね。また一緒に仕事をしようといってくれるような「ありのまま」でないと。

堀内 そうなんですよ。簡単そうでとっても難しいことです。

矢嶋 それを先にいってくださいよ(笑)。

堀内 簡単な答えが思いつかなかったので……。まあお互い、いい「ありのまま」を目指しましょう。

筆者紹介
堀内浩ニ●アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。

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