第13回 テキストは補助線を引くまで無視してしまえ
開米瑞浩(アイデアクラフト)
2006/10/18
コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。 |
今回と次回の2回にわたって、前回「個条書きを過信してはいけない」で出題した「循環型社会形成のための3原則」の例題を詳しく検討してみよう。
■出題:循環型社会形成のための3原則
まずは出題を下記に再掲しよう。
<循環型社会形成のための3原則> 環境負荷の低い循環型社会を形成するために、私たちにできる3つの原則があります。 Reduce(削減):廃棄物の発生を抑制し、製品を長期使用すること Reuse(再使用):使用済み製品などの再使用をすること Recycle(再資源化):使用済み製品を再資源化すること(再資源化のために分別排出) |
例文をヒントに、Reduce、Reuse、Recycleの3つの原則の意味がより明確に理解できるよう、関連概念を構造化し図解してほしいという問題である。
まずは例文から単語を拾い出していくつかに分類してみる。
モノ:廃棄物、製品、 行動:抑制、長期使用、再使用、再資源化、分別 そのほか:環境負荷、循環型社会 |
ここまでが前回で書いた内容である。
しかしこうした分類では見掛けの印象をそのまま採用してはいけない。ちょっと解釈(いい回し)を変えるだけで分類が変わってくることが多いためだ。
■いわゆるサ変動詞には特に注意
「行動」欄の名詞は、「抑制する」「長期使用する」のように、いずれも「する」を付けると文法用語でいう「サ変動詞」(サ行変格活用動詞)になる名詞だが、この種の名詞は解釈のゆらぎが出やすいので要注意だ。
具体的には「再資源化」が問題である。「化」が付いているためこのまま解釈すると「行動」に当たるが、「資源」だけを取り出せば「モノ」になる。つまり、
モノ:廃棄物、製品、資源
という解釈ができるわけだ。
ここまで「モノ」に関する単語が3つ出てきた。これが「1つの流れ」に乗るように順番を付けてみる。すると当然、以下のようになるはずである(図1)。
図1 モノの流れを考える
自然の法則から考えてこの流れ以外はあり得ないので、最も単純な「本筋」や「原則」を表すものとしてはこれで構わない。
とはいえ、少しきめ細かく考えると例外も見つかってくる。「資源」の中には製品として使われずに廃棄されてしまうものもある。そのため、実際は「資源→廃棄物」の流れも存在するのである(図2)。
図2 例外を加筆
例えば、製造過程で出る端材、不良品、流通過程での過剰包装などがそれに当たる。
■図解は矛盾を浮かび上がらせる
しさらに重要なのが「再資源化」を考えたときである。「廃棄物」は単に廃棄されるものだけではなく、リサイクル、つまり再資源化されるものもある。つまり、「廃棄物」から「資源」に戻る再資源化のラインと、今度こそ真の「廃棄物」になってしまうラインがあるはずだ(図3)。
図3 矛盾を浮かび上がらせる
しかし「廃棄物」という同じ名前が2カ所にあるのはよろしくない。こういう場合、その2カ所でそれぞれ微妙な意味の違いがあるはずなので、それを考えてより適切な名前を付けるべきである。
例えば1個目の「廃棄物」を「不用物」に変えてみてはどうだろうか。「廃棄物」という言葉に含まれる「廃棄」という単語には、それこそゴミとして捨ててしまうもの、あとは埋め立てるしかないものというイメージがある。しかし「不用物」なら、「ウチではいらないよ」といっているだけで、その後どうなるかについては何も語っていない。そのため、「再資源化」の余地を残しているモノを表す名前としては、「不用物」の方が適切なのである。
というわけで「不用物」という新たな概念を発見することができた。
ここで、図解することによって「矛盾が浮かび上がってくる」という効果に注目してほしい。今回そもそもなぜ「不用物」という発想が出てきたかといえば、「廃棄物が2カ所に出てくる」という「矛盾」が目立ったからである。「これはおかしいな」ということでその矛盾を解決する方法を考えてみたところ「不用物」という解が見つかったわけだ。図解すると矛盾が見えやすくなるため、それを手掛かりに新たな発見を得るきっかけを作りやすい。これは図解の大きなメリットである。
また、
原則として図解の中では同じ単語は1回しか出てこない
ということは記憶しておいてほしい。補足説明のような部分を除いて、図3のように「廃棄物」が2カ所にあるというのは原則としてあってはいけないのだ。
これが文章だったらそうはならない。文章の中に同じ単語がいくつもあるのはごく普通のことである。しかし図解ではそれはない。もしあったときは、今回のように「微妙に異なる概念を同じ名前で呼んでしまっている」場合なのである。そして文章を書いているとそういう事態はしょっちゅう起こる。その意味でも、図解しておくことは重要である。
■さらに「環境負荷」とは何かを考える
さてこうして「資源」から「廃棄物」までのラインがほぼまとまってきたところで、そもそも「環境への負荷」とは何かを考えてみよう。
「廃棄物」の「廃棄」は要するに本当に「捨てる」しかないという意味である。従って廃棄物は、例えば埋め立てや焼却という形で処分されるはずだ。そしてそのときに「環境」へ負荷を与えることになる。
また、「資源」はそもそも「環境」から取り出したもの(石油、鉄、水、酸素など)である。これも環境へ負荷を与えるのは当然だ。それを考えると、下記のように「環境」の箱に出入りする2本の太い矢印が「環境負荷」を与えると考えられる(図4)。
図4 環境への変化はいつ起こる?
そしてこの図4こそ、この先の検討を進めるに当たって「補助線」として働く重要な図なのである。なぜこれが「補助線」で、どのように働くのかは後述する。ここではいったん、図1から図4への変化をもう一度よく見てほしい。
■補助線を作る段階では一般常識しか使っていない
出発点は「廃棄物、資源、製品」という3つの単語だった。その単語を順番に並べて最初の図を作り(図1)、さらに一般常識を使って構図を修正していくことで、補助線としての図解の最終形(図4)ができたわけだ。注意したいのは、
補助線を作る段階では一般常識しか使っていない
ということ。例文1の原文そのものはここまでの段階では見ていない。
実はこれこそ、「図解で考える」思考の進め方の典型的なものなのである。
あるテーマに関する記事を図解しようとするとき、途中まで記事そのものは読まずに一般常識で補助線を引く | ||||||||||
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図5 補助線を引くには一般常識を使う |
補助線になるような情報は基礎知識すぎて、原文の中には出てこないことが多い。
例えば今回の例では「資源を使って製品を作る」や「資源は環境から掘り出す」などの情報は原文にはなかった。当たり前過ぎるから書かれていないのだ。
ところがそんな当たり前過ぎる情報がないと、補助線は引けない。というのも「当たり前の情報」は問題そのものの基本的な構図を規定していることが多いので、「思考の補助線」を引くためには絶対必要なものなのである。そこで、補助線を引く段階では記事は無視して、一般常識で考えなければ難しい。
今回の表題、「テキストは補助線を引くまで無視してしまえ」の意味はそういうことだ。文章を情報源として何かを考える場合、「その文章を熱心に読めば読むほど、補助線が見えなくなってしまう」というケースは実際に非常に多いのである。あまり「情報源」たるテキストにのめりこまず、最初ざっと読んだらしばらくは無視して補助線を書くぐらいの姿勢で当たった方がよいだろう。
■補助線の上に、いまの懸案を書き込んでいく
さて、図4のように補助線を引いたところで、原文に戻る。原文の情報を図4の上に加筆すると以下のようになる。
図6 原文の情報を加筆
始めに左端に加筆した「目的〜手段」という文言について説明しよう。
「目的・目標・手段」というのはビジネス・フレームワークの典型的なものの1つで、「目的を明確にして目標を定め、具体的な手段を取る」というパターンで使われる。今回は目標を2段に分けた方がよいと思われるため、「上位目標」と「下位目標」に分かれているが、基本的には変わらない。
目的は「環境負荷の削減」、そのための上位目標が「不要物廃棄の削減」、それを下位目標にブレークダウンすると「製品使用の長期化」と「再資源化の促進」になり、それぞれに具体的な手段がつくという構図である。なお、「上位」「下位」が図6での物理的な上下の方向とは逆になっているのに は目をつぶってほしい。
原文の情報を補助線の上に書き込むとこうなるが、あらためて図6を見てみよう。これが実はかなり筋の悪い図解になっていることに気が付くだろうか。
ざっと見た限りでもあまりきれいな「マトリックス」になっているようには見えない。きちんと考え込まれて整理された図は意外なほど「整然としたマトリックス」に落ち着くことが多いものだ。従って、
きれいなマトリックスに見えない
というのはそれだけで黄信号である。もう1度よく考えてみよう。ここから先は原文をいくら読んでもヒントはない。再び一般常識をフル回転させる段階である。
次回、引き続き考察を行うので、それまでの間、自分なりに「筋が悪い」のはどこか、それをどう改善するかを考えてみてほしい。たった3項目しかない個条書きに関する考察ではあるが、こういった機会を逃さずチャレンジを続けることで、あなたの国語力も上がっていくのである。
では、次回請うご期待!!
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