第4回 「外の視点」を導入するソフトウェア開発
金武明日香(@IT自分戦略研究所)
2009/12/21
■ 開発現場「以外」から、ソフトウェア開発について考える
鈴木雄介氏 |
グロースエクスパートナーズでITアーキテクトとして働く鈴木雄介氏は、「開発現場で開発以外に大事な4つのこと」という講演を行った。
「これまではソフトウェアを作ることだけを考えていればよかった。もちろんソフトウェアを作ることを考えるのは大事だが、ソフトウェアを『使う価値』について考えてみる必要があるのではないか。しかし、ソフトウェアを使う価値は、ソフトウェアを作る立場から見ても分からない。そのため、あえて違う分野からソフトウェアを使う価値について思考し、何か気付きを得てほしい」と、鈴木氏は提案した。
■ ソフトウェア開発で、持続的な環境作り
鈴木氏は、4つの分野とソフトウェア開発をつなげて話を進めた。第1の分野は「ランドスケープ・アーキテクチャ」。「ランドスケープ・アーキテクチャ」とは、建築学分野の用語で、環境や建築物など土地を構成する要素を基盤にして、都市空間や景観を設計・構築することを指す。 ランドスケープ・アーキテクチャの具体例として、鈴木氏は「都市空間に木を植える」行為を挙げた。
木を植えようと思い、苗木だけを土に埋めても、木は育たない。木が無事に育つためには、土や水、大気や日光など、さまざまなものが必要だ。しかも、環境は長い時間持続していく仕組みでなくてはならない。「木を植えるということは、“木を植える環境”を作るということです」と鈴木氏。
これを、ソフトウェア開発に引きつけてみるとどうだろうか。システムを作るということは、ランドスケープ・アーキテクチャのように、「時間的・空間的に“システムが育ちうる”環境を考えることではないか」と鈴木氏は提案する。仕様変更やユーザー側の変更など、開発現場には常に変化しうる外的環境がある。ソフトウェア開発においても、「環境の変化」を考慮して開発すべきではないか、と鈴木氏は語った。
■ 建物やシステムが具現化する「ルール」
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鈴木氏は、次に「ビルディングタイプ」について話を展開した。ここでテーマになったのは「システムが具現化する規則」である。例えば、刑務所は「最小限の人数で、できるだけ多くの囚人を見張る」ため、どこも同じような構造をしている。建築物が持つステレオタイプ、これがビルディングタイプである。
鈴木氏はパノプティコンやペンシルバニアシステムなど、これまで受け継がれてきた刑務所のビルディングタイプが持つ規則性について言及。「ビルディングタイプは、法律や規則によって成立している。そして、このビルディングタイプが人間の動きを規律化している。ITエンジニアが開発するシステムも、ビルディングタイプと同様に制度を成り立たせているのでは」と指摘した。一方で、「映画館とショッピングモールなどが合わさった複合施設などが増えてきて、ビルディングタイプを解体する試みもある。企業システムもまた、ビルディングタイプを解体すべきなのかもしれない」と付け加えた。
■ 人の認識に頼る「オブジェクト指向」の限界
3番目に鈴木氏が紹介したのは「包囲光(アフォーダンス)」。ここでは「人が同じものを見ているとは限らない」ということと、オブジェクト指向がつなげられた。 なぜ、人はモノを見ることができるのだろうか。理科の授業で習うのは「網膜に像が映るためにモノが見える」という視覚観だ。しかし、アフォーダンス理論では、光は、環境にある無数の「面」に反射してレイアウトを形作り、環境の中に充満し、わたしたちを「包囲」しているととらえる。そして、目の前に提示されるレイアウトから、自分が持っている経験的な情報と符合する「エッジ」を見つけて、モノを「認知」する。 例えば、「線と2つの点」を見てもそれはただの「線と点」だが、一度「これは顔である」という先入観を与えられると、同じ図を見ても「顔」と認知するようになる。もう一度、先入観が与えられる前の認識状況に戻るのは難しい。つまり、認識は個人レベルで変化するものであり、また同じ図形を見てもすべての人が同じように認識するとは限らない 。
「オブジェクト指向でも同じことがいえるでしょう」と鈴木氏。「オブジェクト指向は、人間の認識に頼っている。しかし、人間の認識はこんなに簡単に変化しうるのです。同じ情報が与えられても、皆が同じオブジェクトが認識できるとは限らない。そこに、オブジェクト指向の限界があるように思います」と鈴木氏は問題を提示した。
■ システムに「体」を持たせることはできるか
最後のテーマは、「認知発達ロボティクス」。鈴木氏は、センサーから受け取る外部環境の情報をフィードバックして、自律的に行動を変化させるロボットのビデオを紹介した。ロボットの動きを完全にプログラムするのではなく、状況に適応した動きをさせるのである。こうした動きのダイナミック性を、システムにも応用できないだろうか、というのが鈴木氏の見解である。「実現は100年後かもしれないが」と前置きしたうえで、「人間が知覚したものをソフトウェア化しても、環境の変化には耐えられない。比喩による設計手法には思考・発想的な限界があるのではないか」と提案した。
■ ソフトウェア開発の未来を語り、皆でFusion
講演の後には「ダイアローグ」と呼ばれる対話時間が設けられた。参加者はテーブルごとに自己紹介をし合い、講演内容や開発のあり方について熱心に語り合った。最後には各テーブルで出た話題をお互いに発表し、会場全体で共有しあった。発表者たちからは「まさにFusionですよね」という言葉が何度も出た。「みんなとてもいい感じでした。ありがとうございます」というpapanda氏のあいさつとともに拍手が沸き起こり、イベントは終了した。
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