加山恵美
2006/8/22

2006年春期の情報処理技術者試験から、テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)試験が開始された。約3万人が受験したが、ほかの試験からの流入が多く、受験者の新規開拓には結び付かなかったようだ。合格率は低く、難関だったといえる。出題の傾向と対策を探る。

応募者数は徐々に減少

 まずは情報処理技術者試験が新制度へ移行した2001年から2006年までの春期試験の応募者、受験者、合格者の推移を見てみよう。受験者と合格者の割合はほぼ一定で推移しているが、応募者数は徐々に減少している。

図1 春期試験の応募者、受験者、合格者の推移(情報処理推進機構 情報処理技術者試験センターの統計情報による)

 2006年春期のトピックは、テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)試験が新設されたことだ。話題の試験の応募者は約2万9000人。世間の関心を集めたためか、かなりの数だ。テクニカルエンジニア試験でこれほどの応募者数があるのは秋期のテクニカルエンジニア(ネットワーク)試験くらいだ(2005年の応募者数は約3万人)。

上位試験応募者が方向転換

 新試験に3万人近くが応募したにもかかわらず、2006年春期全体の応募者数は伸びていない。ほかの試験の応募者が激減しているためだ。テクニカルエンジニア(データベース)で約20%減、テクニカルエンジニア(システム管理)で約44%減、ソフトウェア開発技術者で約24%減だ。ただしテクニカルエンジニア(エンベデッドシステム)は3%減で大きな変化はなかった。

 面白いことに、テクニカルエンジニア試験とソフトウェア開発技術者試験の応募者数を合計すると、2005年春期と2006年春期でほぼ同じの11万人強。従って、新試験の応募者はほかの試験から流れてきたのではないかと考えられる。

図2 テクニカルエンジニア試験とソフトウェア開発技術者試験の応募者

 グラフを見ると、総数はほぼ同じで構成比が変わっているだけだ。テクニカルエンジニア試験とソフトウェア開発技術者試験の応募者層の一部が、目標を変更して新試験に臨んだといえる。

 テクニカルエンジニア試験とソフトウェア開発技術者試験、いわば上位試験の応募者数の合計が変化していないというのは興味深い。この約11万人が上位の情報処理技術者試験を目指す層といえそうだ。この層の一部が受験区分を変えたのだろう。認定の取得自体が目標であり、区分にはあまりこだわっていないのかもしれない。

 あくまでも統計結果からの推測ではあるが、試験を新設したらほかの試験の応募者が減ってしまったというのは皮肉な結果である。試験を主催する情報処理推進機構としては、試験の新設で新たな受験者層の開拓を狙い、応募者の減少を食い止めたかっただろう。だが現実には応募者層の中で目標変更が起きただけのようだ。

狭き門だったテクニカルエンジニア(情報セキュリティ)

 テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)試験の初回の合格者は1227人。ほかのテクニカルエンジニア試験と比べて応募者数が多いため、合格者も多い。しかし合格率で見ると6.8%であり、目立って低い。受験者にとっても、これほど難関の試験になることは予想外だったのではないだろうか。

図3 上位試験の応募者、受験者、合格者、合格率

 TAC 情報処理講座 講師室 室長の小川則明氏は「新設のテクニカルエンジニア(情報セキュリティ)試験は予想以上に難しかったようです」と分析する。事前に情報処理推進機構からは試験範囲や例題などが出ていたが、受験者にとっては予想外の問題もあったようだ。

 合格者が大量に出すぎてしまうことは認定の価値を下げることにもつながって良くないが、あまりに難関では受験者が既存の試験に逆流することも考えられる。しかし本番の試験を見て、自分なりに傾向を把握できた受験者もいるかもしれない。何しろ新設の試験は実績がないため、教材や過去問も少ないからだ。

 主催者としては、新試験の評価および今後の受験者動向が気になるところだろう。情報処理推進機構は、試験実施後に受験者にアンケートを実施していた(現在は終了)。この結果が次回以降の試験に何らかの影響を与えることが予想される。

ネットワークだけではなかった重点項目

 なぜテクニカルエンジニア(情報セキュリティ)は難しかったのだろうか。事前に提示されていた試験範囲を見ると、ソフトウェア開発技術者試験やほかのテクニカルエンジニア試験と同様に広い出題範囲のうち、「ネットワーク技術」「セキュリティと標準化」が重点分野となっている。これらの項目に力を入れて準備した受験者が多かったはずだ。

  ソフトウェア開発技術者
テクニカルエンジニア
情報セキュリティ
ネットワーク
データベース
システム管理
エンベデッドシステム
コンピュータ
科学基礎
○III
コンピュータ
システム
○II
○II
◎II
○II
◎II
◎III
システムの
開発と運用
○II
○II
○II
○II
◎III
○II
ネットワーク技術
○II
◎III
◎III
○II
○II
データベース技術
○II
○II
◎III
○II
セキュリティと
標準化
○II
◎III
○III
○II
○II
○II
情報化と経営  
監査  
※○は出題範囲であることを、◎は出題範囲のうちの重点分野であることを表します。
※I、II、III は技術レベルを表し、IIIが最も高度で、III は II 及びI を、II は I を包含します。
図4 テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)午前試験の出題範囲

 だが、それだけでは足りなかったようだ。小川氏は「ネットワークを重点的に勉強した人からすれば、思ったより広い範囲が出題されたようです。それから合否の分かれ目は午後Iの試験でした」という。テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)試験の突破率は午前試験が49.1%、午後I試験が26.4%、午後II試験が53.2%だった。合格できなかった人の多くは、午後I試験の結果に左右されているようだ。

TAC 情報処理講座 講師室 室長 小川則明氏

 さらに小川氏によると、「受験者が不意を突かれたのはプログラミングの問題」だそうだ。実際に出題されたのはPerlだが、言語の知識というよりはセキュアなシステムにするための実践的なノウハウを問われたそうだ。小川氏は「幅広い範囲から細かいところが出題されています。例えばSQLインジェクションやクロスサイトスクリプティングなど、言葉が分かるだけでなく背景や中身をよく理解する必要があります。新試験では『確かな知識』を持っているかどうかが問われていました」と話す。

 加えて小川氏は今後の試験に有用なことを教えてくれた。「新試験ではまだ教材が整っていなかったというむごさがありました。しかし試験後に問題を見てみると、情報処理推進機構のWebサイトで公開している技術資料から多くが出題されていました」とのことだ。情報処理推進機構のWebサイトをくまなく研究することが、効果的な試験対策となりそうだ。

気になる情報処理技術者離れ

 2006年春期試験の分析を聞く中で、小川氏が心配そうに打ち明けたことがある。情報処理技術を学ぼうとする意欲が特に若手の間で落ちてきているようなのだ。若手はIT業界に魅力を感じられなくなっているということだろうか。小川氏によると、学生の中にはITエンジニアというと肉体労働者並みに過酷な労働環境をイメージする人もいるそうだ。

 「昨年起きた東証のトラブルをはじめ、システムトラブルが社会に深刻な被害を与えるニュースが影響しているようです。システム担当者の責任の重さや労働の過酷さを感じ取った人もいるのでしょう。試験ならラインさえ越えれば何とか合格ですが、業務では完ぺきさが求められますから」と小川氏は指摘する。

 さらに今年メディアを騒がせた不祥事も響いているようだ。「一般にはITの代表であるような有名人に悪いイメージが付いてしまいましたからね」と小川氏はいう。確かに最近では、IT業界に明るいニュースや輝くような魅力はあまり見られないと感じる。それが情報処理技術者試験や業界そのものを後退させることのないようにと願わずにはいられない。

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