ITエンジニアにも重要な心の健康
第31回 心に刻まれた不快な言葉を上書きする
ピースマインド
カウンセラー 田中貴世
2006/10/3
エンジニアにとっても人ごとではないのが心の健康だ。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。 |
■なぜかチームでもめ事を起こしてしまうNさん
Nさんは仕事のできるITエンジニアです。しかし、本人がいうところの「余計なひと言」「攻撃的な言動」で上司とうまくいかず、チームからも浮いた存在になりました。そのうちに仕事も単独でできるものしか任されなくなってしまいました。
「仕事について上司からとやかくいわれなくなったのは良い。でも、自分の性格が現状を招いているのだとしたら、性格を変えることで状況も変えられるのではないだろうか」。そう考えたNさんは、カウンセリングを受けてみることを決めました。
カウンセリングを受け始めたNさんは、あることに気付きました。ずっと前から、チームやグループのメンバーとして仕事をするときはいつも、上司や先輩ともめ事を起こしていたことにです。
■自分を縛る「禁止令」
誰にでも、無意識に受け取っている他者からのメッセージがあります。それは身近にいて、あなたに対して影響力の強い人からのものです。言葉や態度を通して繰り返し発信されることで、メッセージはあなたの無意識の領域へ押し込められてしまいます。そして何かを判断したり、決断したりするとき、どこからか聞こえてくる「ささやき」になります。
ハッキリ聞こえていれば「NO」ということもできるのですが、無意識の中からささやき声であなたの行動をコントロールするため、拒否するのは難しいのです。その結果、自分がした判断に後味の悪さを感じることになり、それが何度も繰り返されます。
「あなたは何もまともにできないのだから、私の手を借りるのが一番正しい」。保護者からこのようなメッセージを日常的に受け取っている子どもがいたら、どうなるでしょうか。もしかしたら、通常の成長さえも危ぶまれるのではないでしょうか。
この保護者は、「考えるな」「成長するな」という「禁止令」を発していることになるでしょう。受け取った子どもは「自分は子どものままでいよう」「自分は無力だ」「自分が決めたことは間違いである」と心に刻んで成長します。思春期になり、社会人になり、自分で物事を決めなければならなくなったとき、無意識に「私は無力だ」「私が決めたことは間違いだった」と思う結果を招いてしまうことがあるのです。その結果が繰り返されることは、本人にとって苦痛であるにもかかわらずです。
■Nさんの受けた禁止令と、心に刻んでしまったこと
Nさんが育った家庭では、父方の祖母が絶対的な権力を持って君臨していました。父も母も祖母に気を使い、常に「自分はこの場所にいることが苦痛だ」というメッセージを発していました。
両親からNさんが受け取った禁止令は「属するな」でした。それによってNさんが心に刻んでしまった言葉は、「自分は誰にも、どんなグループにも属さないぞ」「自分はどこにも誰にも属さないのだから、誰からも好かれるはずがない」だったと考えられます。
その結果、どんなことが起こるでしょうか。Nさんは好きな人ができても「相手が自分を好きになってくれるはずがない」と思い、親しくなるに従って相手を不快にさせることをいったり、冷たい態度を取ったりします。結局相手から「別れよう」といわれてしまう、いいえ、いわせてしまうのです。
仕事場でも、職人かたぎで仕事は確かなのですが、仕事内容を上司が質問しただけで「私の仕事に文句があるのですか? 私1人に任せられないほど信頼していないのなら、ご自分でやったらいかがです」「仕事の分からないあなたに説明する気にはなりません」とあからさまに言動で表現してしまうのです。そして後から、自分の態度を悔やむのです。
■心に刻んだ言葉を書き換える
こんな自分を変えるために、Nさんはまず、心に刻んだ言葉を認めたうえでその書き換えに挑戦しました。
「自分は誰にも、どんなグループにも属さないぞ」
→「私は、自分が望んでいる人やグループに仲間として受け入れられたい」「受け入れられてもいい」
「自分はどこにも誰にも属さないのだから、誰からも好かれるはずがない」
→「私は、自分の好きな人から好かれたい。チームのメンバーや上司から、『そこそこいいヤツ』と思われたい」「いいヤツと思われてもいい」
書き換えの言葉を見つけたのは、イメージの中で、両親の前で何もできずに立ちつくしていた小学生の自分に手をさしのべた、大人になったNさん自身でした。
次にしたことは、現実の職場で「そこそこいいヤツと思われて、自分の望んでいるグループに受け入れられるためには何ができるか」を探すことでした。Nさんが見つけた方法は、怒りを感じたとき「なぜそんなことを聞くのか? あなたは上司なのだから、先輩なのだから○○であるべきだ」と相手のことをとやかくいうのではなく、「あなたはそういうけれど、私はこう思うんです」「私はこれこれの理由で、いつまでにこの情報が欲しい」「その質問に私はここまで答えます。忙しいので後はこれこれの資料で調べてください」と、自分の気持ち、要求や事情を明確に相手に伝えるというものでした。
■決めたことにためらう自分
自分で見つけ出した方法であるにもかかわらず、実際に行動に移す段階になると、Nさんの内には実行する自分にブレーキをかける自分が現れました。「そんないつもやらないような行動を取ったら、周りの人間が驚いてしまうぞ。だからできない」「そんなことやっても、変化しないよ」
この言葉に込められた禁止令は何でしょう。「変化するな」「成長するな」、そして「属するな」です。
「周りの人間が驚いてしまうぞ。だからできない」→「私はやらない」
「そんなことやっても、変化しないよ」→「私は変化させない」
禁止令の主語を変え、言葉に出してみると「そんなことをいっていたら何も変わらない。できることからやる」という言葉を自分で選択できる可能性が増します。
こうしてNさんは、自分を変え、孤立してしまう状況を変えるための一歩を踏み出したのです。
■自分で踏んでいるブレーキとアクセル
ストレスを感じるような出来事に遭遇したら、「自分の無意識のブレーキに気付き、禁止令を書き換えるチャンスに出合えた」、そう思ってみませんか。
ストレスや不安を感じたとき、急ブレーキをかけていきなり止まることも、早く通り過ぎようとしてスピードを上げて通過することも、それが無意識に行われている場合は危険なことなのです。無意識とはいえ、ペダルを踏んでいるのは禁止令を取り込んでいる内なる自分です。それならば無意識を意識化し、自分で安全を確認できるスピードに調整し、不安を増大させすぎず、安全に通過しましょう。
心のブレーキもアクセルも、自分の判断で調節できるものです。禁止令を確認し、自分を苦しめている禁止令ならば、それによって心に刻まれた言葉の書き換えに挑戦してみましょう。
事例については個人のプライバシー保護に配慮し、いくつかの事例から特徴的な部分を取り出しブレンドした形で掲載しています |
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