第36回 良いリーダーは笑いとつかみのツボを心得ている
金武明日香(@IT自分戦略研究所)
岩井玲文(撮影)
2009/10/19
杉山竜太郎 (すぎやまりゅうたろう)氏 LoiLo 取締役 2007年マイクロソフト・イノベーションアワード優秀賞受賞。同年、経済産業省傘下の(独)情報処理推進機構が運営する未踏ソフトウェア創造事業で「天才プログラマー/スーパークリエータ」の認定を受ける。超高速動画編集ソフト『SuperLoiLoScope』の開発を指揮し、2008年10月に発売を開始。2009年9月、海外展開の一歩としてUS JETRO のサンフォセオフィスを開設 |
LoiLoは、「杉山兄弟」が設立した会社です。2007年IPAの未踏ソフトウェア開発で、わたしたちが作った映像編集ソフト『回向』の開発プロジェクトが採択されたのを機に、会社を立ち上げました。現在は「LoiLoScope」という映像編集ソフトを作っています。わたしは取締役として、プロダクト・マネージャやアライアンス関係の仕事、人事や営業を担当しています。弟は代表取締役兼チーフプログラマで、製品開発を指揮しています。
■兄はのび太、弟はドラえもん
昔から、一緒に面白いことをするのが好きな兄弟でした。小さい頃は、一緒にゲームばかりしていましたね。それから美しい映像を見るのも好きでした。大学生になると一緒にイベントのビデオジョッキー(VJ)をやるようになりました。
1997年当時のVJソフトでは、いろいろとできることが制限されていました。映像のサイズは小さかったし、画像も高画質ではなかった。でも、わたしたちはイベントできれいな映像を使いたかったのです。
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良いソフトがないなら作ってしまえばいい。そうしてできたのが『回向』の原型となる映像編集ソフトです。最初にできたソフトは、実は弟が1日で作ったんですよ。「明日イベントがあるんだけど、こういうソフトが欲しいんだ」と弟に相談してみたら、次の日にはソフトができていたんです。
わたしたち兄弟の関係は、のび太とドラえもんの関係みたいなものかもしれません。わたしが「こういうの欲しいんだけど」というと、弟がさっと作って出してくれる。
仕事のやり方も、大体同じですね。わたしが企画を作って弟に見せる。作ることができそうなら弟が作る。できあがったものが、「LoiLo」のコンセプトとずれていればその企画はなかったことになる。日々、トライアンドエラーの繰り返しですね。こうやってわたしたちは一緒にものを作ってきました。
■デザイナーとプログラマが一緒になってソフトを作る
ゲーム好きが高じて、わたしたち兄弟はゲーム会社に就職しました。わたしはセガのCGデザイナーとして、弟はナムコのゲームクリエイターとして働いていました。仕事と並行して、「MICRON」というユニット名でビデオジョッキー活動も続けていました。書道家の武田双雲氏とのコラボレーション、野村萬斎氏の映像インスタレーションに参加する機会にも恵まれました。
そうした活動中、ずっと「自分たちが作った『回向』を世の中に発表したい」という思いがあったんですね。『回向』は、市販されている製品よりも動作が早かったので、世の中に発表する必要性を感じていました。2007年、情報処理開発機構(IPA)の「未踏ソフトウェア創造事業」で『回向』開発プロジェクトが採択されたのを機に、2人とも会社を辞めて「LoiLo」を立ち上げました。
LoiLoの社員は全部で6人。弟を含めて3人がエンジニアです。わたしたち兄弟が両方ともゲーム制作会社出身なものですから、会社の風土や製品に「ゲーム制作会社らしさ」がにじみ出ていますね。
例えば、LoiLoは「デザイナーとプログラマが協業できる環境」を目指しています。プログラマはプログラマで仕事を、デザイナーはデザイナーの仕事をするという役割分担ではなく、デザイナーとプログラマが一緒になって本当の使いやすさを探求するのです。
わたしが「こういう機能が欲しい」と企画を立てると、みんなで話し合って合意したものをプログラマが実装します。できあがったものをわたしやデザイナーが使って試して、ダメ出しや提案をしながらより良いものへ仕上げていきます。
大まかなスケジュールを決めて、その中で何回もトライアンドエラーを繰り返す。1つのチーム内で、いろいろな人がそれぞれの得意分野を生かしてごっちゃ煮で作業をする。決して効率的ではありませんが、このLive感覚があったからこそ『LoiLoScope』が生まれたのだと思っています。
■マニュアルがなくてもゲームはできる。ソフトもそうあるべきでは
「マニュアルなんていらない」。製品の企画、テストの際のモットーです。「教えられてできる」では意味がない、「教えられなくてもできる」べきだと肝に命じています。ゲームをやるのにマニュアルなんて必要ないじゃないですか。まったく映像編集をやったことがない人が使えるような製品にする。ちょっとでも「使いづらい」と思うものは論外です。
一方でジレンマもあります。デザイナーとしては、あまり画面上にごちゃごちゃとボタンをつけたくない。でも、右クリックなどに機能を入れようとすると、初心者にとっては分かりにくい「裏技」になってしまう。このバランスをとるのが非常に難しいですね。
■「リーダーが2人」の良いこと悪いこと
「リーダーが2人いるといろいろ難しいのでは」という声を聞きますが、2人でやるメリットは多いですよ。作業分担ができるというのはもちろんですが、一番良いのはキャラクターの「演じ分け」ができることでしょうか。
わたしたち兄弟はまったくタイプが違うんですよ。わたしは人と話すのが好きですが、弟はどちらかというと黙々とコードを書くタイプ。休日の過ごし方も全然違います。お互いの「キャラクター」が違い、その違いをよく理解しているからこそ「演じ分け」ができるのです。弟に相談できないことをわたしが聞くとか、わたしがいいにくいことを弟が代わりにいってくれるとか。1人ではキャラクターの使い分けが難しいですが、2人でなら可能です。
逆にデメリットといえば、意思決定のスピードが遅くなることぐらいでしょうか。普段は2人で相談してから決めることが多いので。意見の食い違いはしょっちゅうで、会社では日常的にバトルをしています。「これはできない」とか「何いってるの」とかいい合うこともしょっちゅうあります。でも、仲が良いからこそ、こういう腹を割った意見交換ができるんですよね。正面からぶつかってこそだと思います。
■「いっていることが分からない」リーダーなどあり得ない
このように、わたしと弟は役割分担をはっきりさせて仕事をしています。リーダーの仕事としてわたしが最も重視しているのは「社員同士のコミュニケーションの円滑化を図る」ことです。
そのために必要なのは「笑い」と「つかみ」の資質です。朝来た時に黙々とパソコンを立ち上げて仕事に入ると、どうにも雰囲気が良くないじゃないですか。なので、出社したら社員と「テニスどうだった?」などのおしゃべりをするようにしています。
先生のように話がうまく、お笑い芸人のように人の心をつかむのが理想ですね。その点から考えると、「人志松本のすべらない話」はなかなか良いと思います。プレゼンテーション能力が上がるし、起承転結で話をすることができるようになる。「同じ話でみんなが笑える」というのはすごいことですよ。リーダーは「すべらない話」から学ぶことがたくさんあるように思います。
良いリーダーは「笑い」と「つかみ」のコツを知っている。逆に、「いっていることが分からない」リーダー、「いっていることが滅茶苦茶なリーダーは最悪です。「前にいったでしょ」というような、自分の発言を忘れている人がたくさんいるけれど、そういうのは良くない。リーダーは、自分の発言に責任を持たなくてはならないと思います。
■技術者よ、遠慮はいらない
「Don't Hesitate」というフレーズを、外国からのメールでよく目にします。「遠慮しないで」という意味ですが、なるほど日本人エンジニアもそうあるべきではないかと最近感じています。外国人は「遠慮しないで、ちょっとしたことでもいいからメールを送り続けて欲しい」と頻繁にいってくるんですね。自分もためらわないし、相手にもためらわないよう求めている。
そういう外国人とやり取りをしていると、日本人のおとなしさを実感します。「相手からメールが来ない」とぼやく人がたまにいますが、「何回送ったの」と聞くと「2回だけ」という返事が返ってきたりする。2回メールを送っただけであきらめるのは早すぎます。本当に連絡をつけたいなら、条件を変えてメールをして、電話もする。そういう積極的な気持ちが必要だと感じています。
せっかく技術で新しいことができるのですから、エンジニアには新しいことにどんどん挑んで欲しいと思います。新しいことに挑み続けて失敗し続けて、わたしたちはやってきました。
ただ、一人よがりな開発ではいけないとも思っています。自分たちにとっても、他の人にとっても必要な製品を生み出して、人々を幸せにして欲しいと考えています。遠慮をせずに、新しいことに挑み続ける「勇気」を持ち続けてください。
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