第9回 CGの未来を作る。「日本で10人」の技術を持つソフトウェア開発者
金武明日香 (@IT自分戦略研究所)
赤司聡(撮影)
2010/7/5
瀧内元気(たきうちげんき) 1980年生まれ。2003年に東京工業大学卒業後、レンダリングソフトウェア開発に携わる。転職後、Webサービスの研究開発に従事。2007年に独立し、合同会社S21Gを共同創業し代表社員に就任(現職)。twpro.jp(ツイプロ)やiPhoneアプリの開発を行う。2009年にライトトランスポートエンタテインメントを共同創業し取締役CTOに就任(現職)。映像制作のためのレンダリングソフトウェア開発に携わる。日本におけるレンダリングアルゴリズム研究の活性化を目指している。 |
■日本で10人強しかいない「レンダリング」エンジニア
ライトトランスポートエンタテインメントとS21G、2つの会社を設立して技術者として働いています。専門分野はレンダリングアルゴリズム。物理学と光学に基づいて光の伝達や反射のシミュレーションを行うCG映画制作ソフトウェア(以下、レンダリングソフトウェア)を作ることをライフワークとしています。
CGプロダクションで使える品質のレンダリングソフトウェアを制作できるエンジニアは、世界でもごく少数です。現在、日本に住んでいるエンジニアは、わたしを含めて10人いるかいないかではないでしょうか。
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日本では、「CG」というとアニメやゲームを思い浮かべる方が多いと思います。これらのCGは、あまり「本物」らしく見せる必要があまりありません。しかし、映画のCGは「リアル」さが必要です。よりリアルに見えるCG、つまり自然法則に則った光反射や物体の質感などを表現するソフトウェアを作るためには、物理学や数学を理解していないといけません。必要な知識という点においては、アニメやゲームCGに比べると、映画CGはハードルが高くなります。
わたしは、難しい分野にあえて挑戦したいと思っていました。プログラミングを始めたのは8歳ごろ。大学では情報工学研究室でCGについて研究し、卒業後はCGソフトウェアの会社でレンダリングソフトウェアを開発しました。その後にWebサービス企業に転職、広告配信システムの研究でいくつかの特許を取得しました。そのとき会社から特許の報奨金が出たので、それを元手に独立したのです。
■会社という枠にしばられず、ネットワークを駆使して仕事をする
ライトトランスポートエンタテインメントとS21Gは、それぞれ別の共同設立者とともに立ち上げた会社です。両社の事業内容は異なっています。どちらも役員2人だけの会社で、従業員と呼ばれる存在はいません。2つの仕事に割く時間は、ちょうど半々ぐらいです。働き方は両社でずい分違います。
ライトトランスポートエンタテインメントでは、レンダリングソフトウェアの開発を1年ほどかけて行っています。わたしは1週間のうち2〜3日、技術コンサルタントとして開発会社に出向しています。仕事内容は、プログラミングやスケジューリングなど。開発会社のメンバーと協力して開発を進めています。
S21Gでは、iPhoneアプリやWebサービスを受託開発しています。協力会社から企画をもらって実装するのが主な仕事です。出向しているとき以外の時間を使うのですが、仕事をもらっても手が空いていない場合は、ほかのiPhoneアプリ開発者に仕事を回します。iPhoneアプリ開発者は数人のユニットで活動している場合が多く、ネットワークでつながっているのでお互いに仕事を融通させられるのです。いまのところは、この2軸をうまく両立できています。
こういう働き方をしていると「休日」という概念はなくなりますが、「仕事をする場所が自由になる」のはよいところだと感じます。毎日決まった時間に決まった場所に行くことは、ときに非効率的です。会社勤めをしていたころは、どうにも納得がいかないところがありました。わたしはエンジニアなので、「効率」を追求したい。その点でいえば、以前よりも効率的に働けるようになりました。
もう1点、いいところがあります。「実社会との接点を感じるようになった」ことです。会社勤めをしていたころは、社会の仕組みを知らずに組み込まれていたような感覚がありました。まるで、なぜ動くのかが分からないブラックボックス化したツールを使っているようなものです。やはり、エンジニアとしては「なぜ動くのか」をきちんと知りたいので、法律や税金の仕組みを理解できたのはいい経験でした。
■物理的に離れている分、「ゴールの共有」をしっかりする
わたしは自分の会社を持っていますが、「社員」や「部下」はいません。かといって単独で動いているわけではなく、多くのエンジニアと協力して仕事をしています。そのため、リーダーとしての役割を担うこともあります。
わたしがリーダーとして最も重視することは、「ゴールを共有する」ことです。「この機能は何のために必要なのか」ということをチーム内でしっかり共有しておけば、同じ場所にいたり綿密なコミュニケーションをしたりする必要は必ずしもない、と思っています。
チームメンバーが同じ場所にいない状態で仕事を円滑に進めるためには、メンバーの役割分担をはっきりさせること、各人の裁量に任せることが重要です。もちろん、情報共有は行います。現在は、週に1回集まってミーティングを行い、ほかの日は日報でどこまで作業を進めたかについて情報共有しています。iPhoneアプリの場合は、コードをインターネット上で共有して、一緒に書くなどの試みも行っています。
機能追加などでスケジュール変更しなければならない場合は、簡単なものであればリソースを集中させてスケジュール内で終わらせ、それなりに大きなものであればミーティング時にスケジュール調整を行います。仕様書についても同様です。「何のためにこの機能を作るのか」ということをしっかり共有しておけば、ある程度ラフな仕様書であっても、それほど予想とずれません。
■働く環境を作るのもエンジニアの仕事
現在わたしたちが作っているのは、「日本から生まれた映画制作用レンダリングソフトウェア」です。これは、いままでなかった製品です。現在、世界で流通しているレンダリングソフトウェアは、V-Rayやmental rayなど、アメリカやヨーロッパで作られているものばかりです。わたしたちは、「ハリウッドでも使ってもらえるレベルのレンダリングソフトウェアを作ること」を目指しています。
日本では、CGといえばアニメやゲームが主流ですが、CG映画も着実に増えています。これからもニーズは増えるでしょう。ところが、いまは圧倒的に人手が足りません。「ツールを使う」エンジニアはそれなりにいますが、「ツールを作る」エンジニア、もしくはエンジニアになろうという人が非常に少ない。現在活躍する日本人エンジニアの多くがハリウッドなどに行ってしまうため、日本国内にエンジニアがほとんどいないのです。
もともと、日本のCG研究は、1980年代まで世界トップクラスでした。いくつもの画期的な論文を日本人研究者が執筆していたのですが、1990年代になるとその流れがぷつりと途絶えてしまいました。
なぜこうなったのか。いろいろ原因はあると思いますが、「日本でCG映画の市場需要が拡大しなかった」ことの影響は大きいでしょう。特に「日本の税制に問題があるからではないか」と、わたしは考えています。
ハリウッドをはじめとする映画会社は、世界中の制作会社に仕事を発注します。このとき、税制の優遇措置がある国とない国では、仕事の受注状況に大きな差が出ます。残念ながら日本は、CG映画制作における優遇措置をほとんど取っていません。受託が活発化しないから市場も活発化しない、よって人が育たない。
こうした現状を改善するため、いまわたしは大学教授たちと協力して、税制の見直しを視野に入れた活動を計画しています。エンジニアは技術を極めればいいだけではなく、働く環境全体をエンジニアリングする必要があると思っています。法律も、ある意味ではプログラミングといえるため、意外とエンジニアにとって親和性が高いのではないでしょうか。わたしたちがいま頑張れば、いずれ環境がよくなって後続の人材も育つのでは、と思います。
「日本のCG研究が発達するといい」と願いつつ、わたしは日々の仕事をこなしています。
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