第16回 ルータの革命企業ジュニパーの創立者
脇英世
2009/6/5
1996年2月にジュニパーは創立され、最初にM40ルータの開発に取り掛かった。設立当初は資金繰りが苦しかったらしい。同年にはベンチャーキャピタルであるKPCBのビノッド・コースラが、まず数百ドルを融資した。当面必要となっていたハードディスクの代金だという。随分とスケールの小さな話である。もっとも、ビノッド・コースラは後に400万ドルを融資する。ベンチャーキャピタルとしては、KPCBのほかにもインスティテューショナル・ベンチャー・パートナーズ、ベンチマークキャピタルなどが融資している。また、同年9月には、エリクソン、ノーテル、シーメンス、ニューブリッジ、3Com、UUNetから4000万ドルが出資された。
1998年2月に入っても、ジュニパーの従業員数はわずか85人であった。7月には、同社独自のOSであるJUNOSが誕生した。JUNOSはシスコのIOSと競うことになる。IOSは2300万行を超える巨大なOSに膨れ上がっていた。ジュニパーは、IOSがインターネット向けというよりは、企業向けのOSであると批判した。
同年8月、ジュニパーは初の製品であるM40ルータをリリースした。M40はインターネットプロセッサと名付けられたASICを搭載していた。ASICとはApplication Specific Integrated Circuitの略語で、特定のアプリケーション向けに用意された集積回路である。100万ゲートを超える集積回路であった。M40の核となるのはパケット転送を高速に実行するハードウェアであるパケットフォワーディングエンジンだが、この中にインターネットプロセッサが組み込まれている。パケットフォワーディングエンジンは、ルーティングエンジンとは切り離されて存在している。
1998年11月、IBMとの間にASIC共同開発の調印が行われた。1999年3月には、ケーブル&ワイヤーがM40ルータを採用しており、MCIワールドコムのUUNetも同ルータを導入している。そして1999年6月には、ついにNASDAQへの上場を果たした。ジュニパーの発展はその後も順調で、1999年12月にM20ルータをリリースすると、翌年の2000年3月にはM160ルータを、同年の9月にM5ルータとM10ルータを、それぞれ発売している。これらのルータはハイエンドルータで、その性能は型番の数字から判別できる。例えば、M5は5Gbps、M160は160Gbpsのパケットフォワーディング容量となっているので、分かりやすい。
以上のように急激な成長の結果、ジュニパーの市場価値は520億ドル、つまり5兆2000億円以上になった。ネットワークの名門企業と呼ばれる3Comの市場価値が34億ドル、同じくケーブルトロンが32億ドルといわれているので、あっという間に引き離してしまった格好である。まさに、ロケットのような膨張といえる。現在、ジュニパーが競う相手は冒頭で述べたようにシスコに違いない。その市場価値は3776億ドルで、日本円で37兆760億円以上となる。ジュニパーが創立された数年前に、数百ドルのハードディスクを購入する費用に苦しんでいたという話が、うそのようである。
シスコは、3Comやケーブルトロンとの競争において圧倒的な資本力にものをいわせた。これらの企業と比べて、シスコは100倍の市場規模を持っているのである。例えば、シスコは3Comに強烈な値引き戦争を挑んだ。どんなに3Comが頑張っても、シスコには体力があった。いざ、とことんまで値引きするとなれば、型遅れの製品を徹底した低価格で売るという手段もある。3Comは、とてもかなわなかった。
一方、ジュニパーは3Comのような戦略を取らなかった。同社は平気でシスコ製品の2倍の価格を付けた。性能を優先して、コストパフォーマンスは二の次にしたのである。実際、ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)は、価格よりも性能を重視した。
また、ジュニパーはASICとJUNOSという新しい2つの武器を持っている。ASICのインターネットプロセッサII は、250万ものゲート数になった。インターネットプロセッサII は、次のような仕事をする。
- パケット・フィルタリング
- パケット・サンプリングとロギング
- パケット・カウンタリング
- デターミニスティック負荷分散
ソフトだけに頼るよりも、ソフトとハードの組み合わせを利用したのである。
ジュニパーのシェアは30%台を上下している。対するシスコのシェアは60%台である。さらにジュニパーが大きくなるためには、新しい戦略が必要になってくる。その場合、シスコのような買収戦略は危険だとスコット・クリーンズはいう。これも1つの見識だろう。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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