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連載:転職で失敗する人、ダメな人
第3回
大企業からベンチャー企業への転職に失敗

内田靖
2001/10/10

人材コンサルタント会社に勤めている筆者が、実際に出合った事例や過去に勤めていた会社での経験を交えて、転職で失敗するエンジニアはどんな人かを毎回紹介していく。これから転職を考えているエンジニアに、転職に失敗しないために気を付けるべきことや注意すべきことを、“転職で失敗したケース”から学んでほしい。

   ベンチャーへの夢

 今回は、最近まで人気が高かったベンチャー&スタートアップ企業への転職に失敗したあるエンジニアのケースを紹介する。ところで、IT関連のベンチャー企業とは、これから会社を設立するか、会社は設立したが組織も人材も整備されていない段階の企業をいう(ほかにもさまざまな解釈があるが、ここではこのように定義した)。それに対してスタートアップ企業は、ボードメンバーが数人と、各セクションのキーマンがそろった段階(20人前後だろうか)の企業をいう。もちろん、ベンチャー企業やスタートアップ企業が成功するためには、同じ志、情熱、目的を成し遂げる経験と能力を持った人材が必要となる。また、リスクを恐れない勇気と事業に望む責任感も大切な要素である。なお、ここではベンチャー企業とスタートアップ企業をまとめてベンチャー企業としている。

 Q氏は有名私立大学を卒業後、日本の大手SI企業に入社し、大規模基幹系、情報系システム開発(言語はC言語)に6年間従事した。その6年間に、時代はインターネットが重要なキーワードとなり、社内にもインターネットを軸とした新事業部が設置された。Q氏は、その事業部のビジネスにも強く興味を持ったが、どうせ最先端のインターネット技術を追いかけるのであれば、ほかの会社への転職を考えた。エンジニアとして優秀なQ氏には、数社からオファーがあり、その中から希望していたインターネット技術に強い大手の外資系ソフトベンダに転職した。

   大手企業だけの職務経験

 外資系ソフトベンダでは、インターネットを利用したビジネスソフトの開発や、日本の商慣習に合わせたソフトのローカライゼーションに力を注いだ。充実した毎日を過ごしていたQ氏だが、入社して5年ほどたったころ、コアな技術を扱っていないと感じることがあり、働く動機を見失ったという。そこでQ氏は、もっとエキサイティングなベンチャー企業に転職し、思いっきり自分の力を試したいと考えるようになった。

 前述したように、優秀なエンジニアであるQ氏には、多くのヘッドハンティング会社が接触していた。私は偶然、以前転職をサポートしたエンジニアからQ氏を紹介され、転職についてコンサルティングをする機会を持った。Q氏は直接ベンチャー企業と接触し、すでに数社とのインタビューを終えていた。しかし、最終的な決断をしたわけではないので、エキサイティングなベンチャー企業があればぜひ紹介してほしいと依頼された。コンサルティングをする中で、私はQ氏が人格、経験、能力すべてでバランスが良く、各社のヘッドハンターが食指を動かすのもよく分かる人材だと感じた。

 しかし、私が懸念したことが1点あった。それは、Q氏の職務経験がすべて大手企業であったことだ。これまで、大手企業の優秀な人材がベンチャー企業に転職して失敗したケースを、私は何度も見てきた。ベンチャー企業では、しっかりとした“組織”体制がないか、あるいは弱く、個人が責任を持って結果を出す必要がある。そのため、なまじ大企業になじんだ人材では、そうした強烈なプレッシャー(環境の激変)に耐えられないことが多いのだ。

   ベンチャー企業に転職して

 しかしQ氏は結局、知人からコミュニケーションソフトウェアの外資系ソフトベンダを紹介された。その段階では、メンバーはCEOとセールスマネージャの2名だけで、彼らはテクニカルマネージャを探していた。Q氏はインタビューを行い、米国本社の状況や製品の完成度、マーケットのニーズに共感を覚え、さらに自分のポジションや年収などの提示は理想的な条件であった。そこで転職を決断し、米国本社での最終インタビュー後、3週間で新天地に転職した。

 Q氏とは、転職後3カ月ほどたったときに会う機会があった。テクニカルマネージャというQ氏の仕事は、いわゆる技術分野のトップに当たる役職で、米国本社で日本語化されたソフトを日本で販売する際の、テクニカル的な支援と顧客からの問題の解決がメインの業務で、さらに日本の商慣習に合わせたソフト開発を、米国本社へ要求していた。そのほかにセールスエンジニアやマーケティング分野に関する業務も、事実上Q氏が行っていた。

 Q氏は毎日が多忙で、テクニカルな部分は刺激があって非常に充実しているが、セールスエンジニアとマーケティングの仕事もこなさなければならないので、非常にストレスがあるという。そのため、その分野の中途採用を日本のCEOに要求しているが、採用の予定はなく、経営に対する不安を感じていると話してくれた。

   不安から疑問へ

 それからさらに3カ月後、再度Q氏と会うと、Q氏のモチベーションは極端に下がっており、転職を考えていた。Q氏によると、売上予算の増加(実績も増加していた)、仕事量の増加などにもかかわらず、代理店を増やすのみで、中途採用を考えない経営に不安を感じていること、セールス以外の業務すべてをQ氏任せにしていること、経営者が週3回ぐらいしかオフィスに現れず、社内のミーティングも大きな商談以外は行わないこと、などに疑問や不満を持っているとのことだった。

 私はQ氏の話を聞いていて、CEOとセールスマネージャの関係を疑問に思い、2人の前職を調査したところ、同じ会社の上司と部下の関係にあったことが判明した。さらに、CEOは外資系企業を渡り歩く“問題”人物であり、いくつもの会社を不振にさせた人物だと分かった。私は後日、Q氏に正直に話をした。確かに組織に問題があるが、テクニカル、セールスエンジニア、マーケティングの仕事すべてができるのは、ベンチャーならではであり、自分の殻を破るチャンスであるから、在職している間は攻めの戦略でスキルを吸収してほしいとアドバイスをした。

 現在Q氏は、組織上の問題などは頭の片隅に置いて、できる限りの力で業務を推進しながら転職活動を行っている。

   ベンチャーの経営陣にも注意を

 ベンチャー企業でやっかいなことは、CEOやボードメンバーが適切な人物であるかという、根本的な問題である。いくら転職する人(今回の例ではQ氏)の人格、経験、能力が素晴らしくても、経営陣がそうでなければその企業の先行きは暗い。しかもQ氏の例でも分かるように、経営陣などの人的関係は、転職前にはなかなか分かりにくいものがある。

 ベンチャー企業の経営陣は優秀で素晴らしいといった先入観を転職候補者が持ち、この企業の経営陣に懸けていいのかどうかといったチェックを忘れることが多い。さらに、転職すれば設立当初(または直後)から働くことができ、貴重な経験を得ることができる。また、その企業のビジネスが成功すれば、ストックオプションなどによって、それなりの結果(報酬)を得られる可能性がある。転職候補者は、こうした仕事以外のさまざまな環境に心を奪われることが多い。

 経営者(陣)で問題になりがちなのは、かつての部下をそのまま連れ歩くケースである。こうしたケースで危険なのは、部下がいわゆる“イエスマン”の場合だ。こうした企業は、設立後3〜5年は過去の顧客ルートなどを活用して予算を達成できたように見えることがあるが、実はその期間に“使途不明金”などの不明朗な会計処理がなされ、その後に問題が表面化することがある。

 こうした問題経営者は、ある会社がダメになっても次の会社を探し出し、同じことを繰り返しているケースが多い。最初からビジネスを成功させようといった気持ちがなく、会社を“甘い汁”としてしか考えていない。もちろん、こうした経営者は人材紹介会社のブラックリストにもリストアップされているが、残念ながらすべての“問題”経営者が判明しているわけではない。

   戦闘機のパイロットと同じ感覚が必要

 大企業からベンチャー企業へ転職する場合のイメージとしては、旅客機と戦闘機ほどの違いがあることを忘れてはいけない。ベンチャー企業で働く場合は、戦闘機のパイロットのように、常に強烈な重力(ストレス)とスピード、瞬時の判断力が要求される。私の感じる限りQ氏は、転職後も旅客機レベルの気持ちで仕事をしていたように思えてならない。何でも受けて立つ、そして自らが仕掛けていかないと大企業の受け身型の仕事しかできないことになる。ベンチャー企業向きのタイプとしては、自分なりの哲学をしっかりと持っていること、理屈よりもすぐに行動ができること、むちゃではなく無理ができること、権力志向でないこと、判断力が早いこと、細かいことを気にしないこと、などであろうか。

 ベンチャー企業に転職を考えるのであれば、必ずCEOとその周囲の人間との関係をインタビューで聞いてほしい。CEOやボードメンバーの中で、30歳代までは大手外資系企業に勤務し、その後ベンチャー企業を短い期間で次々と渡り歩いているメンバーがいたら、特に注意する必要があるかもしれない。そして、CEOには勇気を持って人生哲学などについて聞いてみることだ。仕事だけの内容では正直、入社する判断材料にはならないからである。自分の哲学とCEOまたはボードメンバーの哲学とのベクトルが、どれだけ近いかが、転職を決める際の重要なポイントとなり得ると考えるからである。

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