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ストレスと上手に付き合うために
ITエンジニアにも重要な心の健康

第35回 他者の物差しで自分を測っていませんか

ピースマインド
カウンセラー 田中貴世
2007/2/2

エンジニアにとっても人ごとではないのが心の健康だ。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。

こんなに気を使っているのに……

 「私がこれほど周囲の人に気を使い、周囲の人に合わせているのに、どうして相手は私を無視するような言動をするのだろう。質問しても丁寧に答えてはくれないのだろう」「質問に対してあんな答え方、教え方をされたら、次に質問しにくくなる」。Rさんは職場の人間関係について、このような悩みを持っていました。

 他者との交流は、毛糸が絡まるように複雑さを増していくことがあります。Rさんは絡んだ毛糸に埋もれ、この問題のスタートがどこだったのかさえも見失っている状態でした。絡んだ毛糸をほぐし、どのようなプロセスで絡んでしまったのかを見つければ、次に他者と交流するとき、同じプロセスに陥らないように心掛けることができます。そのような可能性を見つける作業が、カウンセリングの中には存在します。

他者理解と自己理解

 Rさんの「周囲の人」である、職場のXさん、Yさん、Zさん。なぜRさんが悩むような状況になったのでしょうか。

 Xさんは自分の仕事に集中していたため、Rさんの声に気付かず返事をしませんでした。

 YさんはRさんから質問されたことには詳しくなかったので、丁寧に答えることができませんでした。

 ZさんはRさんが質問したとき、個人的な事情(急ぎの仕事を抱えていてイライラしていたなど)でたまたま不機嫌でした。

 彼らに起こったことは、誰にでも日常的に起こる可能性があります。いつも親切に対応してくれる人でも、体調などコンディションが悪ければそうできないこともあるでしょう。

 まずは、相手の内面を想像で補わず、現実に起こっていることだけを見てみましょう。人の内面はいつも変化しています。そしてその内面は、あなたからは見えないのです。

 Rさんは、周囲の人も自分と同じように他者に気を使うべきだと思っていました。そのため、他者に配慮のない行動を取っている人たちに腹を立てていたのです。同時に、「他者に配慮されない自分は軽んじられている」「自分は職場にとって価値のない人間だ」と思い、モチベーションを下げていました。

他者の物差しで自分を測っていると

 自分が他者からどう思われているかは、誰でも気になることだと思います。ではあなたは、「自分はどのような人間でありたいか」と考えたことはあるでしょうか。

 Rさんの毛糸が絡まってしまったのは、次のような思いからでした。「私は、周囲の人から仕事ができると思われることで、価値のある人間と認められたい。そのためには周囲に気を使い、依頼された仕事は自分が大変でも引き受け、上司の指示どおりに仕上げるように努力する」「それなのに、仕事を依頼した相手は私に感謝せず、上司はできたことを認めてくれない。そのことにイライラが募っていく」

 Rさんは、自分の悩みのきっかけとなった思いが「私は他者から認められたい」だったこと、自分を縛っていた言葉が「他者から認められない自分は価値がない」だったことに、カウンセリングの中で気付いていきました。

 他者から認められるか、認められないかを自分の気持ちを安定させるバロメーターにするのは、物差しを人に預けているのと同じです。自分を測る物差しを他者に預けていると、人によって違う物差しに自分を合わせていなければならず、いつの間にか本当の自分は何センチなのかが分からなくなってしまいます。自分の気持ちを、他者によってコントロールされてしまうということです。

 Rさんは何を望み、何センチの自分が心地よかったのでしょう。

他者との関係を絡ませない方法

 渡辺秀樹氏は、著書『人が育つ話し方』の中で人が持つ基本的欲求を以下の4つとしています(カッコ内は筆者の補足説明)。

帰属欲求(居場所が欲しい)
承認欲求(認めてほしい)
表現欲求(いわせてほしい)
優越欲求(褒めてほしい)

 Rさんは、仕事を認められることで承認欲求を満たし、その職場で働き続けることで帰属欲求を満たし、「今度の書類は良くできているよ」といわれることで優越欲求を満たしたいと思っていました。そして、そのことをカウンセリングの中で話すことで、表現欲求を満たすことができたと感じました。

 Rさんがカウンセリングで発見した、「心の毛糸を絡ませることなく他者との関係をつなぐ方法」は以下のようなものでした。

  1. 自分の中にある「満たされていない欲求」が、4つのうちのどれなのかを知る
  2. 相手を理解するとき、見えていない相手の内面を自分の想像で補わず、事実を正確に見る
  3. 「他者から認められたい自分」は受け入れるが、「認められなくても自分には価値がある」と思う
  4. 分からないことは、自分のために相手に何度も質問する

 「私はいまの職場で仕事を覚え、経験に合った働き方ができるようになりたい。そのために仕事に必要なことを学び、しかるべき人に教えてもらう。教えてもらうときには、相手の状況にも配慮する」

 このことを軸に、Rさんはいくつかのトラブルを整理していきました。自分の内面で基本軸を決めたことで、迷ったときに基本に立ち返って判断できるようになったのです。他人に合わせて自分の心を変形させるといった無理をすることもなくなりました。

 「心の中に、他人のためにほんの少しスペースを空けることができるようになりました。他者と交流していても、互いに心地よい関係が持てるようになりました」とRさんは話していました。

人との関係にも「手入れ」が必要

 『バカの壁』の著者である養老孟司氏は、『自分は死なないと思っているヒトへ―知の毒』の中で、自然と日本人との関係について書いています。日本人は長年、自然をまともに相手として受け入れる態度を取ってきたそうです。そして自然を放置するのでもコントロールするのでもなく、人がつくったのではない自然を認め、折り合いを付けながら「手入れ」をしてきた結果が、美しい里山の風景をつくったとのこと。

 私はそれを読んで、人との関係にも「手入れする」という感覚が大切なのだと思いました。他者との交流では、「ああすれば、こうなる」といった設計図どおりにいかないことが多々あります。そういうときは「これは自然に起こったこと」と思い、できるだけ折り合いを付けながら、相手との関係やチーム内の関係を「手入れ」する。

 すぐに結論を出さずに時間をかける。結果を急がずに根気よく働き掛ける。偶然の出来事や互いの働き掛けによって、ほどよい平衡状態をつくり出す。そんなふうに、コントロールではなく「手入れ」されていく人間関係があってもよいのではないでしょうか。

 日当たりが良く(声を掛け合える関係を保ち)、水分補給(思いやりのある対応)がされ、風通しの良い(反対意見でも表現に配慮しながらいうことができる)「手入れ」された職場では、働く人たちのモチベーションは安定したものになるのではないでしょうか。想像してみませんか。

参考文献 『人が育つ話し方』 渡辺秀樹著 新日本文芸協会刊
        『自分は死なないと思っているヒトへ―知の毒』 養老孟司著 大和書房刊

事例については個人のプライバシー保護に配慮し、いくつかの事例から特徴的な部分を取り出しブレンドした形で掲載しています

筆者プロフィール●ピースマインド 田中貴世
シニア産業カウンセラー、 日本産業カウンセラー協会認定キャリア・コンサルタント、 日本オンラインカウンセリング協会認定オンラインカウンセラー、 家族カウンセラー協会認定家族相談士。 子育て相談、保育士人材育成の仕事在職中にカウンセリングを学び資格を取得。転職支援センターのキャリアコンサルタントを経て、現在ピースマインドでカウンセラーを務める。職場のメンタルヘルス、キャリア、家族関係、夫婦問題とカウンセリング分野は幅広い。「カウンセラーは相談者の伴走者」と考え、「出会い」「気付き」の中に生まれるエネルギーに心動かされる日々だという。なお、ピースマインドが提供する「ストレスCheck」を@IT自分戦略研究所で試してみることもできる。

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