ITエンジニアにも重要な心の健康
第32回 ストレスに出合い、内なる力に気付く
ピースマインド
カウンセラー 田中貴世
2006/11/2
エンジニアにとっても人ごとではないのが心の健康だ。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。 |
■Oさんのストレス源
ITエンジニアのOさんが休職したのは2年前のことです。休職の直前に担当していた顧客のA氏は声が大きく威圧的で、無理を押し通し、自分の思うとおりにならないと気が済まない人でした。Oさんは自社とA氏の間に立つ毎日が苦痛で、ついには出勤できなくなってしまったのです。心療内科で出された診断書に書かれた病名は「うつ病」でした。
Oさんはその後復職しましたが、休職前に担当していたプロジェクトから外され、本来の仕事とは関係のない部署に配属されました。そこにはこれまでとは違った職場の雰囲気がありました。
新しいB上司は理詰めで物をいう人で、1つ質問すると「なぜその質問をするのかロジカルに説明しろ」「それを聞いて君はどうしようと考えているのか」などと、逆に4つも5つも質問してくる人です。Oさんはそのたびに追いつめられたような気分になり、質問することさえできなくなってしまいました。
■ストレス源は「4つの機能」を刺激する
ストレス源は個人の4つの機能、「認知機能」「気分・感情機能」「行動機能」「身体的機能」を刺激し、反応を引き起こします(図1)。ストレス刺激の除去、軽減をするためには、まず自分に起こっている反応を知ってから対処を考える方法が効果的だといえます。
図1 個人の4つの機能を刺激するストレス源 |
Oさんの現在のストレス源はB上司です。Oさんの4つの機能と反応を見ていきましょう。
認知機能:頭の中でイメージし、考え、空想する機能 Oさんの認知機能の反応:「B上司は私を、うつ病になった厄介者と思っているのだろう。『質問するなんて理解力のないヤツ』と思っているはずだ。どう対処したらよいか分からない」と思い、ひたすら回避を検討する。回避しようとしている自分をひきょう者だと思う 気分・感情機能:うれしい、悲しい、寂しい、快・不快など、自分の内に感情レベルの変化を起こす機能 Oさんの気分・感情機能の反応:落ち込み、憂うつ感、無気力を感じる 行動機能:意識的、無意識的にストレスに対して行動を起こさせる機能。例えば気に入らない人と話すときに、その人の顔を見ずにPCの画面を見たまま話していたり、攻撃的な人と話すときに腕を組み、無意識に防御姿勢を取っていたりするようなこと Oさんの行動機能の反応:パフォーマンスが低下し、B上司を避ける行動を取る。B上司に質問をしなければ進まないような仕事は後回しにし、その結果仕事が滞る 身体的機能:汗をかく、眉間にしわが寄る、ドキドキする、頭痛、腰痛といった身体的な反応を起こす機能 Oさんの身体的機能の反応:疲労倦怠(けんたい)感、ドキドキする、頭痛がする |
■ストレスはいつも悪者?
OさんにとってのB上司のようなストレス源でなくても、日常ストレスを感じることはあると思います。
ところで、ストレスはあなたにとって不快なものばかりでしょうか。例えばカフェで休憩していたら、なかなか「いけてる」異性があなたをジーッと見つめてきたとします(あなたのお好きなタイプをイメージしてみてください)。視線が合うと、相手はにっこり笑ってウインクしてきました。
「えっ、自分のこと? まさかそんなことないよね」。頭の中で考えているあなたは、認知機能が反応しています。これは自己否定的、自己肯定感が低い反応といえます。ちなみに自己肯定的、自己肯定感が高い反応とは、「やっぱり私ですよね。そうだと思ったんです」と手を振る、投げキスを返すなど。「ちょいワルオヤジ」代表の、ジローラモさんのような反応をいいます。
「でも、一応確認しよう。私ですか?」と自分を指す。行動機能の反応です。すると相手はあなたを指差し、手招きしました。「やったね」とうれしい気持ち。気分・感情機能の反応です。するとアドレナリンが増加して胸がドキドキ。身体的機能の反応です。
そして悩む、相手のテーブルに行くべきか、行かざるべきか。究極の選択ですね。こんなストレスなら受けてみたいと思いませんか。
■ストレスへの反応によってアクションも異なる
さて、Oさんの受けているようなストレス刺激の除去、軽減のためのアクションには、次の3つがあります。
- 自力で克服する
- 回避する、逃げる
- 相手に働き掛ける
この3つは、どれが正しいということはありません。問題の種類や自分の状況、対人関係であれば相手との関係など、条件によってどの行動を取るかが決まると思います。そのとき基準になるのが、あなたのストレスの受け止め方なのです。
あなたはストレス刺激に対して「認知、気分・感情、行動、身体」のどの機能で反応することが多いでしょうか。
先ほどの「異性からのストレス場面」を思い起こしてください。認知(自分の思考やイメージ)の機能で対処する人は、異性からウインクされても「まさか自分じゃないだろう」「なぜ自分なのか?」「人違いをしているんだろう」「何かのキャッチセールスか?」と想像だけで対処し、未解決の出来事として残してしまいます。
仕事でいえば、自分の思いどおりにできない状況にいら立ちながらも、「これは自分の知識不足か、相手のスキル不足か?」と思考、想像の対処にとどまり、気分の落ち込みが起こります。
こういう人は、意識的にほかの機能も活用してみましょう。例えば、イライラしている気分に注目し、行動機能でイライラのレベルを下げることに対処します。残業をやめて定時に退社し、ずっと見たかったDVDを借りて家で見る、友人に電話をして一緒に夕食をするなど、いつもと違う行動を取ってみる。その行動によって、いつも感じている倦怠感が軽減される可能性があります。
行動機能でストレスに対処することが多い人は、異性からのアプローチにも、例えば不機嫌な顔でそっぽを向く、店を出てしまうなどの行動で対処します。それによって相手を不快にさせているかもしれません。もう二度と会わない相手ならそれで済むかもしれませんが、仕事の相手なら、あなたの投げやりな態度がその後の仕事に支障を来す可能性もありますね。
そんな人は、意識して認知機能を働かせてみましょう。あなたをイライラさせる相手には、仕事をスピーディーにこなせない事情があるのかもしれません。体調が悪い、優先させるべきほかの仕事があるなどです。相手の状況をイメージすると、早めに依頼する、できそうなほかのスタッフに依頼するなど、自分の行動を変化させることも可能です。その行動の変化がイライラのレベルを下げる結果を導き出すかもしれません。
気分・感情機能が対処の前面に出ることが多い人は、「こんなヤツとは仕事ができない。態度や言動に腹が立つ」と思う相手と向き合うときの自分の身体感覚に注目してみましょう。身構えた感じになり、肩に力が入り、つけ入れられないように話す言葉を選んで神経を使ったりしていませんか。
気分が落ち込み、その気持ちに打つ手がないとイメージすると、行動機能での対処レベルが下がり、生活全般の動きがペースダウンしてしまいます。感情機能が行動と認知機能に影響を与え、認知、行動、感情、身体の対処機能のバランスが崩れている状況です。
■ストレスを自力で克服できたOさん
Oさんが取ったアクションは「回避する、逃げる」でした。仕事内容は軽いものになり、B上司に報告をする必要もなくなりました。
仕事内容の変更が実現したのは、産業医との面談で現状を訴え(行動機能の対処)、産業医から業務の軽減を上司に指示してもらうことができたからです。その意味では「自力で克服する」行動ができたのです。
「相手(B上司)に働き掛ける」ことはできませんが、少し距離を取ってB上司を観察してみる(行動機能の対処)と、B上司の言動は自分だけでなく、ほかの部下にも同じなのだということが分かりました(認知機能の対処)。そう思うとB上司に感じていた恐怖感は少し薄れます(気分・感情の変化)。頭痛や疲労感に対しては主治医に現状を伝え、頭痛の除去と、質の良い睡眠を取る方法、リラクゼーションについて情報をもらいました(身体的機能の対処)。
「認知、気分・感情、行動、身体」の中で、使っていない力はありませんか。4つの機能はすべて、あなたの内なる力です。いつもは使っていない力を意識して活用してみましょう。きっと、「自分にこんな力が秘められていたのか!」と新鮮な驚きを感じることになります。
そんな新しい自分を開発できるなら、ストレスに出合うこともまんざらではないと思いませんか。
参考文献 『セルフ・アサーション・トレーニング―疲れない人生を送るために』 菅沼憲治著 東京図書刊 事例については個人のプライバシー保護に配慮し、いくつかの事例から特徴的な部分を取り出しブレンドした形で掲載しています |
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