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今週のリーダー

第28回 人を“その気にさせる”MSエバンジェリストの管理術


荒井亜子(@IT自分戦略研究所)
岩井玲文(撮影)
2009/8/17

平野和順 (ひらの かずのり) マイクロソフト株式会社 デベロッパー&プラットフォーム統括本部 カスタマーテクノロジー推進部 部長 静岡県出身。1985年4月、東芝テック入社。流通サービス分野でシステム開発を担当し、Windows NTとSQL Serverを利用した流通小売業向けのPOSパッケージを日本で初めて開発。その後.NET FrameworkとWebサービス技術をベースとしたミドルウェアの開発とその顧客ソリューションの作成支援を行う。2007年3月、マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしてマイクロソフト技術の啓蒙活動を行う。現在はマイクロソフトのクラウドプラットフォームである「Windows Azure」のエバンジェリストを務めるほか、カスタマーテクノロジー推進部の部長として、10人のエバンジェリスト、アーキテクト、マーケティングマネージャなどをリードしている。

エバンジェリスト=技術者+マーケッター

 現在わたしはマイクロソフトのエバンジェリスト10人を率いるチームのマネジメントをしています。わたしのチームでは、企業の情報システム部門のITエンジニアや企業内でソフトウェアを使う方々といった、いわゆるエンドユーザーに対し、「Windows Azure」などクラウドコンピューティング技術の啓蒙活動をしています。

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 マネジメントをしていて思うのが、エバンジェリストの仕事とチームマネジメントは、人を“その気にさせる”という点で似ているということです。

 そもそもエバンジェリストとは、キリスト教の宗教用語で、キリスト教への宗旨替えを強く啓蒙する人のことです。われわれテクノロジエバンジェリスト(以下、エバンジェリスト)は、他社技術を使っている人や企業に対して、自社技術の知識を普及しています。

 もちろん、マイクロソフトの技術を広める人はエバンジェリストに限りません。マイクロソフトには、各製品の細かなスペックを説明するプロダクトマネージャ、お客さまのシステム構築を支援するコンサルタント、調布のR&Dセンターで開発をするデベロッパーがいます。

 エバンジェリストには、マーケティングと技術の要素が含まれます。マイクロソフトだけでなく競合他社の技術にまで精通していることはもちろん、マイクロソフト技術のシェア率を広げるために、さまざまな活動を行います。典型的なのは、カンファレンスでデモンストレーションを交えながらの技術解説、メディアでの記事執筆、企業セミナーでの講演などです。こうしてお客さまにマイクロソフトのテクノロジを使って「何かやりたい」と最初に思わせる役割を担っているのがエバンジェリストです。

 上記のような活動をとおして、エバンジェリストは企業が抱える問題点を聞き出し、それに対してマイクロソフトのどの技術でどう解決できるのかという説明を行い、お客さまへ“宗旨替え”を説得します。最終的にお客さまを「じゃあやってみようか」とその気にできれば成功です。その後の製品導入やアプリケーション開発では、パートナー企業がお手伝いしてくれたり、コンサルティング部門が対応するといったフローに落ちていきます。

優秀な部下のモチベーションアップ術(1)褒める

 人前に出ることが多いためタレントのように華やかに見えるかもしれませんが、いろんなお客さまとお話する中でつらいこともあります。お客さまからダイレクトに聞いた製品の改善点に対し、直接手を下して直せるわけではありません。開発スタッフは本社(米国・レドモンド)にいるので、エバンジェリストは本社にお客さまの声を伝えることしかできません。ダイレクトにお客さまの声を反映できないジレンマで、モチベーションが下がることがあります。「本社にいうだけで自分ではできない……」。そういう発想ではなくて、われわれは何をお客さまにしてあげられるか、というポジティブな発想が重要です。

 また、「うちはJavaだから.NETはいいよ」といわれることもしばしば。もちろんエバンジェリストなので戦う使命があります。エバンジェリストは、いわばお客さまに宗旨替えを求めるようなものですから、ちょっとやそっとではへこたれない心の強い人が多いのは事実です。でも、人間なので心に波はありますよね。

 ですからわたしは、チームメンバーがいつも高いモチベーションを保っていられるように、極力ネガティブな方に向かないようマネジメントすることに気を配っています。

 チームメンバーのモチベーション管理は、わたしがリーダーとして一番大事にしている仕事です。基本的にあまり怒りません。むしろ褒めるようにしています。いまのチームメンバーは30代から40代後半、経験豊富で個々人に能力は十分ある。製品のことをよく知っているし、お客さまへの提案の仕方も心得ている人たちです。仕事を1人でできない人はいません。お客さまとの人間関係で落ち込んだり、壁にぶつかって行き詰ってしまうことはありますが、ちょっとしたきっかけをあげれば動いてくれます。

 ポイントは、本人が気が付いていない良いところを伝え、そこを生かして「こういう風に話したらちゃんと伝わるよ」とコーチすることです。お客さんをその気にさせるように、チームメンバーにも「もう少し頑張ってみようかな」とその気にさせます。

優秀な部下のモチベーションアップ術(2)成功イメージの共有

 チームメンバーをその気にさせるもう1つの方法は、うまくいったときのイメージを共有することです。目標数字を達成するというのは、お客さまに何かしら喜んでもらえたから購入に結びついたということですよね。それを、「マイクロソフトの技術をお客さまに採用してもらうことで、このお客さまの中で○○な良いことが起こって、きっとそのことに対して喜んでもらえる、だから頑張ろう」というイメージ。これがベストのマネジメント法なのかは分かりませんが、わたしのチームメンバーには有効に働いています。

 われわれが啓蒙活動をした結果はシステム事例として、次のお客さまのところに届けます。「われわれはこういうふうにしてうまくいったんですよ、御社も体験しませんか?」といってお客さまをその気にさせていく。お客さまも幸せなゴールが見えると、「やってみようか」という気になる。As is からTo be。そのTo beの姿を共有するのは、マネジメントでもお客さま対応でも非常に大事ですね。

 To beまでのストーリーの立て方は経験からきています。マイクロソフトには、マネジメントのフレームワークやメソッドがたくさん蓄積されています。パフォーマンスを引き出すためのスキルも教えてくれます。でも、一番大事なのは、共通のゴールをどれだけチームメンバーと共有できるかだと信じています。価値を共有できれば、その後のアクションはぶれません。

タレントのマネージャのような存在

 マイクロソフトは非常に面白い会社で、社員のキャリアパスに、マネージャとスペシャリストの2つの道が用意されています。マネジメント職に就かなくても評価されます。

 わたしのチームでもマネージャが偉いわけでは決してありません。わたしはチームメンバーとの関係を、「タレントとタレントのマネージャの関係」ととらえています。エバンジェリストがタレントで、わたしはその人たちのスケジュール管理をしたり、士気を高める裏方。部下と上司という関係ではあるのですが、上下関係ではないのです。マネジメントというロールか、インディビジュアルなロールかという役割の違いです。それをすごく意識しています。

 エバンジェリストは、育てて作るものではないのです。勝手に“なってしまう”、という感じです。技術者経験やマーケティング経験、対人関係で経験を積んだうえで、なるべくしてなる人が多いです。それゆえ、マネジメント方法は、手取り足取り教育するのではなく、ちょっとしたきっかけ作りが中心になるんだと思いますよ。

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