第2回 クラウドがSIerとエンジニアに要求する変化
新野淳一(Publickey)
2009/12/17
■ クラウド時代には新しい技術と経験が必要となる
先ごろ、@IT自分戦略研究所の広告企画で、筆者はJavaのSeaserフレームワークの開発者として知られるひがやすを氏と対談を行いました(参考:ひがやすを対談「2010年は若手エンジニアにチャンスの年」 )。この対談の中でひが氏は「クラウドは、基本的にいままでの技術の延長線上にあります。ただ、アーキテクチャが大きく変わるので、ITエンジニアの(これまで重宝されてきた)過去の経験などがほとんど役に立たなくなります」と発言しています。
ひが氏の発言にあるように、クラウドでは、これまでのSIerのシステム開発の経験が役に立たないような新たな技術が登場してきます。それはどのようなものでしょうか? これを説明することはクラウドの技術動向を予測することになるので容易ではありませんが、現時点での筆者なりの予測を説いてみることにしましょう。
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まず、活躍の場が減っていく技術として、物理インフラ周りの技術があります。クラウドによって物理的なインフラであるサーバ、ネットワーク、ストレージに関するノウハウ、例えばサーバの設置やネットワークの構築、冗長構成、ストレージの設定などの技術力を発揮する場面は減っていくでしょう。
データベースサーバのパラメータを調整して行うようなチューニングテクニックも、自由度の少ないクラウドでは活用の場が減っていくはずです。
しかし、クラウドの時代にも変わらないのは、システムの多くがやはりプログラミングによって開発されるということです。どのクラウドをプラットフォームに選択するかによって使える言語が異なってきますが、現在と同様に、JavaやVisual Basicなどのプログラミング言語によってシステムを開発していきます。これらのプログラミング能力が重要なのは今後も変わらないでしょう。
ただし、ひが氏が指摘するように、クラウドでの開発で最も変わるのはアーキテクチャの部分です。クラウドを使いこなすためには、クラウドの基本的なアーキテクチャである、スケールアウトに対応したプログラミングを行っていかなければなりません。
スケールアウトとは、大きな問題を小さな複数の問題に分割して分散処理するアプローチです。
どのようにプログラミングを行えばスケールアウトするかは、セールスフォース・ドットコムの「Force.com」やグーグルの「Google App Engine」のように、あらかじめクラウド側でその機能を備えてくれているものから、自分で考えてフレームワークを用意しなければならないアマゾンの「Amazon Web Services」までさまざまな選択肢があります。
また、データベースについても、スケールアウトに適したキーバリュー型データストアと呼ばれる新しいタイプのデータベースが注目を集めています。グーグルの「BigTable」やアマゾンの「Amazon SimpleDB」といったものが代表的なものです。これは従来のリレーショナルデータベースとは異なる仕組みと操作方法、機能を備えているため、データ構造の設計から使いこなしまで新しい知識と経験が必要です。しかし、うまく使いこなすことでクラウドのスケーラビリティやアベイラビリティを最大限に活用できるようになります。
複雑なプログラミング以外の選択肢も広がるでしょう。現在のSI案件ではパッケージソフトのカスタマイズを行うケースが多いように、クラウド時代には、さまざまな機能のアプリケーションがネットワーク経由のサービスとして豊富に提供されることになります。
これらのサービスをうまく組み合わせて、シングルサインオンへの対応やセキュリティの確保、データの同期などの高度なマッシュアップやカスタマイズによって、企業向けの高度なソリューションを提供することが容易になるでしょう。自社でそうしたサービスのラインアップをそろえていくことも大事になってきます。
解決しなければならない問題に対してクラウドが備えているどの技術が適切であり、そのうえでどのように開発を進めていくのか。これまでになかったクラウドに対応した新しいノウハウが、SIerにとって重要なポイントになるでしょう。
■ クラウドで広がる新しいチャンス
案件単価の下落、短納期化など、SIerにとって厳しい話だけではなく、クラウドによってもたらされる新しいチャンスもあります。
1つは新しい技術の登場により、それに対応できる組織や個人が有利になることです。グーグルやセールスフォース・ドットコムといった新しい企業がクラウド市場で存在感を高め、またアマゾンのように他業種からも参入があったように、これまでの業界の序列とは関係なく、あらゆる組織や個人がクラウドを活用したソフトウェアで頭角を現す可能性があります。
それと同時に、クラウドは大規模なシステムへの参入障壁を著しく下げます。これまで、大規模なサーバや多数のサーバを用いる必要のあるシステムには、そうした大規模な開発環境を購入できる資金力のある組織でしか対応することができませんでした。
しかし、クラウドでは誰もが容易かつ安価に大規模なインフラを利用することができるようになり、そのうえでシステムを構築することが可能になります。組織の大小に関係なく、ソフトウェアの開発力で勝負できる意味で、より多くの組織や個人がさまざまな案件に対応できる可能性が高まるでしょう。
そして、クラウド上に構築したアプリケーションは、グローバルに誰でも利用できます。これはiPhoneアプリケーションの開発者にとってアップルがAppStoreを開設したことでグローバルな市場が開けたことと似ています。
セールスフォース・ドットコムは、同社のクラウド上で構築したソフトウェアのマーケット「AppExchange」を開設していますし、マイクロソフトも同社のWindows Azure上でのマーケット「Microsoft Pinpoint」を計画中です。今後、こうしたソフトウェアのマーケットはますます広がっていくでしょう。優れたソフトウェアをクラウド上でスケーラブルに展開できれば、市場は世界中を相手にできる可能性があります。
グローバルといった大げさな話をしなくとも、クラウド上でソフトウェアをオープンに提供できれば、いままで接点がなかった顧客へアプローチできる可能性が高まります。これまで参入が難しかったパッケージソフトウェアの市場へも、クラウド時代には比較的容易に参入できるチャンスが広がるでしょう。
■ もちろん従来の開発案件も続く
オープンシステムが主流の現在でもメインフレームがまだ活躍しているように、すべてのシステムがクラウドに置き換わるわけではありません。ですから当面は、この変化に乗らなくともSIビジネスを続けていくことはできるでしょう。
しかし、オープンシステムの時代とともに、クライアント/サーバやリレーショナルデータベースといった新しい技術と新しい企業が活躍し始めたように、クラウドでもこれをチャンスと見て動ける組織や個人が新たに活躍を始めることになりそうです。自分のいる組織や自分自身がこの変化を味方にできるかどうか、これをチャンスととらえられるかどうか、SIにかかわるエンジニアにとって、じっくり考えてみる良い機会だと思います。
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