加山恵美
2005/12/10
理系であること、またエンジニアであることの尊さを再認識できる本がある。著者は生粋の理系出身でエンジニア経験もある。いわばエンジニアの大先輩だ。本書は随所にエンジニアへの激励が込められており、読めばエンジニアとして働くことに誇りを見いだせるだろう。また、積極的にキャリアを考えるきっかけになるに違いない。
■エンジニアの先輩から現役エンジニアへ
エンジニアにエールを送るのは大滝令嗣氏(現在はヘイ コンサルティング グループ 代表取締役)だ。大滝氏はエンジニアの境遇から気質までをよく理解し、人生設計や経営にも造詣が深い。大滝氏は著書『理系思考 エンジニアだからできること』にエンジニアへのメッセージを記した。そこには現役のエンジニアに能力を開花し、旺盛にキャリアを開拓してもらいたいという願いが込められている。
理系思考 エンジニアだからできること |
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本書は序盤でエンジニアの苦境を嘆いている。最近では世間一般からの「IT業界(の社長)」の印象は華やかなものに変わりつつあるが、いまだに「エンジニア」となると概して地味で内向的な印象で見られがちだ。ましてや「うだつが上がらない」なんて耳にしたことはないだろうか。これは「ぱっとしない」とか「地位や生活が向上しない」という耳障りな表現だ。会社への貢献度が売り上げで明確に見える営業に比べ、研究開発をするエンジニアは得てして功績が認められにくいからだろうか。また技術の進展で専門分化が進んだため「エンジニアはつぶしが利かない」、つまり専門的過ぎて職を変えるのは困難だと思われがちでもある。
だが大滝氏はこうした観念を否定する。エンジニアは最初からつぶしが利かないのではなく、そういうエンジニアが増えるのは「組織に埋没することによって、大量に培養されてしまうのだ」(23ページ)と抗論する。
■組織に埋没せずに能力を開花させるには
著者はエンジニアから経営コンサルタントへと転身したが、うまくやってこられたのも理系思考が身に付いていたからこそと分析する。理系で培われた工学的な論理や分析手法が、顧客が求めるロジカルで納得できるレポートを作成するのに有利に働いたという。本書にはこうある。
『理系思考』の著者である大滝令嗣氏。現在はヘイ コンサルティング グループ 代表取締役 |
「ビジネスの基礎や人事のしくみというのも、理系的な思考回路でひもとくと、けっこう簡単で単純な論理から成り立っていることがわかる。理系人間から見ると、文系の人間は、それをわざわざ小難しい言葉や理論にしてこねくり回しているとしか思えない」(28ページ)。
そういわれれば、ち密な世界を単純な理論に分析するのが理系で、単純な理論を組み合わせてち密な世界を創造するのが文系なのかもしれない。
エンジニアの素晴らしさはどんな困難な課題でも技術で克服することができることだ。膨大な情報量を書き込めるマイクロチップを作ったり、無駄の多い業務フローに対応する「お役立ちソフト」を開発できてしまうほど、エンジニアとは可能性と魅力にあふれた職種であると大滝氏は絶賛する。本来ならばだ。だが現実は先に述べたようにエンジニアは企業に「飼い殺しにされている」。その実態を本書は徐々に明らかにしていく。
ではそうした背景の中、組織に埋没せずに能力を開花させるにはどうしたらいいか。どういう判断基準を持つべきか。どう人生戦略を立てていけばいいか。著者が勧めるのは「将来を左右するであろう、最も重要な不確実性を2つ選び、そのマトリックスをつくってみる」ことだ。するとマトリックスには4つのシナリオが現れるので、それぞれにおける戦い方を考え、将来に備えることができるというのだ。
続けて「いつか、人の上に立ったとき」としてリーダーとしての心得が説かれている。これまで技術一辺倒で通してきたエンジニアにとって、部下という人間の管理が仕事に加わると慣れるのに苦労する人もいる。リーダーという役割をどう考えるか、何が必要かを本書であらためて見いだすことができるだろう。締めくくりでは理系キャリアの応用編も紹介されている。理系的な考えを生かすことができる職業は何か、また思い切って起業する際のアドバイスも記載されている。
■なぜ理系は稼げない
大滝氏に本書にあることやエンジニアの境遇について語ってもらった。まず文系と理系の給与について。『理系白書』(毎日新聞科学環境部編、講談社)によれば、理系と文系で生涯賃金の平均を比較すると理系は文系より5000万円ほど劣るとある。また平均年収で見ると、20代のみ理系が勝っているが、30代以降ではすべて文系が理系を上回っている。
これはどういうことだろうか。収入が劣る原因の1つとして昇進が少ないことが挙げられるのではないだろうか。エンジニアは「匠」として尊敬されることはあっても、賃金があまり上昇しないからなのか。大滝氏は興味深い指摘をしてくれた。
「経営者の多くは文系です。理系出身の経営者もいますが、そういう人は理系の分野(業務)から出ています」
経営者になる理系出身者は理系的な業務から卒業しているというのだ。あらためて経営が文系の領域かと考えると釈然としないが、文系で占められているのは確かのようだ。さらに大滝氏は付け加える。
「もう1つ面白い話をしましょう。日本の経営者の多くは、もちろんすべてとはいいませんが、人事のことばかり考えています」
日本の経営者は「最適な人材配置」に腐心することが多いという。誰をどこに配置すれば業務が効率化できるか、誰と誰の相性がいいか悪いか。社員という持ち駒はほぼ決まっているので、あとはどう置くかという観点で考えるようだ。一方、アメリカは対照的だという。
「日本の経営は人事を中心に考える傾向がありますが、アメリカでは仕事が中心です」
今後どういう業務を展開するか、仕事の構造により人事をやりくりするというのだ。いい換えれば日本は人間関係の調和を重視し、アメリカでは仕事の合理性を重視するともいえる。
■原価計算したら上司にしかられた
大滝氏によればかつてエンジニアは研究開発に没頭するように命じられ、経営的なことを考えることすらご法度に近かったようだ。まだ大滝氏がエンジニアとして働いていたころ、研究発表会での出来事だ。あるエンジニアは原料の原価比較も提示した。ところが発表を聞いた上司はそれをとがめたという。
「原価計算なんてしなくていい」
どんなに原価がかかっても経営が何とかやりくりするから「カネのことなど気にしなくてもいい」という配慮だろうか。いや、どうも違うようだ。むしろ「カネのことを考えるなど生意気だ」と経営の領域に口を挟んでほしくないかのようだったという。
もともと理系は数字には強いはずである。だが、経営には弱い。それは元から弱いのではなく経営について考える機会を与えられていないからではないか。それどころか、この発表会の話を聞くと忌避するようにしつけられてきたかのようである。
最近では昔ほどエンジニアを経営から遠ざけようとしていないようだが、「エンジニアは技術をどうビジネスに生かすかを考えていくべき」と大滝氏は以下の例を挙げて語る。
カメラはその中に高度な技術が結集している。だがカメラ本体を作る会社よりも消耗品のフィルムを作る会社の方がもうけているのが実情だ。その教訓がいまプリンタ業界に生かされている。プリンタを作る会社がインクも売るというように。実際、インクの方が利幅は大きく、プリンタの会社はインクを売ることでもうけを出す。プリンタの技術をインク販売も含め、トータルで成功するビジネスを考えた好例だ。
このようにエンジニアはどうすれば自分の技術からもうかる仕組みをつくれるのかを考えてもいいだろう。そのためには技術を「ユーザーの視点になって考えることが大切」と大滝氏はアドバイスする。
■アジアを見れば元気になれる
会社だけではなく、エンジニア自身ももうけてもいいはずだ。収入を増やすことに引け目を感じるエンジニアも多いようだが、なにも守銭奴(ケチ)になれというわけではない。本書や@ITの読者調査からも分かるように、エンジニアのやりがいとは金銭面よりも顧客から感謝されることや好きな技術に携われることなど、精神的な満足感が占める割合が高い。確かに精神的な満足感も重要ではあるが、収入についてもあまり遠慮することはない。「エンジニアが別荘やボートを持つくらい成功してもいいはずですよ」と大滝氏は笑いながらいう。
人により手に入れたいものは異なるだろうが、お金で買える豊かさや満足感もある。もし収入が増えれば、好きなデジカメがもう1台買えるかもしれない。より会社に近いアパートに住めて通勤時間を減らせるかもしれない。好きな技術の本や道具をそろえることもできるかもしれない。もっともっとお金をためれば、自分の会社を興せるかもしれない。単に収入を増やすだけではなく、そのお金からエンジニアとしての幸せを増やすことにもつなげられるかもしれないのだ。卑屈なほど謙虚になることはない。
「アジアは元気ですよ。アジアを見てくるといい」
と、大滝氏はいう。特に中国やインドがいいそうだ。何よりも活気があり、積極的に「豊かになろう」という意気込みや向上心が感じられるという。「親を貧乏や苦労から解放したいと思うことがやる気につながっているのでしょう」と大滝氏は話す。
かつての日本にもこうした積極性はあったのかもしれないが、いまはあまり見掛けない。いまの日本は親が豊かであることが多いためか、そうした気概を持てる若者は多くない。だからといって年金制度などを批判するつもりはないが、日本は豊かになりすぎたのか、豊かさを持て余しているのかもしれないと考えさせられる。
■いつか「日の目を見る」ためにも
ところで、最近では子どもの理系離れも進んでいる。大滝氏は「社会が理系を評価していないからでしょうね」と分析する。一見無関係のようだが、企業のエンジニアにも共通することではないだろうか。日本は技術立国でありながら、一般的にエンジニアの評価は高くないし、目立つこともない。それで子どもが技術や科学にあまり関心を示さなくなってきているのではないか。理由はさておき、それでは後進が育たない。理系離れは憂慮すべきことだ。
エンジニアが幸せになるためにも、将来の日本のためにも、もっとエンジニアが技術力を披露して技術で成功してもいいのではないだろうか。繰り返しになるが、エンジニアが持つ理系思考は可能性に満ちている。その素質を地中深く眠る秘宝とせず、「日の目を見る」ように開花させるべきではないか。もっと旺盛に野心を持つといい。大滝氏は愛すべきエンジニアがもっと自信を持ち、成功するようにと願い、本書を記したようだ。最後に本書から大滝氏の次のメッセージを引用する。
「いまの時代、最もつぶしがきいて自由度が高いのは、君たちエンジニアだ。君が遠い昔に理系という道を歩み出したのは、とてもすばらしい選択だったのだ。この『技術大国』を支えているのは、君だ。世界中のみんなをアッといわせる力があるのも、君だ。そしてなにより、君がワクワクしながら仕事に取り組むことによって、この世界がもっともっとおもしろくなる。自信を持って、一歩を踏み出してほしい」(252ページ)
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