第15回 大手企業ならITエンジニア人生は安泰?
アデコ
山口孝之
2008/4/17
■大手企業からの転職活動は難航
香川さんの希望に合う企業を選んで書類を送り、何社かの面接試験をセッティングしました。ところがその結果は、あまり芳しくなかったのです。その理由は技術に関する経験の少なさでした。
技術から遠ざかりたくないという気持ちとは裏腹に、ここ2年間はプロジェクトマネジメントの経験ばかり。久しく技術から遠ざかっていた香川さんを面接をした企業は採用に踏み切りませんでした。
もちろん、香川さんのプロジェクトマネジメントの経験は貴重なものです。それを生かせる職場はいくつもあるでしょう。でも香川さん自身が実装にかかわるような職場を目指していたので、当然面接官はテクニカルスキルを見てくるのです。
すっかり落ち込んだ香川さんは、
「こんなことになるのなら、大手企業なんかに就職しなければよかった……」
とひと言。紹介した身としては複雑な思いです。慰める言葉もありませんでした。
■仕事の安定には2つある
かなり難航した香川さんの転職活動でしたが、苦労の末に受けたある会社で非常に高い評価を受け、採用内定を獲得できたのです。
その会社は設立10年ほどの中堅企業で、大病院でのシステム開発の実績を自社製品化し、新規事業として販売していく計画を持っていました。製品の概要部分はできているのですが、実際の作り込みはまだこれからで、その要員としてぜひ香川さんを採用したいとのことでした。開発スキルが以前のレベルに戻るのに若干の時間が必要であっても、意欲や医療機関向けの経験を買われてのオファーでした。
こうして香川さんは、無事希望どおりの転職先を得ることができたのです。
香川さんのケースを基に伝えたいのは、「仕事の安定には2つある」ということです。2つとは、「組織の安定」と「スキルの安定」です。
・組織の安定とは
組織の安定とは文字どおり、会社組織の安定度合いが高いことです。確かに大手企業の方が、ベンチャー企業よりは組織が安定しているといえるでしょう。
しかし数年前を振り返ると、私が紹介業にかかわるようになった2001年は、大手企業も人員削減に踏み切り、転職市場には求職者があふれんばかりでした。以前のような落ち込みとはいかないまでも、大手企業にいても安心できないと実感する日がまた来るかもしれません。
・スキルでもって安定するべし
一方スキルの安定とは、自分のスキルがどこでも必要とされるものであれば、ほかの会社に移らざるを得ない状況に陥っても容易に転職できるという、雇用上の安定を指す言葉です。就職できる能力は「エンプロイアビリティ」と呼ばれ、キャリアデベロップメントの重要なキーワードです。
「大手企業に就職しさえすれば安心」という考え方は、組織の安定だけを意識した考え方です。しかし、ITエンジニアであれば、組織の安定だけでなくスキルの安定を意識すべきだと思います。香川さんは、組織の安定ではなくスキルの安定を目指し、大手企業から転職したのです。
決して、大手企業でのキャリア形成に疑問を持っているわけではありません。大規模な仕事や上流工程の経験、マネジメントスキルなどは、大手だからこそ得やすいものでしょう。しかし、「大手企業に行きさえすれば安心」という迷信には惑わされないように忠告したいと思います。将来性のある会社に入るのも良いですが、将来性のある人材になることも良いことなのです。
■規模だけに左右されないキャリア形成
キャリア形成において、安定という言葉はしばしば否定的な意味に取られるケースが多いようです。
でも私は、キャリア形成の勘所は「安定」だと思っています。その際、組織の安定だけではなくスキルの安定をも考えて、仕事に就く能力「エンプロイアビリティ」を向上させていくべきだと思います。
大手企業と中小企業、どちらが良くてどちらが悪いということはありません。規模だけに左右されず、安定には組織の安定とスキルの安定があるということを知ったうえで、仕事選びをすることをお勧めしたいと思うのです。
今回のインデックス |
技術から遠ざかりたくなかった香川さん |
大手企業の「落とし穴」? |
筆者プロフィール |
アデコ 人材紹介サービス部 コンサルタント 山口孝之 千葉県出身。大学卒業後、建設会社にて人事、経理などの管理業務を経験。その後ITエンジニアに特化したスカウト型の人材紹介会社に転職し、キャリアアドバイザー業に従事する。その後アデコに参画し現在に至る。キャリアアドバイザーとしては一貫してIT業界、インターネット業界を担当。ギャップのない転職を支援するための情報収集能力、転職者側と採用企業側の両方の目線で行うカウンセリングには定評があるという。 |
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