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IT業界の冒険者たち

第13回 HPのやり手女性社長

脇英世
2009/6/2

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 1999年7月19日、カーリー・フィオリーナはHPの社長兼最高経営責任者に就任した。保守的で男性社会といわれたHPの社長兼最高経営責任者に女性が就任したことは、大いなる驚きをもって迎えられた。カーリー・フィオリーナは就任に当たって、「ガラスの天井はない」という名セリフを吐いた。女性の昇進に当たって、目に見えない障壁はなくなったというのである。社長兼最高経営責任者に就任した後には、すぐに世界中を旅して、各地にあるHPの支社や営業所を訪れた。彼女が東京を訪れたのも記憶に新しい。一般の新聞にも、インタビュー記事が載った。

 カーリー・フィオリーナは、「リーダーシップはパフォーマンスだ」という信条を持っている。これまで、HPの指導者たちはどちらかといえばマスコミへの露出を嫌ったのに対して、積極的にマスコミへの露出を図った。女性誌やファッション誌にまで登場したのである。彼女は業界の傾向が「技術からスターへ」と向かっていることを知っていた。サンは優秀な製品よりもスコット・マクニーリーで知られ、アマゾンはWebの技術よりもジェフ・ベゾスで知られている。同様に、HPも優秀な製品より、自分の個性で知られるべきだと考えたのである。そして、HPにはインターネット戦略が欠けていると感じたカーリー・フィオリーナは、イメージ戦略を強化し、多大な広告費を投入した。

 さらに、カーリー・フィオリーナによると、HPには製品が増えすぎ、ブランド名が増えすぎたという。HPには、「HP」というブランド名だけでたくさんだと考えたのである。つまり、HPというブランド名に絞って、イメージ戦略を展開することが重要であった。「マインドシェアはマーケットシェアだ」という彼女の名文句がある。また、HPは60年の歴史の中で硬直化したと考えている。温情主義によるぬるま湯性、分権主義の横行、官僚主義の横行など実際に問題はたくさんあった。カーリー・フィオリーナは、次のようにいっている。「われわれのやっている愚行を、10項目書いて送ってほしい。私は必ず読みます」

 このように、かなり猛烈な社内改革のため、カーリー・フィオリーナの体制に付いていけず、HPを辞めて去っていく人も少なくないらしい。過激なまでのリストラが行われている。「去る人も出るでしょう」と彼女はいっている。当然、批判もある。彼女が美ぼうを武器にしていることは否定できない事実だろう。そのことが同性の反感を呼ぶ。それに、カーリー・フィオリーナは派手だ。彼女はHPに2機の自分用のジェット機ガルフ・ストリームと、それとは別にさらに2機の小型ジェット機を買わせた。堅いことが取り柄であったHPの古参の技術者から見たとき、眉をひそめたくなるようなところがある。

 カーリー・フィオリーナの1999年度の給料とボーナスは65万4000ドルだが、HPから約60万株分の株式を受け取った。これは6940万ドル相当で、約70億円稼いだことになる。シリコンバレーの標準からしても多い方である。それでも、まだ給料は上がるという。有能な人はお金がかかるのかもしれない。最終的な評価は、会社の業績と株価の動向ということになるだろう。

 なお、カーリー・フィオリーナには24時間中ボディガードが付いているといわれるが、実はもう1人付き人がいる。それは彼女のご主人のフランク・フィオリーナで、元AT&Tに勤めていた重役である。1998年、自分の将来に見切りをつけ、妻の才能を認めた彼はAT&Tを辞めて、妻の世話に献身することにした。フランク・フィオリーナは、どこに行くにもカーリー・フィオリーナに付いていき、身の回りの世話をしている。自動車の運転手まで務めているという。最高経営責任者用運転手の講習まで受けに行ったというから、谷崎潤一郎の小説『春琴抄』を読んでいるような気さえする。

 カーリー・フィオリーナは、確かにある意味で献身に値するすごい女性で、2000年9月22日、HPの会長にもなった。これでカーリー・フィオリーナは社長、会長、最高経営責任者の3つの要職を独占したのである。

 2001年9月、カーリー・フィオリーナは世間をあっといわせた。突如、パソコン業界で最大級のコンパック・コンピュータを買収すると発表したのである。買収額は250億ドル、換算の仕方にもよるが約3兆円級の買収である。この買収の真意がどこにあるかはあまり明らかではなく、互いの製品系列のつぶし合いになるのではと批判があった。それでもカーリー・フィオリーナは買収を強行しようとした。これに対し株式の19%程度を所有する創業者一族のヒューレット家から猛烈な反対が出た。買収は頓挫したかと思われたが、カーリー・フィオリーナはISS(インスティチューショナル・シェアホルダー・サービス)を味方につけ、ほぼ同数の株主を味方につけた。かなりのやり手である。この本が印刷されるころには結果が出ている。どうなるかは別として、普通の考え方では無謀な買収合併である。相当猛烈なリストラをして競合部分を削いでしまわねばならない。さて女帝フィオリーナはどうするのだろうか?

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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