加山恵美
2006/4/21
■野口氏の独立までの道
そんな野口氏の独立の経緯はどのようなものか。野口氏はかつて、一般社員として広島のソフトハウスで働いていた。役職はグループリーダーで収入は年相応。職務は要件定義からプログラミングまで、野口氏いわく「何でも屋」として幅広く活躍していた。
35歳当時の野口氏は漠然とこう考えていた。「仕事は苦もなく、楽もなく。欲をいえばもう少し年収を上げたいところ。35歳が人生の折り返し地点と考えると、将来は少し不安。いまは平凡な毎日で問題はない。このまま大過なく定年を迎えるのだろうか」
独立はまったく考えていなかった。だが36歳のとき、先輩から独立の誘いを受ける。彼が営業をすべて引き受け、相当量の仕事を確保してくれるというのだ。苦手な営業はしなくてよく、要件定義や設計を中心に仕事をこなしていけばいいということだった。
野口氏は「いまの会社もそう安定しているわけではない。一度きりの人生、フリーも経験してみたい。信頼のおける先輩もいることだし、何とかなるだろうか」と考えた。ちなみに先輩は野口氏の仲人も務めてくれた人で、互いに十分な信頼関係があった。
信頼のおける間柄とはいえ、独立などまったく考えていなかった野口氏には「寝耳に水」だったそうだ。期待とリスクをてんびんにかけ、迷い、決断までに約1カ月かかったという。さらに家族を説得するのにもう1カ月かかった。
■仕事は「お金を得る手段」だったが……
野口氏は独立を経験し、仕事、時間、お金についていろいろと考えたという。
独立前、仕事は「お金を得る手段」であり、与えられるものだった。だが独立すると、仕事を自分で選択するようになる。一般社員のように受け身ではなく、その仕事を受けるかどうかを判断することができる。選択の基準は自分の好きな仕事であるかどうかだ。では自分が好きな仕事とは何なのか。それをあらためて考えるようになった。
多様な仕事をこなしていく中で、今回の講座のように人に何かを伝えたり話したりすることが楽しいということに野口氏は気付いた。「実はITエンジニアは好きじゃなかったのかな」とも考えた。クレームが来れば胃がしくしくと痛むが、システム構築がうまくいけば楽しい。ITエンジニアという仕事も捨てられない。
このような経験を踏まえ、野口氏は究極の質問を会場に投げ掛けた。「好きで充実感は得られるが収入がいまの半分になる仕事と、あまり好きではないが倍の収入が得られる仕事、どちらを選びますか?」
会場からはさまざまな答えが出てきた。では野口氏ならどうするか。「好きな仕事を半分、嫌いな仕事を半分します」と笑った。
ここがフリーランスのだいご味である。モチベーションを高めるための仕事と生活を維持するための仕事を組み合わせることができる。逆にいえば、これらをうまく組み合わせられることが、フリーランスへの適性といえるのではないだろうか。
独立後、野口氏にとって仕事は「自己実現の手段」へと変わった。
■「時は金なり」だったが……
次に時間について。ことわざでは「時は金なり」という。野口氏はまた会場に質問した。「もし、人生があと1カ月しかないとしたら何をしますか?」
会場にさまざまな質問を投げ掛ける野口氏 |
会場からは「引き継ぎをしなくては」という切実な答えや、「のんびり過ごしたい」「いまとはまったく違うが、やってみたかった仕事をしたい」という声が出た。
ひととおり意見を聞くと、野口氏は時間について話を始めた。独立前は「時は金なり」と考えていたという。会社員なら少なくとも朝から夕方まで会社に拘束される。残業をすればその時間分の残業代が支払われる。だから「時間とは金」だった。
だが独立すると、仕事同様に時間の使い方も選択できるようになる。そうすると選択の基準を考えるようになる。何を優先させるか、何が大切なのかと自分の考えを掘り下げていく。そうして人生に目を向ける。
人生において、時間には限りがある。自分の時間を仕事と生活にどのように割り振っていくかは、人生の選択そのものである。そして人生とは命である。いつしか野口氏は「時間とは命そのものではないか」と思うようになった。
独立後、野口氏は「時は命なり」と考えるようになった。
■お金は「たくさん欲しいが難しい」ものだったが……
最後にお金について。独立前の野口氏にとってお金は「たくさん欲しいが難しい」もの。欲はありつつも、収入を増やすことには半分あきらめがあった。ここでまた野口氏が会場へ質問した。「給料が2倍になったら、自分の人生は何が変わると思いますか?」
会場からは「将来の不安が和らぐ」「タクシーで通勤できるようになる」「部屋数の多い家に住める」とさまざまな答えが返ってきた。
突然質問されてもすぐには思い浮かばないかもしれないが、実際に収入が変われば生活は変化する。野口氏は独立して収入が激増した。ピーク時の年収は会社員時代の2倍に膨れ上がったという。
「それでぼくはポルシェを購入してしまいました」と野口氏は照れながら告白した。会場の人が驚いてのけぞると「でも中古ですよ」と付け足す。
もともと野口氏は車やバイクが好きだった。機械が好きで工学部を選び、学生時代はバイク中心の生活をしたそうだ。ポルシェの購入は念願だった。とはいえ、いまは手放したそうだが。
野口氏は続けてこう話した。「収入が増えても、幸せがそれに比例して増えるとは限らないのです」
一般社員なら年収は「固定」だが、フリーランスなら増やすことに専念すればそれなりに収入は増え、年収は「可変」になる。年収を選択できるので、工夫の余地が出てくる。自分の強みを生かした仕事をしたり、モチベーションを上げる仕事を選んだりだ。広島で暮らしながら東京の仕事を受けるというのも野口氏の賢明な戦略である。最近では無理に大量の仕事を引き受けることもしなくなった。
独立後、野口氏にとってお金は「工夫で増やせる」ものへと変わった。
■独立したからこそ見つめ直したこと
野口氏は独立後、多くのことをあらためて考えるようになった。特に仕事について、時間について、お金についてだ。一般社員なら考えなくても何とかなり、考えないままでいることが多い。だがフリーランスという立場では、考えることを強いられるといってもいいだろう。自分で選択する必要があるからだ。
それぞれの仕事について、引き受ける理由、断る理由を自分の中で消化しなくてはならない。自分で仕事や生活を制御していればそうならざるを得ないだろう。そうした選択に直面する境遇で、それまで見過ごしてきたものが見えてきた。受動的な一般社員から能動的なフリーランスになったことにより、基本的な考えが変化してきた。
それぞれの事柄について、野口氏と同じ感覚を持つのが正解とは限らない。大事なのは自分で答えを見つけ出すことだ。これはフリーランスであろうと、一般社員であろうと、意欲を持って仕事を続けていくうえで大切なことだろう。
今回のインデックス |
フリーエンジニアの「時」は「命」なり (1ページ) |
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