ストレスと上手に付き合うために
ITエンジニアにも重要な心の健康
第25回 「この仕事でいいの?」を決めるもの
ピースマインド
カウンセラー 田中貴世
2006/4/6
エンジニアにとっても人ごとではないのが心の健康だ。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。 |
■Iさんの迷い
Iさんは社会人4年目のITエンジニアです。現在は契約社員ですが、これから1年間の実績によって正社員になれる可能性が出てきました。
正社員を目指して働いてきたIさんですが、この時点で迷い始めました。「自分の将来にとって、この仕事を続けていくことが良いことなのだろうか」と思いだしたのです。
「いまの仕事を続けていくことが、自分にとって良いことなのだろうか」「現在の仕事でキャリアアップしていけるのか」「現状維持だけで自分は満足できるのか」「もっとほかの何かが自分を待っているのではないだろうか」。Iさんのように、そんなことを考えたことはありませんか。現在の仕事に違和感を覚えたときは、いま感じている不満を明確にしてみましょう。
仕事面の不満の例:
- 自分の持っている技術を発揮できていない
- スキルアップのできる状況にない
- 無理な納期に追われるような働き方をしている
待遇面の不満の例:
- 残業が多く、勤務時間が長すぎる
- 就業規則にある休日が取得できない
- 自分に対する評価に不満がある
- 実際の給与と希望額とに開きがある
- 職場環境が物理的に劣悪
人間関係面の不満の例:
- 上司、同僚との円滑なコミュニケーションができない
- 社外の人間関係に配慮する必要があり、ストレスになっている
- 社内恋愛が破たんして気まずい、感情的な問題で先輩との関係がこじれたなど、人間関係のトラブルがある
これらの直接仕事に結び付く不満だけでなく、私生活の変化も仕事への心理に変化を与えることがあります。
私生活面の不満の例:
- 自分自身、または身近な人の健康問題
- 恋愛、結婚、出産、引っ越し、離婚(本人および両親)といった心身生活の変化
本人の言葉にできる不満、言葉にならず心の底に沈んでいる不満を明確にすることは、次に進んでいくための原動力になる可能性があります。そのときは不満とともに、仕事に対する本人の姿勢にも着目することが大切と私は感じています。
■仕事を選ぶよりどころ、キャリアアンカー
「あなたは仕事を選ぶとき、またいまの仕事を継続していくとき、何をよりどころにしているでしょうか」。これは米国の組織心理学者、エドガー・H. シャインの提唱する「キャリアアンカー」の概念です。
キャリアアンカーを直訳すると「キャリアのいかり」となります。個人のキャリアの在り方を導き、方向づけ、長期的な職業生活においてよりどころとなるものであり、船でいえばいかりです。キャリアアンカーは、キャリア選択に直面して初めて見えてくるものと考えられています。
シャインの分類した8つのキャリアアンカー 1.専門コンピタンス:企画、販売、人事、エンジニアリングなど特定の分野で能力を発揮することに幸せを感じる 2.経営管理コンピタンス:組織内の機能を相互に結び付け、対人関係を処理し、集団を統率する能力や権限を行使する能力を発揮し、組織の期待に応えることに幸せを感じる 3.安定:仕事の満足度、雇用保障、年金、退職手当など経済的安定を得ることに幸せを感じる。安定をキャリアアンカーにする人は、1つの組織に勤務し、組織への忠誠心や献身などが見られる 4.起業家的創造性:障害を乗り越える能力と意気込みを持って新しいものをつくり出すこと、リスクを恐れず何かを達成することに幸せを感じる。努力によって達成したという思いが、自分を動かす原動力になる 5.自律(自立):組織のルールに縛られず、自分のやり方で仕事を進めることに幸せを感じる。自律をキャリアアンカーにする人は、仕事を自分の裁量で自由に行うことを望む 6.社会への貢献:暮らしやすい社会の実現、他者の救済、教育などを成し遂げることに幸せを感じる。社会への貢献をキャリアアンカーにする人は、転職してでも自分の関心分野で仕事をすることを求める 7.全体性と調和:個人的な要求、家族の願望、自分の仕事などのバランスや調整に力を入れる。自分のライフワークを大切にするので、それができる仕事を求める傾向がある 8.チャレンジ:困難に見える問題の解決や、手強い相手に打ち勝つこと、人との競争にやりがいを感じる。目新しさ、変化、難しさを目的とする |
シャインは個人がキャリアアンカーを明確にすることで、自分のキャリアの方向性を明らかにすることができるといっています。あなたのキャリアアンカーはどれですか。
■不満を解消する方法は人それぞれ
現状への不満が明確になり、自分のキャリアアンカーにも気付いたIさんは、どう行動するでしょうか。
「脳は刺激がないことに耐えられない」。東京大学大学院・薬学系研究科の講師で脳科学者の池谷裕二氏は、著書『海馬・脳は疲れない』(朝日出版社刊)の中でそう書いています。「何の刺激もないところに2〜3日放置されると脳は(刺激を自分で創り出し)幻覚や幻聴を生み出してしまいます。また、固定化した見方で同じことをくり返していることにも、脳は耐えることができません。新しい刺激がないところでは、人間は生きてゆくことが難しくなります。脳は本能的に刺激がある方に向かいます」(本文より)
Iさんの不満の中に、脳の持つ「刺激を求める」本能に寄る部分はないでしょうか。もしあるなら、刺激を得るには職を変える以外に方法はないのかどうかを検討することが必要です。
例えば仕事内容に変化を与える、社内求人に応募する、新規システムを提案する、スキルアップして自分の職域、権限を増やすなど、いろいろな方法がありそうです。
『海馬・脳は疲れない』には、脳は30歳や40歳を超えた方が活発になる、30歳以降の脳はつながりを発見する能力が非常に伸びる、30歳を超えるとワインが熟成するような落ち着きが出て、すでに構築したネットワークを密にする時期に入るということも書いてあります。かなり勇気づけられる言葉ですね。
また30歳以降、脳の変化の過程で、新しいことにすんなりなじめる人と、なじめずにそれまでの脳の使い方に固執してしまう人との二極分化が起こるそうです。
仕事を含めた自分の生き方に不満や行き詰まりを感じたとき、現状に変化を与える方法は、10人の相談者がいれば10種類あると私は思います。できるだけたくさんの選択肢から、あなたに合った方法を選んでほしいと思うのです。そのために情報収集することをお勧めしています。
職場の上司や同僚、先輩、以前にお世話になった人、あなたを評価してくれた人、この人に相談してみようと思える人、大学時代の友人、恩師、家族、パートナー、勉強会やセミナーで知り合った人、カウンセラー……。どんな人的資源でも構いません。もちろん本を読むことも有意義な情報収集です。なるべく心の窓を大きく開けて、視界を広げてみてください。
■Iさんの着地点は
いまの仕事を続けていくことに悩み、現在の不満や自分のキャリアアンカーを明らかにしたIさん。それらを基に、現状を変化させる方法を探るための情報収集として、社会人の先輩でもある父親に相談することにしました。
Iさんの話を聞いた父親は、Iさんが迷っていることを理解したうえで次のようにいったそうです。「おまえが迷っていることは分かった。私たち夫婦はおまえを大学まで出し、就職するまでを支え社会人にした。そこまでの責任を果たした。これからはおまえが自分の人生の責任を果たしていくことだ。どんな仕事を選んでも、親として応援はする。相談にも乗る。しかし、仕事にも就かずに家でごろごろする生活は許さないからな」
そういわれてIさんは「背筋が伸びた」といっていました。「1年間かけてよく考えると親に話しました。自分の人生ですから」
結論はすぐに出るとは限りません。熟慮するために時間をかけることに意義を見いだし、気持ちの整理をつけてもいいのです。それが「いま、ここで」のIさんの着地点ということもあるのだと、私は思っています。
参考文献『キャリアカウンセリング』駿河台出版社刊 『海馬・脳は疲れない』朝日出版社刊 |
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