第32回 システム開発の主役「バイリンガル技術者」育成計画
岑康貴(@IT自分戦略研究所)
赤司聡(撮影)
2009/9/14
林浩一(はやしこういち) ウルシステムズ ディレクター 岡山県出身、大阪大学大学院卒。富士ゼロックス、日本エクセロンを経て現職。現在、確実にビジネスを支えるシステムを構築するための「ユーザー主導システム開発」の手法確立と、IT技術者のスキル向上のための新ロジカル・シンキング体系「MALT」の展開に注力している。著書に『間違いだらけのシステム開発』(翔泳社)、『ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック』(IDGジャパン)がある。@IT自分戦略研究所 エンジニアライフでコラム「ITコンサルタント宣言!」を連載中。 |
■先端技術の研究者からコンサルタントへ
大学を出てから富士ゼロックスに入社して、しばらくはシステム技術研究所というところで基礎研究に携わっていました。入社したのは1980年代の半ばでした。ゼロックスのパロアルト研究所と近しい関係にあり、非常に先進的な環境で研究を行うことができました。
当時、ゼロックスはオブジェクト指向プログラミング言語の先駆けである「Smalltalk」、ビットマップディスプレイやGUIを始めとした現在のPCに採用されている技術を確立させたワークステーション「Xerox Star」、それらをイーサネットによるLANやグローバルにつないだネットワーク環境、WISYWIGエディタからレーザービームプリンターへの印刷技術など、優れた技術をどこよりも早く製品化して世に送り出していました。でもその後、それらの技術を使ったMacが一世を風靡し、さらにDOS/VパソコンとWindowsの登場で、皆さんご存じの今の世界となりました。より優れた技術を持ちながら、後発企業が成功していくのを悔しい思いで見たものです。技術だけでは世の中は変えられないんだと痛感しました。
技術者としてのわたしは、今ではXMLの形となっている構造化ドキュメントや、同じくWWWとして結実したハイパーテキストの研究などに従事していました。いま振り返ると、これらの技術コンセプトはその後の世界の変化を先取りしていたわけです。技術だけでは世の中は変えられないかもしれないけれど、技術が生み出すビジョンの持つ力は、本当に素晴らしいと思います。
1990年代に入ると、ほかの企業もそうでしたが、システムの研究はビジネスに直接貢献できることが求められるようになりました。わたしの研究テーマはドキュメント処理だったので、ドキュメントエディタの開発などにもかかわりました。その後、MS Wordがメジャーになり、WWWが普及してくると、もっとビジネスソリューションに近いものが求められるようになりました。ドキュメント処理を使ったネットワークサービス連携や、今でいうソーシャルタギングの技術を使って、コンサルティング営業を始めようとしていた営業部門を支援するシステムの開発にも取り組みました。さらに、当時は技術をいかにインターネットビジネスにつなげるかが重要課題でしたので、戦略コンサルタントやビジネススクールの先生の指導の下で、わたしも新規事業の企画立案を手掛けるようになりました。
変化の早いインターネットビジネスをやるには大企業では小回りがきかない、と考えたわたしは、2000年に外資系のオブジェクト・データベースの会社に転職し、ドキュメント処理の知見を生かして、XMLデータベース「eXcelon」を使った電子カタログや電子商取引システムの開発、導入のコンサルティングに従事しました。さらにその2年後、ウルシステムズへ、コンサルタントとして転職することになります。
■いかにエンジニアをコンサルタントに育てるか
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ウルシステムズはわたしの入社当時、J2EEやUMLなどオブジェクト指向に強い技術志向の企業というイメージがありました。ですが、もともと会社が目指していたのは「ビジネスを成功に導くためのシステムの実現を支援する」ということでした。システム開発や技術コンサルティングだけでなく、ビジネス戦略を現実のシステムに落とし込むコンサルティングの立ち上げに力を入れていました。わたしはその領域のコンサルタントとして入社しました。
この部分をきちんとできるところは当時も今もあまり多くはありません。戦略コンサルタントの場合、戦略を組み立てるところまでは良いのですが、技術知識が不足しているので、実現できるか分からないシステム化計画が出てくることがあります。一方、ITエンジニアの方はビジネス視点が欠けているために、ビジネス目的よりも実現性を優先してシステムを設計してしまうことがあります。それで結局、もともとねらっていた戦略どおりのシステムはできなかった、なんて話になるわけです。ビジネスとITを媒介して正しいシステムの構築まで支援できるITコンサルタントが必要になるのです。
わたしは戦略コンサル会社の出身の方にも随分お会いしましたが、ビジネスとITの両方が分かるということの重要性は共感してもらえても、ではITを基礎から学ぼう、とまで考える人はまずいませんでした。逆にITエンジニアの中には、ビジネスの言葉を学んでコンサルティングができるようになりたい、という方がたくさんいます。そこで、わたしの問題意識は「いかにエンジニアをコンサルタントに育てるか」という点に集約されていきました。
■技術者のバイリンガル化計画
いま、わたしは「ビジネスとITのギャップを埋めるコンサルティング」を行う事業部の事業部長です。わたしの下には3人のマネージャがいて、さらにその下に40人くらいコンサルタントがいます。事業部長としての仕事は、新規事業を立案すること、案件を獲得すること、そして、プロジェクトの問題を解決することです。メンバーは優秀なので、普段は信頼してお任せしていますが、困っているところがあれば、プロジェクトに入って進め方を整えたり、お客さまと交渉したりします。わたし自身が資料を作成するのも含めて、必要なことは何でもやります。
事業部の中だけでなく、全社に対するミッションも持っていて、その1つが「入社してくるメンバーをコンサルタントに育成すること」です。彼らのほとんどはエンジニア出身。ウルシステムズに中途入社してくると、まず2週間の研修を受けてもらうことになっています。この研修のコース設計はわたしがやりました。社員の中には業界の有名人なんかもいますので、彼らにも協力してもらって、かなりみっちりとやります。ここでエンジニアからコンサルタントへ転身するということを意識してもらいます。
この研修の特徴の1つは、コンサルティングに必要なロジカル・シンキングに代表される、コミュニケーションのスキル習得に重点を置いているところです。これは、相手のいっていることを理解し、情報を整理・分析して、その結果から提案を組み立て、プレゼンをして合意を得るという基本的なスキルです。
技術者にこうしたスキルをつけてもらうことを、わたしは「技術者のバイリンガル化」と呼んでいます。テクノロジーの言葉とビジネスの言葉、両方を話せるようになる、ということですね。バイリンガル技術者をたくさん育てるのがわたしのミッションの1つです。これはもうライフワークみたいになっていて、社内にとどまることなくやっています。エンジニアライフでコラムを書いているのも、ロジカル・シンキングの本を書いたのも、このためです。
■ビジネスとITのギャップを埋めるコンサルタント
入社したメンバーはコンサルティングに必要なコミュニケーションスキルの習得だけでなく、高い専門スキルをさらにレベルアップしてもらって、一人前のITコンサルタントになってもらいます。
わたしたちはコンサルタントを専門性の違いから大きく4種類に分けて考えています。業界のビジネスの知見が深い「ビジネスコンサルタント」、業務の分析やモデリングに長けた「業務コンサルタント」、プロジェクト管理の経験の多い「プロジェクトマネージャ」、極めて高い技術力を持つ「アーキテクト」の4種類です。
これは単なる分類であって、メンバーがこれらのうちのどれか1つを選ぶ、という話ではありません。できるコンサルタントはこのうち、2つから3つの役割を果たすことができます。
なぜこの4つかというと、われわれの考えでは、システム開発がうまくいかないのは、これらに対応する4領域の「ギャップ」が存在するからです。
- Goalのギャップ:経営の目的が業務部門や開発側に伝わらないというギャップ
- Activityのギャップ:業務に関する知識が開発側に伝わらないというギャップ
- Processのギャップ:IT部門と開発ベンダの間でプロジェクトの状況認識が違うというギャップ
- Skillのギャップ:開発ベンダがシステムに必要な技術を充足できないというギャップ
この4領域を埋めるのが、前述の4種類のコンサルタントです。Goalのギャップを埋めるのが「ビジネスコンサルタント」、Activityのギャップを埋めるのが「業務コンサルタント」、Processのギャップを埋めるのが「プロジェクトマネージャ」、そしてSkillのギャップを埋めるのが「アーキテクト」です。ちなみにこの4領域の頭文字を取ると「GAPS」になって、ギャップ(gaps)の意味と重なります。
「GAPS」のコンセプトを提唱し始めて4年くらい経ちます。ユーザーさんの中でも、特に情報システム部門の方からは「確かにそうだ」とご評価いただけるようになってきました。しかし、経営トップの皆さんのところまでは、まだ十分に伝えることができていません。システムは守備範囲ではないということで、情報システム部門や開発ベンダに任せきりにされている方が多いため、なかなか現場の課題にピンときてくれないのですね。
GAPSのうち、開発ベンダの技術にかかわる「S」以外は、いずれもユーザー企業側のギャップです。ビジネス戦略を支えるためのシステムの開発に失敗する原因は多くの場合、ユーザー企業側にもあるということです。そこをしっかり認識して、ユーザー企業自らがシステム開発に主体的に取り組まないと、良いシステムなんか絶対にできません。この考え方を「ユーザー主導開発」と呼んでいます。これを経営トップにまで伝えていく、というのもわたしのミッションの1つだと思っています。
■技術を軽く見ているコンサルなんかに負けるな
技術者のバイリンガル化という話をしましたが、全員がコンサルタントを目指すべきだといっているのではありません。エンジニアの世界はどちらかというと「草食系」だと思います。これに対して経営トップと渡り合うようなコンサルタントの世界は「肉食系」が多いので、メンタル的に厳しいことが多いんです。
一方で、まったく渡り合えないようでも困る。ITエンジニアはなめられています。技術を知らないコンサルタントの中には、「エンジニアって、プログラム書いてるだけでしょ?」といったような態度をとる人がいます。これは彼らが技術の広さと深さを知らないからではありますが、一方で、エンジニア自身が自分たちの価値を示せていないせいでもあります。
開発という仕事が、オフショア開発との単価競争にさらされているため、単価の安い「高度ではない仕事」だという錯覚されている点も見逃せません。本当はものすごく優秀な技術者が安く雇えるということなんですけどね。逆に、コンサルタントは日本語や日本の商習慣が参入障壁になっているおかげで、安くて優秀な外国人が入ってきづらく、単価が高止まりしているともいえる。
コンサルタント並みのコミュニケーションスキルを持てば、オフショア開発における外国のエンジニアに対する差別化点になります。もともと日本人は真面目で緻密(ちみつ)な作業が得意なので、ITの仕事に向いています。コミュニケーションスキルを高めてバイリンガル化すれば鬼に金棒です。外国のエンジニアはもちろん、技術を軽く見ているようなコンサルなんかに負けるはずがありません。
これからの日本の未来を背負っていくのは、競合と差別化できるビジネスの戦略をITの力で実現できる企業です。それらの企業で必要になる独自システムの開発は、ユーザー主導で進めていかざるを得ません。このときに鍵となるのが、ビジネスの言葉とITの言葉を媒介できる技術者です。バイリンガル技術者がこれからの主役になるのです。
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