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転職。決断のとき

第52回 会社が倒産してもめげない「流浪エンジニア」の遍歴

加山恵美
2009/11/20

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突然の倒産

 しばらく過ぎ、仕事が安定してきた。ただし業務は楽ではなかった。片道1時間半の長い通勤時間に加えて、職場の居心地である。細野氏は思い出しながら苦い顔をした。人間関係で悩んだというと大げさだが、苦手な人物がすぐそばにいたのだ。

 その人物はエンジニアとして熱意に満ちあふれ精力的に働くのだが、傍若無人に振る舞うという側面があった。プライドが高く、何か指摘や相談するのも一苦労で、細野氏とは馬が合わなかった。いわば“肉食系”エンジニアとでもいえようか。

 その人物とは対照的に“草食系”な細野氏は、近くにいるだけでも気苦労が絶えなかった。だが仕事を変えたり、辞めたりしようと思うほどではなかった。ところが、意外なきっかけで転職活動をせざるをえなくなった。何が起きたのか。

 「会社が倒産しました」

 細野氏にとっては「寝耳に水」だった。無理もない。アサインされた職場に派遣され、日々業務に没頭していたのだ。会社の経営事情など知る由もなかった。給与遅滞が発生して会社の危機を実感することになったが、もうすでに泥沼だった。

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 「経理など数字を知っていた人たちは分かっていたようです。早々に退職していました」と細野氏。どの会社でも崖っぷちに追い詰められれば、あちらこちらでほころびが出てくるものである。経営者が醜態をさらす場面も目にした。

 「経営者同士が全社員向けメールで互いを批判する内容を応酬したり、駅でケンカしていたりしたこともあったそうです。一方、社員に対する説明では誠意が感じられませんでした」と細野氏は残念そうに話す。

「倒産しないところに勤めたい」

 思いがけず会社が倒産し、再び無職になってしまった。だが細野氏はさほど慌てなかった。就職1年目のキャリアチェンジ、飲食店開業へ挑戦した経験があるせいだろうか。ささいなことでは動じない冷静さがあった。

 「焦ることなく、落ち着いて次の就職先を探せばいいと考えました。(会社都合なので)失業保険もすぐ出ますし。この間に簿記を勉強しようと思いました」と細野氏はいう。すでに簿記検定2級を持っていたが、この機会に1級を目指して勉強した。ピンチでも勉強のチャンスと考える姿勢は前向きでしたたかだ。

 勉強と同時並行に転職探しをすることになった。たまたま元同僚の友人が「@ITがいいよ」と勧めてくれて、@ITのサイトを開いてみた。「技術情報が豊富でいい」と好感触を持ち、2008年6月にJobエージェントに登録した。

 登録するやいなや、数々のエージェントからメールが届く。そのうち誰を選んだかと訊くと、さらっと「先着順です」と細野氏は語った。早めに届いたメールの中から、5社のエージェントと面会した。

 急ぐ必要はなかったものの、素早く対応してくれたエージェント数人と同時並行で転職相談することにした。正直、細野氏にとってどのエージェントを使うかは大きな問題ではなかった。それよりも大事な要素として細野氏は「倒産しないところ」と挙げた。

 確かに。倒産で路頭に迷わされてしまった細野氏だからこそ、その言葉は重い。

自分のフィーリングと周囲の推薦の間で

 今回の転職活動では、最終的に10社ほど面接した。エージェントからあれこれ提案をうけたが、細野氏は高望みしなかった。最大限自分をアピールすれば、給与や職位などで優遇されることもあるが、それは敬遠した。身の程以上に評価されると、就職した後に苦境に立たされると懸念したからだ。慎重であるが、賢明である。

 数々の面接をこなし、最終的には2社に絞られるところまで到達した。年収などの待遇は大差なかった。希望は「かみ合いそう」とイメージで好感触を得た会社だった。だが、エージェントはじめ家族や友人までも違う方の企業を推した。理由はネームバリューや業績がしっかりしていたからだ。

 何よりも面接を受けたのは細野氏だし、実際にそこで働くのも細野氏である。だが細野氏は「悩んでも仕方ないです」と、あっさりと周囲の勧めを受け入れて方向転換した。業務内容が明確で仕事がしやすそうだったこともあり、自分でも納得して周囲が勧める方を選んだようだ。自分のフィーリングには強くこだわらなかった。

 周囲の推薦理由が合理的だったからかもしれないが、前回の就職では自分のフィーリングを信じて選んだ結果、倒産の憂き目にあってしまった経験が潜在的に影響しているのかもしれない。

 2008年10月に入社し、現在8カ月ほど過ぎたところ。「いま振り返れば、この選択は失敗ではなかったと思います。少なくとも問題なく続いていますし。ほかに移ろうという気はまったくありません。それに前から希望していた上流工程に携われるようになってきました」と細野氏は現状を話す。

生き残るために柔軟にスキルを広げたい

 それにしても細野氏はラッキーである。勤めていた会社が倒産したのが2008年4月だ。この時期にはすでにサブプライム問題が発生していたもののまだ経済は好調で、エンジニアの転職も夏ごろまでは売り手市場だった。だが秋ごろからリーマンショックなどが続いて、急激に情勢が悪化した。

 もし会社の倒産が数カ月ずれて夏だったら。簿記の勉強などしている間に経済が急降下し、転職のハードルは何倍も高くなっていただろう。だが当事者にしてみれば、そんな将来のことを見通せたわけではない。

 たまたま何度目かの転職の門をくぐり抜けてみたら、自分の背後で大きな音とともに転職の道が閉ざされた……といったところだろうか。偶然といえば偶然だが、運よく景気が悪化する前に転職を成し遂げることができた。これは運命なのかもしれない。

 ともあれ、エンジニアとしての3度目のスタートを切った。これまでと仕事内容はさほど変わらず、会計システムの開発や保守を担当している。いくつもの荒波を乗り越えてきたせいか、今細野氏が重視するのは生き残りのための戦略である。

 「いまは、エンジニアとして将来どうやって生き残るかを考えています。会計を勉強するとか、ロジスティックにも詳しくなるなど、守備範囲を広げたいです。どんな課題が与えられても対処できるようなジェネラリストを目指しています。本命は何らかのスペシャリストになりたいと考えていますが、年齢が上がればマネジメントが課せられることもあると思います。そのときには柔軟に、経験を積みながらマネジメントスキルを高めていきたいと考えています」

 柔軟かつ前向きだ。細野氏は「何が何でも我が道」を突き進むタイプではない。ときには寄り道もしながら、自らの経験から人生や社会を学んできた。突如災いが降りかかってきても嘆くことなく、粛々と柔軟に適応して前へ進む。ゆっくりと、しかし着実に。

担当コンサルタントからのひと言
 細野氏の経歴を初めて拝見した時、この方には「SAP」と「会計」という2つのキーワードがあるのだとピンときました。実際、面談を行った時もその2つのキーワードが出てきて、将来は会計のコンサルタントを目指したいとお話されておりました。

 今まで応募してきた会社の一覧を拝見すると、将来会計コンサルタントを目指すことが出来る会社と、SAPのアドオン開発といったキャリアアップに向かない企業も受けておりました。そして、内定が出た企業はその両方の2社でした。わたしとしては、会計コンサルタントを目指せる企業を当然即決なさるかと思っておりましたが、細野氏は迷っておりました。前職と似ているSAPのアドオン開発業務であればすぐにキャッチアップできるという点で迷われていたのだと思います。

 しかし、細野氏の将来やりたいことは何なのか、そしてそれが実現できる環境とはどういう会社なのか、ということを改めて考えることによって、将来会計コンサルタントを目指すことができる会社を選ばれたようです。

 細野氏とは現在でも連絡を取っておりますが、頑張っているという言葉を聞くと嬉しくなります。細野氏には会計コンサルタントとしてご活躍されることを楽しみにしています。

 

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