第17回 バイアコムを買い取った男
脇英世
2009/6/8
事業においては成功していたが、1979年3月には、ホテルの火災によって大やけどを負った。しかも、アンラッキーなことに愛人とともにいたところを火事に襲われたのである。この際、炎を避けるため、ホテルの3階の窓につかまって難を逃れたという伝説が有名なのだが、どうもこれはうそらしい。ボストン消防署によれば、窓の外にぶら下がっていたのではなく、実際は室内にいたという話である。ただし、助かったというだけで、全身の40%以上にやけどを負ってしまった。ひん死の重傷で医師は助からないと思っていたらしいが、実際には生き残った。生命力の強い人である。
そうこうする間にも、ナショナル・アミューズメント傘下の映画館は、1984年の時点で300館にまで増えていた。
1972年の行政命令によって、ABC、NBC、CBSといったアメリカの3大テレビネットワークは、一度放送したエンターテインメント番組を地方局や海外の放送局、CATVに再販売すること(シンジケーション)を禁止された。このため、3大ネットワークは、番組の転売ができなくなった。こうした状況を見越したCBSは、1年前の1971年にシンジケーション部門を独立させ、バイアコム・エンタープライズをつくっていた。その傘下には、ショータイム、ムービー・チャンネル、MTV、ニッケルオデオンなど、有望な会社がいくつもあった。
1984年8月には、サムナーの奥さんであるフィリス・レッドストーンが、結婚37年目にして初めての離婚訴訟を起こした。実際には別居していて、とっくに夫婦と呼べる間柄ではなかったのだが、これに慌てたサムナーは「死以外にわれらを引き裂くものなし」といって奥さんを慰留した。なぜ慌てたのかといえば、彼女には財産の半分をもらう権利があったからである。結局、説得に応じて、1985年1月にフィリスは離婚訴訟を取り下げた。
一方、当時のサムナーは密かにバイアコムに目を付けており、1986年9月には同社の株式を9.9%まで買い集めていた。そして、ついにバイアコムに対して買収を提案した。買収のために提示した金額は、27億ドルである。しかし、翌10月にバイアコムの取締役会は買収の提案を否決したのだった。それでもあきらめずに挑戦を繰り返し、ついに1987年3月、当初に提示した金額は上回ってしまったものの、34億ドルでバイアコムを買収した。このときサムナーは64歳で、バイアコムの会長に就任している。
1991年には、34億ドルを掛けたバイアコムの買収は成功であったことが明らかになり、サムナーは次の目標を探し始めた。
1993年9月、次に買収すべき目標は映画会社のパラマウント・コミュニケーションに定められ、同社を82億ドルで買収しようと図った。ところがQVCのバリー・ディラーが、この買収合戦に参加してきた。
同年11月、ここで間が悪いことに奥さんが結婚46年目にして、2度目の離婚訴訟を起こした。当時、サムナーはバイアコムの株式84%、ナショナル・アミューズメントの株式76%を保有していた。もし離婚が成立すると、その財産を半分失い、画策していたパラマウント・コミュニケーションの買収は成立しなくなってしまう。そこで必死に説得を試みて、このときも離婚訴訟を取り下げることに成功した。
1994年7月、結局バイアコムはパラマウント・コミュニケーションを100億ドルで買収することに成功し、これによってパラマウント・バイアコムが成立した。パラマウント・バイアコムは、TVのネットワーク構築を宣言した。続く同年9月には、ビデオレンタルチェーンのブロックバスターを84億ドルで買収している。この買収はうまくいったものの、ブロックバスターはなかなか利益を生まなかった。
このころ、サムナーはCATV業界の覇権をめぐって、ニューズ・コープを率いるメディア王ルパート・マードックやTCIのジョン・マローンと激しい戦いを繰り広げていた。この争いには、ウォルト・ディズニーも参戦してきた。こうした慌ただしい状況の中、1996年にサムナーはバイアコムの最高経営責任者に就任した。
サムナーの野望は尽きるところを知らない。1999年9月には、76歳にして3大ネットワークの一角であるCBSを、370億ドルで買収することに成功した。CBSは歴史的にいえばバイアコムの親会社に当たる企業であったのだが、子会社に当たるバイアコムによって、買収されてしまったことになる。これにより、バイアコムはさらなる巨大メディア企業へ成長したのだった。
実はこのときも奥さんのフィリスが離婚訴訟を起こした。1999年、実に結婚後52年にして3度目の離婚訴訟である。このときの要求額は実に30億ドル(3000億円強) にもなった。いまやサムナーの総資産は80億ドル(8000億円強)といわれている。あまりに高額なため、奥さんは身の危険を感じ、ガードマンや私立探偵、弁護士団を組織しているらしい。
こうして見てくると、確かに冒頭で述べたようにバイアコムによるヤフー買収のうわさはよくできた話である。しかし、サムナー・レッドストーンの問題は78歳という年齢である。いままで交渉の名人といわれ、執拗な交渉を繰り返して数々の乗っ取りを達成してきたサムナー・レッドストーンだが、それだけの体力がまだ残っているのだろうか。またそうなったときに、奥さんは4回目となる離婚訴訟を起こすのだろうか。興味は尽きない。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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