第4回 合意形成が重要課題
スターフィールド 星野幸代
2006/4/27
プロジェクトマネジメントの方法は、各企業によって特徴があろう。さまざまな制限を課せられたプロジェクトマネージャは、どのようにしてプロジェクトをマネジメントしているのだろうか。本連載では、現役のプロジェクトマネージャに登場していただき、実際にどうプロジェクトを進めているのか。またプロジェクトに対する考え方などを伺っていきたい。 |
今回は、オープンソースでの開発を得意とするシステムインテグレータ(SIer)のワイズノットのテクニカルディビジョン執行役員 土橋芳孝氏に、長年のプロジェクト構築経験から培われたプロジェクトマネジメントのコツについて語っていただきました。
■プロジェクト推進について
ワイズノットは、2005年末から面白い試みを行っています。それは、『NEXT WISE』というIT業界に特化したフリーペーパーの発行です。
土橋 「当社はプロジェクトの責任者という立場と、会社の管理職位という立場は、基本的にリンクしません。だからやる気があれば、プロジェクトの中では職位を気にせずにいろいろなことに挑戦できます。新しい試みであるフリーペーパーの『NEXT WISE』も、そんな試みの1つです。その中で取り上げたのですが、ワイズノットでは“現場力”を大切にしています。現場力とは、プロジェクトの現場経験で培われた体験によって、自分でさまざまな判断を可能とする力のことです」
ワイズノットは社員の1割程度が営業部隊。クライアントへのシステム提案の段階から、プロジェクトマネージャが営業部隊と活動を共にするそうです。
そして実際にプロジェクトを受注すると多くの場合、セールス時に担当していたプロジェクトマネージャがそのままプロジェクトを任されています。というのも、顧客との信頼感はプロジェクト計画の早い段階の方が得られやすいという判断がワイズノットにあるからです。そしてプロジェクトの現場で大切にされるのが、前述した現場力です。
土橋 「現場力を生かす重要なポイントは、情報共有なのです。それができる環境があるから、安心してのびのびとやれるのです」
ワイズノットがイントラネット上の情報共有手段として利用しているのは、オープンソースのCMSであるXOOPSです。こうしたところにも、オープンソース・テクノロジを活用しようという姿勢が表れています。XOOPSの既存モジュールを利用して、さまざまなプロジェクトのドキュメント情報を共有しているため、ほかのプロジェクトの情報収集なども容易です。
■顧客第一を優先に
最近のプロジェクトマネジメントの議論では、技術や知識のみならず、プロジェクトマネージャが潜在的に持っているコンピテンシーが注目されるようになってきているようです。そんな中、インタビュー中の土橋氏は、終始ニコニコ笑顔でした。一体、どんなスタイルでプロジェクトをマネジメントしているのでしょうか。
土橋 「プロジェクトマネジメントにおいては、顧客第一を優先に考えています。そのうえで、プロジェクトの関連組織やメンバーに対して『合意形成』を心がけています。意外に『何を、いつまでに』や『ホウ・レン・ソウ』(報告・連絡・相談)の基本をやっていない人が多いのです。そこで1つ1つ説明し、お互いに納得し合意をとりながら進めていくことは、多少面倒でもプロジェクトのスムーズな遂行にとても大切なことです」
もともと開発経験が長い土橋氏は、どこの現場でもある具体的な例を挙げて説明してくれました。その1つの例として議事録を取り上げ、「合意形成のための1つの重要なツール」であると言明します。またよく耳にする顧客とのシステム要件で認識相違のトラブルを回避するために、要件定義書のレビューの実施と顧客のサイン押印をルール化しているそうです。
プロジェクト遂行において、プライオリティを顧客第一とし、そのうえで心がける「合意形成」。聞くととてもシンプルであり、納得しやすく、実践しやすいと感じます。
■印象に残るプロジェクト
プロジェクトマネージャには、1つや2つ、忘れたくても忘れられないプロジェクトがあるそうなので、土橋氏に、印象に残っているプロジェクトについて尋ねてみました。
土橋 「大手メーカーから官公庁の仕事を受託したときの大きなプロジェクトですね。内容、要員とも大変だったのですが、何とかプロジェクトを完了させました。当社には頑張った社員を表彰する制度があります。そこで、私は一番のキーマンとして功績を挙げたメンバーを会社に推薦しました。しかし、なかなか聞き入れてもらうことができず、何度も訴えて、最後は社長に直談判したんですよ」
ところで、プロジェクトを成功裡に導いた一番の功績者は、自分たちプロジェクトマネージャであると思うことはないでしょうか。本当にそうでしょうか。ときにプロジェクトマネージャがメンバーを正当に評価するために、プロジェクトを一番客観的に見ることができるように立場を切り替える必要があるのではないでしょうか。
■プロジェクトマネージャの育成について
土橋 「PMBOKの知識のみでは、何の役にも立ちません。それに自分なりの色を付けてこそ生かされるのです。その色を付けるには、現場経験が必要なのです。そしてプロジェクトにかかわるメンバーの経験の積み重ねを確実なものにするために、私はメンバー個人に自信を持たせることが大切だと思っています」
決められたタスクをスケジュールどおりにこなすことは基本的なことである。それ以上の行為、例えば、別のメンバーのサポートを行った、主体的に何か実施した、ということがあって初めて、高い評価が得られます。
とはいえ、メンバー個人の意向を大切にし、本人が求めない限り、土橋氏からは特別な教育や手助けを行わない方針を貫いているそうです。これは、メンバーの主体性を壊さないための策であるが、その代わり、求めてくるメンバーには、何かしら必ずメリットがあるように、できる限り応えようとしているそうです。そして、メンバーにとっては、それが「自分にもできる」という自信へとつながっていくのです。
現在、ワイズノットが力を注いでいる研修では、その研修を受講するために一定の基準を設定しています。それは、SPI(総合適正検査)の一定の点以上を獲得していなければ受講できないというものです。
■システム開発のポイント
土橋 「システム開発は、意外にシンプルです。特に当社が多く扱うWeb系のシステム開発では、システム成果物であるドキュメントもシンプルなものがユーザーにとっても受け入れられやすいのです」
土橋氏の考え方を要約すると以下のとおりです。
・フロント(ユーザーに見えるもの)……基本設計(画面遷移図、画面項目)
・バックエンド(ユーザーに見えないもの)……データベース設計(ER図、DB項目)
・ファンクション……上記2つをつなげるもの→言語やDBMSに依存
顧客の多くがエンドユーザーであるため、開発者向けの技術的なドキュメントはほとんどの場合、納品不要であるという。また、システム開発のプロセスとしてはUnified Processを採用し、自分なりにアレンジしている。その大まかな流れを示すと次のとおりです。
(1)要件定義〜基本設計前半で、画面遷移と画面項目を決定
(2)フレームワークで画面フローを実現
(3)ファンクションをインクリメント
シンプルな考え方やプロジェクトの進め方が、プロジェクトの成功に近づくための大きな一歩なのかもしれません。
■プロジェクトマネージャ志望者に伝えたいこと
土橋 「プロジェクト・マネージャは、仕事の現場のみならず、いつも外から見られているという意識が大切だと思います。そうでないと、プロジェクトの求心力が落ちてしまいますから(笑)」
土橋氏がいつも笑顔を絶やさない理由はここにあったようです。
インタビューの間、ずっと土橋氏の後輩社員が同席していました。気が付くと、その後輩社員は、土橋氏とともに、やはり笑顔で何度も何度も横でうなずいています。もしかすると、ここでも、「合意形成」が行われ、『求心力』が働いていたのでしょうか。
筆者プロフィール |
スターフィールド 星野幸代(ほしのゆきよ) 独立系ソフトウェア会社にシステムエンジニアとして勤務した後に、外資系生命保険会社のシステム部で12年間、プロジェクトマネジメントを経験する。現在は、中小企業のIT化コンサルティングサービスをはじめ、eラーニングビジネス支援を中心とした教育サービス事業を営む。認定プライバシーコンサルタント(CPC)。 |
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