図解言語実践テクニック〜実例から覚えよう

実例から覚えよう
図解言語実践テクニック

第3回 効果的なプレゼンはピラミッド型分析で

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2005/2/3

図解言語を実際に身に付けるには、実例を挙げながら図解することだ。本連載ではさまざまな場面を想定し、それを図解する。その中から、図解言語の実践テクニックを学んでもらいたい。

 前回(第2回 エンジニアだってプレゼンは怖くない)に続いて、図解を使ったプレゼンテーション手法を紹介します。

 ピラミッド型(ツリー型)を駆使することによって、ある事柄の全体と部分との関係を容易に把握できます。断片的な情報を、1つのゴールに向けたストーリーに再構成できるのです。では、例を挙げて見てみましょう。

本記事を読む前に読んでおいてほしい記事:図解言語入門
第1回 図解言語はSEの現場で役に立つ
第2回 最初の一歩はマトリックスから
第3回 マトリックスの課題をレビューする
第4回 ピラミッドには執念が必要
第5回 ピラミッドの課題をレビューする
第6回 サーキットで論理を体感しよう

項目間のつながりが見えない資料

 2005年○月○日、横山(26歳)は会社近くのカフェにいた。彼はソフトウェア開発に携わるエンジニア。いま、自分の将来を見据え、勉強の真っ最中。経営感覚を備えたエンジニアを目指して、業務時間外に社外のセミナー・勉強会・ビジネススクールなどに通い、スキルアップに励んでいる。

 いま彼がカフェで考えていたのは、「外食産業S社の経営戦略」。横山は、社外の有志が集まる勉強会で、公刊された情報を基に調べたS社の過去の経営戦略をレポートにまとめ、簡単なプレゼンテーション(プレゼン)をすることになっていた。

 今回の発表は、経営戦略を見る目とプレゼン力との両方を一度に養ういい機会なのだが、やはり慣れないことは難しい。プレゼンのための資料作りに四苦八苦していた。と、そこへ……。

井上 おっ横山君、何をしているの。

 声を掛けてきたのは頼りになる先輩、井上だ。仕事帰りらしい。

横山 ああ井上さん、いいところに……。ちょっと相談してもいいですか。

 横山は井上に作成中のプレゼン資料を見せて説明した。井上が注目したのは、次の1枚だった(表1)。

 
S社の価格戦略
A.セットメニューの推進
   セットで黒字になる価格設定
B.店舗コスト(出店、運営)の抑制
   小型店を拡大
C.食材コストの抑制
   世界100カ国からグローバル調達
表1 作成中のS社の価格戦略の資料

井上 このページでは、どういう説明をするの?

横山 はい、S社の価格戦略を、A・B・Cの3つに分けて説明します。

 まずAです。S社は単体の商品を大幅に値下げしましたが、セットメニューはそれほど値下げしていません。そこで、セットメニュー比率を高めることで、売り上げの減少を回避しています。

 次にBですが、小型店の拡大で、店舗運営コストを削減しています。

 最後にCでは、食材調達の合理化で食材コストの抑制を図っています。以上3つがS社の価格戦略です。

井上 いいたいことは分かるんだけど、なんだかパッとしないなあ……。文字数が少ないのはいいことだけど、全体のつながりが見えない。

横山 全体のつながり、ですか。

井上 うん、A・B・Cの3項目を挙げているけど、この3項目って相互に無関係ではないよね。何か1つの目的に向かってフォーメーションを組んでいるはずなのに、それが見えない。

横山 フォーメーション?

ゴールの分かる図にしてみよう

井上 そう。サッカーだとゴールに向かってどう攻めるかを考えて、そのためのフォーメーションを組むよね。では、このスライドの場合、ゴールはどこになるだろう。タイトルは「S社の価格戦略」となっているけれど、これとは少し違う気がする……。

横山 ゴールは、利益の確保です。

井上 では、その利益の確保というゴールに対して、A・B・Cの3項目はどんな関係にあるのか。並列ではないよね。個条書きではなくて、ちょっと図に表してみよう。

横山 こんな感じですか(図1)。

図1 ゴールを意識したS社の利益確保戦略

井上 なかなかいいね。S社の利益確保のための要素を、費用と売り上げの2つに分けたんだね。

 利益確保のためには売り上げを増やす必要があり、そのためにはセットメニュー化を推進する。と同時に費用を減らす必要もあり、そのためには店舗の小型化と食材のグローバル調達を推進する。こういう関係がよく分かる。

横山 なるほど、図に表してみると、内容が整理されますね。これなら原稿を読まなくても、図を見ながらプレゼンができそうです。

ピラミッド型で全体と部分との関係を把握する

井上 図に表すと、それぞれの項目の関係がはっきりする。だから個条書きより筋道を立てて説明しやすいよね。今回の図はなかなかよくできたよ。

 では、せっかくだからもう一歩進んで、全体と部分との関係を把握してみよう。普段からそうするように習慣付けた方がいいだろうな。

横山 全体と部分、ですか。

井上 全体と部分との関係を把握することは、エンジニアとして、例えばクラスの設計をするときなどに自然にやっているよね。こういうビジネス分析をする場合にも必要なことなんだ。

 S社の話も、全体と部分とを意識して見ると、こんな構造としてとらえられるはずだ(図2)。

図2 ピラミッド型でS社の利益確保戦略を考える

横山 これは?

井上 最終ゴールである利益を一番左に挙げる。会社全体の利益のことだね。利益は、顧客1人当たりの利益、「顧客単位利益」と書いたけれど、これと顧客数を掛け合わせることで算出できる。

 顧客単位利益は、顧客1人当たりの売り上げから、顧客1人当たりの費用をマイナスすることで算出できるよね。つまり、売り上げと費用とに分解できる。

 さらに、売り上げはセットのものと単品のものに分解できる。費用も、店舗・食材・そのほかに分解できるわけだ。

横山 逆に図の右から見ていくと、単品の売り上げが減ってもセットメニューの売り上げが増えれば現状を維持できる。売り上げが現状維持であっても、費用を下げることで顧客単位利益はわずかに増やせるということですね。

井上 そうだね。そして狙いどおり、単品の値下げによって顧客が増えれば、最終ゴールである利益も大幅に増えるよね。全体を見るとこういう流れになっているわけだよ。

 このように、全体と部分との関係を構造的に把握しながら考えるのが効果的なんだ。

<ワンポイント解説>
図2のように、全体と部分との関係をツリー形式で表したパターンを、ロジカルシンキングの分野では「ピラミッド構造」と呼びます。( 図解言語入門 第4回 ピラミッドには執念が必要

井上 こうしてピラミッド型の図に表すと、いくつものゴールが見えるよね。最終的にはピラミッドの一番上、図では左の「利益」にたどりつくけど、そこまでの間に小さなゴールがいくつかある。

横山 そうですね。セット化推進のゴールは売り上げの現状維持、その上のゴールは顧客単位利益の増加、そして最終的なゴールは、利益の大幅増加というわけですね。

井上 そうそう。ピラミッド型でS社の利益確保戦略を考えれば、本筋を見失わずに末端の議論を展開できるんだよ。

横山 僕の最初の図1では、末端の、セット・店舗・食材だけしか挙げていなかったんですね。

井上 そうだね。末端しか挙げていないから、利益確保というゴールが見えない。1つひとつの項目は正しくても、項目間のつながりが分からず、なんだかパッとしない印象を与えるわけさ。

横山 ピラミッド型チャートなら、ひと目で分かりますね。それに、一部分を抜き出すのも簡単そうですね。

井上 そう、必要に応じて分割すればいい。さっきの君の図1は、まさに図2の顧客単位利益より下の枝をグラフ化したものだよね。

横山 ああ、確かにそうですね。

井上 ピラミッド型のまま見せたり、部分的にグラフ化したり、最終的な見せ方はいろいろ工夫できるよ。目的に応じて考えればいい。ただ、どの部分を見せるのかを考えるために、まずピラミッド型で全体を把握するといいんだ。

全体像が見えると苦労も増える?

井上 ところで、こういう勉強は面白い? 役に立つ?

横山 ええ、面白いし、役に立ちますよ。

井上 どんなところが?

横山 そうですね……。僕らが作るシステムの本質が分かる、ということでしょうか。S社の場合、小型店を導入すると、当然新しいシステムが必要になりますよね。それをいわれたまま作るのと、全体の中での役割をきちんと理解したうえで作るのでは、やる気が違ってきます。自分の作るシステムは、こんなふうに役に立つんだなという実感が持てますから。

井上 それはいいことだね。システムは経営に生かせて初めて意味があるものだからなあ。

 といいつつも、井上の表情はどこか暗い。

横山 どうかしましたか。

井上 いや、全体像が見えると苦労も増えるからね。例えば横山君、店舗の小型化推進でコストを抑制、と書いていたけど、それは自分の考えなの、それとも誰か別の人の考えなの? そして、財務分析をして確認した?

横山 実は、某ビジネス雑誌に書いてあったのを使ったんです。財務分析はしていません。

井上 数字がないからそうだろうと思った。そこは突っ込まれるよ。僕はS社のことは知らないけれど、値下げしたことで顧客数が相当増えたんじゃないかな。店舗コストは固定的な経費だから、顧客数が増えれば1人当たりのコストは減るよね。

 単品の値下げによる顧客数増加とコスト抑制による利益の増加、どちらの効果が大きかったのかは、きちんと分析してみないと分からないはずだよ。

横山 はい……。

井上 図2のように、全体像を1枚のチャートにして眺めていると、いろいろ気が付くものなんだよ。要素を適当に2つか3つずつ組み合わせて、何か関係はないかと考える。そのうち、顧客数と店舗コストに関係があるのではと気付く。

 全体像が見えるチャートは、そんな気付きを得るには便利だよ。顧客側の責任者が気付いていないことや、判断ミスを発見してしまうこともある。もしそうなったらどうする?

横山 責任者に質問してみます。

井上 質問して、嫌な顔をされたら?

横山 気を付けて聞きます。

井上 まあ、いろいろ難しいわけだよ。顧客にいわれただけのものを作る方が楽なこともある。よく気が付くのも、いいことばかりではないよ。だからといって、全体を把握するのをやめるわけにはいかないものな。頑張りなよ。

 そういって井上は帰っていった。ステップアップすれば、その先にはまた壁があるんだなと横山は思う。彼は深呼吸をして、再びS社の経営戦略について考え始めた。

ピラミッド型分析は……

 ●世の中のあらゆる分野に適用できる
 ●全体と部分との関係を把握できる優れた手法
 ●図解を利用すればプレゼンテーションも効果的に

 全体を把握し、思考を整理する基本的な手法として
 ピラミッド型の分析をする習慣を身に付けましょう!

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