第20回 ITが組織を改善する時代、リーダーの使命はたった2つ
岑康貴(@IT自分戦略研究所)
赤司聡(撮影)
2009/6/22
手嶋守(てじままもる) 手嶋屋 代表取締役 1979年4月22日生まれ、東京都出身。東京理科大学理工学部卒業。2002年3月に携帯関連のコンテンツの開発会社として手嶋屋を起業。2005年に自社開発のSNSエンジンを「OpenPNE」としてオープンソース化。 |
■大学より、ビジネスの世界で研究をしたかった
大学時代に人工知能の研究をしていて、そのための手段としてプログラミングを始めました。でも、大学という狭い「試験管」の中での研究は面白くなくて、「何か違うなあ」と思っていました。
やっぱり実際の人間がいる場所で実験がしたいと思って。特に、人工知能の研究をするのだったら、コミュニケーションツールのビジネスの現場に入っていきたいなと。そこで、携帯ブラウザ会社のACCESSでアルバイトを始めました。
アルバイトの募集期間はもう終わっていたんですが、連絡したら当時のCTOの方が出てきてくださって、わたしが作ったものを見せたら、それが良かったのか、採用されました。ACCESSでのアルバイト時代で、いわゆる「職業プログラマ」としての仕事は大体つかめたと思っています。
それと並行して、大学の友人が「ベンチャーを立ち上げる!」といい出したので、じゃあわたしがCTOをやるよ、っていう話になりました。ところがその友人が、途中で「やっぱりやめる」と。もうすでにいろいろな会社から仕事をもらっていたので、代表がいないからと途中で投げ出すわけにもいかず、わたしが中心となって、高校時代の同級生だった大平(現在、手嶋屋の取締役を務める大平哲郎氏)にも手伝ってもらいながら仕事を回していました。
そうこうしているうちに、気付いたら就職活動の時期が終わっていたんですよ。わたしは究極的には一生、研究をしていきたいんです。しかし、学会や研究室という形ではなく、ビジネスの世界で、広く社会の役に立ちながら同時に研究もしていこう、と決めました。ビジネスが回り始めていましたしね。
最初の2年くらいは受託開発が中心で、キャンペーン用のモバイルサイトを作ったり、iアプリの開発を行ったり。iアプリの本もこの時期に書いたんですけど、その印税も出資金の足しにして。この時期はものすごく大変だったけど、とても楽しかったですね。ACCESSから、アルバイト時代のつながりで仕事をもらったりもしていました。大学を卒業したばかりのわたしがプロジェクトマネジメントや仕様策定にいきなり携わる機会を得られたのは、すごく貴重な経験でした。
■OpenPNEは「研究」
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2004年ごろ、日本でSNSが出始めて、それを見て「これは絶対にコミュニケーションツールのスタンダードになる」と確信しました。それまではコミュニケーションツールの受託開発が中心だったわけですが、そこからOpenPNEの開発へと事業をシフトしていったんです。現在、手嶋屋の事業は100%、OpenPNE。
ずっと考えていたのが、エンターテインメントとしてのSNSという用途以外に、いろいろな組織にSNSを入れていくことができるはずだということ。「楽しい」以外のコミュニケーションもあるはずで、それなら大きなSNSが1つじゃ足りないわけですよ。
SNSをいろんな組織に配りたい。みんなが自分の組織に合わせてSNSを10個でも100個でもどんどん作れるようにしたい。OpenPNEをオープンソース化したのは、そうした背景があるからです。
言葉は悪いかもしれないですが、これも人工知能に関する研究といえると思います。SNSをオープンソースにすると、たくさんの組織に一気に広まる。どんな組織が採用して、どんなコミュニケーションを取るのか分析し、組織で起こるさまざまな問題を改善していく。大学じゃあできない研究ですよね。
■人工知能でランチタイムのグループ分け
手嶋屋は株式会社ですが、「研究所」といった方がしっくりきます。社員は「研究員」ですね。研究開発者たちが伸び伸びと開発できてる環境をつくるのがわたしの役目。最近では、プログラミングはみんなに任せていて、全体の大まかな設計だとか、ビジネスとの接点を生み出す仕事がメインです。
でも、わたし自身、別にリーダーシップにたけているわけじゃないんですよ。休みの日は独りでひっそりとしていたいタイプですし。だから、「人」でみんなを引っ張るんじゃなくて、「ミッションで引っ張る」ことを重視しています。
「あらゆる組織にはSNSが必要だ」というミッションでメンバーを引っ張る。わたしは経営者なので、このミッションを絶対に裏切ってはいけないんです。このミッションと関係ない仕事はさせない、とかね。例えば、このミッションに共感して手嶋屋に入社してくれたプログラマに対して、「あなたにこのミッションと関係ないようなつまらない仕事はさせないよ」と。わたし自身、エンジニア出身なので、やりがいのない仕事をすることのつらさがよく分かる。そんな仕事はさせたくないんです。
もちろん、みんなの気持ちを1つにするのはとても大変なことです。それに、開発の仕事は忙しいし、つらいことも多いし、ときにはひどく落ち込んでしまう人もいる。これらの問題を打開するために、ランチタイムにある工夫をしています。
よくIT企業で「ランチ無料」というところがありますが、それは単なる「食費の支給」、突き詰めると給料の天引きでしかないですよね。うちは「ランチランダマイザー」というものを使って、単なる「食費の支給」に終わらないようにしています。
ランチランダマイザーとは、「ランチに行くグループ分けをする人工知能」です。社内のSNS上で、毎日「彼」がランチイベントを立ち上げてくれます。で、ランチを食べたい人はそこに「参加希望」と書き込む。するとある時間で締め切って、「彼」がグループをランダムに割り振ります。これによって、エンジニアも営業もランダムに交ざって「同じ釜の飯を食う」わけです。エンジニアと営業は衝突することが少なくないですが、こうやって一緒にランチを取る機会をつくり出すことによって、お互いの理解が深まり、「あの案件にはそういう事情があったのか」と仕事が円滑に進むようになるんです。
■リーダーに残される使命は「ビジョン」と「逃げないこと」
わたしの中には「ソフトウェアの力でどこまで組織を改善できるか」という問題意識があります。ランチランダマイザーもその実験の一環。単にSNSを組織に導入するところから、さらに一歩進んだ形ですね。普通だと気配り上手な上司が衝突しがちなエンジニアと営業を「ちょっと飯でも食いに行くか」って誘うんでしょうけど、それをソフトウェアで解決してしまおうということですね。
もちろん、どこまでいってもアナログでやらないといけない仕事、人間がやらないといけない仕事はいくらでもあります。課題はとても多い。つまり、一生研究できる分野だということなんですよ。
もし「ソフトウェアの力で組織の課題を解決する」ということが究極的に実現したとしたら、いまの「マネージャ」や「リーダー」と呼ばれる人たちの仕事は大きく変わるでしょうね。彼らの仕事の大部分をソフトウェアが代わりにやってくれるわけですから。どうも企業組織では「マネージャ」というと「えらい人」というイメージですが、もっと「芸能人のマネージャ」とか「部活のマネージャ」に近づくんじゃないかな。才能ある人たちのサポート役に徹するようになるんだと思います。
じゃあ、そういう世界になったとき、「リーダー」に残される仕事ってなんでしょう。わたしは「ビジョンを持つこと」と「そこから逃げないこと」の2つに集約されると思います。これだけは絶対にソフトウェアにはできない仕事です。「マネジメント能力」や「コミュニケーション能力」はソフトウェアに任せて、この2つに集中するリーダー。それがわたしたちの研究の果てにやってくる世界でのリーダー像だと思います。
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