「コーチング」を身に付けよう〜必要とされるビジネススキル、マネジメントスキル

第3回 コーチングの基本スキルを会得しよう

小田美奈子(執筆)、竹林一(監修・執筆協力)
2005/3/11

ここ数年、新聞、雑誌でも多く取り上げられ、注目を集めている「コーチング」。本連載では、ITエンジニアが身に付けておくと役立つコーチングの考え方、活用事例を紹介するとともに、職場や生活ですぐに実践できるコーチング・スキルについても解説します。

最も基本となる3つのスキル

  本連載の「第1回 コーチングが注目される理由と定義を知る」ではコーチングが注目されている背景や基本的な考え方、「第2回 プロジェクトリーダーのコーチング実践記」ではビジネスにおける活用として、プロジェクトリーダーがコーチングを実践した事例を紹介しました。

 コーチングは、相手の可能性を信じ、相手が本来持っている力を発揮させることをサポートするシステムですが、皆さんの中には「コーチング」を意識していなくても、知らず知らずのうちに実践していた、という方がいるかもしれません。

 今回はコーチングの実践編として、最も基本となる3つのスキル

  • 聴く
  • 質問する
  • 認める

を紹介します。日常ですぐに使えるようなエッセンスをお伝えしますので、特に「部下に力を発揮してもらいたい」「職場でのコミュニケーションをより良くしたい」とお考えの方に、コーチングを試すきっかけになれば幸いです。

まずは「聴く」ことから

 前回紹介した大手電機メーカー勤務・プロジェクトリーダーのUさんは、「チームメンバーからアイデアをたくさん引き出す」ことを実践しました。このとき、Uさんはチームで一番口数の少ないメンバーであるAさんにもできるだけ話してもらいたいと考えました。そこで、ミーティングでは相手の話をよく聴くよう、メンバー全員に徹底させたのです。

 その結果、Aさんの発言が徐々に増え、アイデアがより多く出されるようになりました。

 これはリーダーのUさんがメンバーの話を積極的に聴く姿勢を持っていたこと、そしてその姿勢をチームメンバー全体に広げたことが良い結果に結び付いた例です。

 コーチングの最も基本となるスキルにこの「聴く(傾聴)」スキルがあります。

 皆さんは、人に話を聴いてもらったことで、頭の中が整理されたり、新しいことに気付いたり、といった経験はありませんか。

 聴くことには、このように話し手の気付きを促したり、相手に安心感を与える、などの効果があります。先ほどの口数の少なかったAさんも、自分が話すことを聴いてもらえるという安心感を持ち、より多くのアイデアを自ら話すようになったのです。

 「きく」には、下記のように「聞く」「訊く」「聴く」という3つの種類があります。

聞く(hear) 耳で聞く。相手の話を音として聞いている
聞き手の頭の中は、雑念、邪念、固定観念、先入観などにとらわれていることがある

訊く(ask) 口で訊く。「訊問」のように、問いただす意味合いが強い
相手のためというより自分のために訊く

聴く(listen) 心で聴く。相手のために聴く
相手の話の内容に関心を持ち、理解しながら聴く

 コーチングにおける「傾聴」のスキルは、3番目の「聴く」を指します。

 相手の話をきいているとき、自分はどのタイプの「きく」を実践しているのか、意識してみることから始めてみましょう。

相手の言葉を受け止める

 実際に聴くときのポイントとして、「相手の話をさえぎらずに聴く」「批判・判断しないで聴く」ことが大切です。

 ここで、すぐに実践できる聴くスキルのうち、「リフレイン」(相手の言葉を繰り返す)をご紹介します。以下は、とある職場での課長と部下の会話、まずは悪い例です。

Aさん 「課長、今日のミーティングの件でお願いがあるのですが、いまよろしいでしょうか?」

B課長
 「ああ、いいよ」

Aさん
 「実は体調があまり良くないので、代わりに出席をお願いしたいのですが」

B課長
 「この大事なときに困るな。自己管理がなってないよ」

Aさん
 「申し訳ありません。X社のプロジェクトで遅くなり、最近タクシー帰りが続いたので……」

B課長 「いい訳はいいよ」

Aさん
 「いい訳したつもりはないのですが……」(以下略)

 B課長は、Aさんを批判したうえ、Aさんの話を「いい訳はいいよ」と遮っています。これでは、Aさんが萎縮してしまいます。

 次にリフレイン(相手の言葉を繰り返す)を使って聴いた例です。

Aさん 「課長、今日のミーティングの件でお願いがあるのですが、いまよろしいでしょうか?」

C課長
 「大丈夫だよ。何かな?」

Aさん
 「実は体調があまり良くないので、代わりに出席をお願いしたいのですが」

C課長
 「そうか。体調があまり良くないんだね」

Aさん
 「はい。X社のプロジェクトで遅くなり、最近タクシー帰りが続いたので、これが原因かもしれません」

C課長
 「タクシー帰り続きか。何か対策を考える必要があるね。ミーティングは代わりに出るから、連絡事項を教えておいて」

Aさん
 「ありがとうございます。連絡事項は……」(以下略)

 C課長のように、相手の言葉を繰り返すことで、Aさんは受け入れられたという安心感を抱きます。どちらの課長に付いた方が、Aさんが力を発揮できるでしょうか。

 まずは、

  • 相手の話を遮らない
  • 批判しない
  • 相手の言葉を繰り返す

を意識して聴くことを試してみましょう。

問い掛けて考えさせる

 次に紹介するのは、質問のスキルです。

 先述のUさんは、メンバーからできるだけ多くのアイデアを出してもらうため、聴くと同時に、積極的に問い掛けをしました。

「どんな手段があると思う?」
「○○さんは、どんなことをやってみたい?」
「それはどうしたらできると思う?」

 Uさんが相手に問いを投げ掛けることで、意識がその人自身の内側に向きます。そして、問いを受けたメンバーは自分の頭で考え、自ら答えを生み出していったのです。

 このように質問は、相手の中にある答えを引き出すときに、大きな力を発揮します。コーチングが「質問型のコミュニケーション」といわれるゆえんです。

 質問する際には、ぜひ以下の3つを意識してみてください。

1)拡大質問
  オープンクエスチョンともいわれ、相手が自由に答えられるような質問、答えが複数あるような質問です。上述の「どんな手段があると思う?」などの質問は、これに当たります。相手の中にあるものをより具体的にしたり、新しい考えに気付くなどの効果があります。

 これに対して、クローズドクエスチョンは、Yesか Noで答えられる質問や、答えが1つしかないなどの質問です。あまり多用すると、相手が問い詰められているように受け取ることもあるので、注意が必要です。

2)未来質問
  その名のとおり、未来形の言葉を含む質問で、「○○さんは、どんなことをやってみたい?」など、未来に焦点を当てたものです。もちろん、「これまではどうだったのか」という過去に対する質問も有効なケースはありますが、相手の可能性に焦点を当てた場合、未来質問を使ってみるのは有効です。

3)肯定質問
  否定形の言葉を含まない質問で、「それはどうしたらできると思う?」などはこれに当たります。逆に、否定形の言葉を含んだ質問、例えば「どうしてできないのか」は、マイナス面に意識が向いてしまいます。

 また、「なぜ、目標を達成できなかったのか」という“なぜ+否定形”の質問は、相手を萎縮させてしまいます。この場合、「何が目標達成の障害になったのか」という“何”に置き換えることで、受け手に与える印象がポジティブに変わります。

 以上、「拡大」「未来」「肯定」の3つの質問を紹介しました。ぜひ、相手に問いを投げ掛けるときに意識してみてください。

相手の存在を認める

 3つ目に紹介するスキルは、「認める=アクノリッジメント(acknowledgement)」で、相手の存在を認める言葉、行為のことをいいます。認められることで安心したり、モチベーションが高まった経験があるという方は多いのではないでしょうか。

 アクノリッジメントのスキルは非常に幅広く、先述のUさんの例では、「チームメンバー1人ひとりへの声掛け」「相手の状況を覚えていて、それを伝える」が当てはまります。

 ほかにも「相手の名前を呼んであいさつする」「相手をねぎらう」など、すでに皆さんが実践されていることも多いと思います。

 ここで、効果的なアクノリッジメントの言葉をお伝えします。

 「Iメッセージ」と呼ばれているもので、相手の行為や存在が、自分に対してどのような影響を与えているのかを言葉にして伝えるものです。また、第三者の複数形を主語にした「Weメッセージ」も、相手のモチベーションをより高める効果があります。

Iメッセージの例 「○○さんが頑張っているのを見ると、(私も)刺激を受けます」
「○○さんに任せておけば、(私は)安心だ」
Weメッセージの例 「○○さんが分析した資料のおかげで、メンバー全員が助かったよ」
「○○さんのリーダーシップのおかげで、みんながやる気を出してくれたよ」

 このように、自分が相手にどんな影響を与えているのかを伝えてくれるIメッセージ、Weメッセージは、受け手の心に残るといわれています。

 このようにアクノリッジメントのスキルは、決して特別なことではないことがお分かりいただけたかと思います。

 部下の様子がいつもとちょっと違うとき、すぐに声を掛けてみる。

 Iメッセージ、Weメッセージで伝えてみる。

 まずはここからスタートしてみてはいかがでしょうか。

 今回はコーチングの基本スキルである傾聴、質問、認めるの3点について紹介しました。

 スキルを活用する前提として、相手の可能性を信じ、相手が本来持っている力を発揮させるというマインドを持つことが大切です。なお、今回は日常生活ですぐに使えるよう、エッセンスのみお伝えしていますので、より深くコーチング・スキルを知りたいという方は、下記の参考書籍のほか、「スキル創造研究室Book Review コーチングを学びたい人におくる5冊」の記事を参考にしてください。

 次回は、コーチングの実践方法を引き続き解説し、すぐに使えるコーチングのポイントをお伝えします。

参考書籍
部下を伸ばすコーチング(榎本英剛著、PHP研究所)
『コーチングのプロが教えるほめる技術』(鈴木義幸著、日本実業出版社)
『結果を出す部下をつくるコーチング術』(桜井一紀著、青春出版社)

執筆:小田 美奈子
1968年生まれ。消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。2000年11月より、コーチ養成機関であるコーチトゥエンティワン、CTI ジャパンにてコーチングを学ぶ。現在は「本当にやりたい仕事につき、自分らしく幸せに生きる」をテーマに、20〜30代の会社員を対象に、転職・就職・独立に関するキャリアコーチングやワークショップを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター監査監事。

監修・執筆協力:竹林一
オムロン ソーシアルシステムズ・ソリューション&サービス・ビジネスカンパニー セキュリティソリューション事業推進室 エンジニアリング部長。1981年立石電気(現オムロン)入社。事業企画室にて非接触ICカードシステム、ATM後方支援システムなどの新規事業化に従事。その後、駅務システム開発部にて国内・海外の駅務システムSE、スルッとKANSAI、関東パスネットなど大規模システムを開発プロジェクトリーダーとして推進。新規事業開発部長、グーパス推進部長を経て、2004年から現職。共著として『ここまできた!モバイルマーケティング進化論』(日経BP企画)がある。
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