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IT業界の冒険者たち

第22回 Linuxを開発した学生

脇英世
2009/6/15

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 リーナス・トーバルズを手伝っている人はたくさんいる。中でも一番有名なのがアラン・コックスである。もし読者の手元にパソコンがあって、インターネットにつながっていたら、アラン・コックスの写真を探してみてほしい。衝撃であろう。Linux文明圏というのは、どうしてこうも面白い人間を抱えているのだろうと不思議に思う。

 リーナス・トーバルズは、1996年フィンランドのヘルシンキ大学で修士論文を仕上げ、1997年3月から米国のトランスメタ社で働くためにカリフォルニア州サンタクララに移った。

 だがリーナス・トーバルズは、トランスメタ社で何をしているのだろうと不思議に思ったものだ。そして、トランスメタ社という調べても、調べても、まったく分からない謎に包まれた会社は何なのだろうと思ったものである。トランスメタ社は果たして秘密を守っているのだろうか、それとも取るに足らない会社だから、何も伝えられないのか、それが分からないので困った。

 秘密にしていることが確かなら、それは1つの情報になる。確実に何かあるのだ。存在定理が証明されている。あとは調べればよいだけだ。ただ秘密かどうかも分からないと閉口する。調査が徒労に終わる危険性がある。

 2000年1月19日、リーナス・トーバルズのトランスメタ社入社2年半後に答えが出た。トランスメタ社は声明を発表した。「トランスメタ社は本日、クルーソーの導入によって4年半の秘密性に終止符を打ちました……」

 なんだ。やっぱり秘密だったのか、やれやれと思ったものである。

 リーナス・トーバルズの本当の仕事は、トランスメタ社のクルーソーというCPU用のコード・モルフィング・ソフトウェアの開発とモバイル用のLinuxであったといわれている。

 リーナス・トーバルズは恥ずかしがり屋で写真嫌い。まともな写真がないといわれていた。だが有名になるに従って、写真は楽に手に入るようになった。昔の写真はビールの瓶が傍らに並んでいて酔っている写真が多い。ビールはギネスが好きらしいが何でも飲むらしい。

 リーナス・トーバルズが眼鏡を掛けているのは、顔に比べて鼻が大きすぎるといわれたためらしい。眼鏡を掛けると鼻が小さく見えるという。本当だろうか。布施明のような顔をした人でつい吹き出してしまう。

 リーナス・トーバルズは、すでに結婚してツーベという奥さんがいる。奥さんは武道の心得があるらしい。2人の間にはパトリシアミランダ・トーバルズとダニエラ・トーバルズというお嬢さんがいる。子どもが生まれるまでトーバルズ夫妻は米国に来なかった。米国で生まれれば自動的に米国市民権が取れるのに、である。

 「フィンランドの薬の方が米国の薬よりいいから」とトーバルズはいう。

 Linuxはペンギンをキャラクタとしている。ホームページでペンギンのマークを見ることができる。リーナス・トーバルズはペンギンが好きらしい。

 現在米国にいるが、TVや新聞にはあまり興味がないという。SF小説、ホラー小説を好むらしい。本の趣味に関しては読書家のマーク・アンドリーセンの方が高尚のような気がする。

 『それがぼくには楽しかったから』というリーナス・トーバルズの自伝(小学館プロダクション刊)がある。とても面白い本だ。最近リーナスという人が大きく変わってきているのが分かる。

 リーナスが変わったのは、共著者であるディビッド・ダイヤモンドという人が、リーナスの気持をほぐして話を引き出しやすくするために、ブギー・ボード、サーフィン、テニス、水泳、遊園地、ゴルフ、泥風呂、登山、ビリヤードなど、いろいろな人生の楽しみを彼に教えたことも手伝っているらしい。

 リーナスは昔は「ぼくの注文はいつも決まっていた。コークとドーナッツだ」というようにぜいたくや食べ物には興味がなかったが、最近は少し変わってきた。リーナスは次のように語っている。

 「パロアルトはシリコンバレーの中でもなかなかいい寿司屋が軒を連ねている土地だ。もちろん、いつでも日本のアニメが見られるサンフランシスコのブローフィッシュ・スシや、粋な連中が集まるミッションのトーキョー・ゴーゴー、お偉い常連がついているサウサリートのスシ・ラン、ワサビのきいた最高のマグロの握りを出すサニーベールのセト・スシのようなわけにはいかない」

 米国に渡ったリーナスは、どちらかといえば無骨な緑色のポンティアック・グランダムを運転しているので有名だったが、最近はメタリック・ブルーの2人乗りのコンバーティブルのBMW Z3を買って乗っている。超高級車ではないが、いままでのリーナスのイメージと違う。

 米国に渡ったばかりのリーナスの自宅は、ひどい配管設備の寝室が3つある安アパートで、ほとんど何の調度品もないので有名であった。最近は豪邸を買って住んでいる。超高級住宅地にある大きな家で、メディア・ルーム、スーパー・ボーナス・ルームがあり、バスルームは5つあって、家具はイケアらしい。

 リーナス・トーバルズは金銭的な利益を追求しないことで有名であった。それが彼の誇りでもあり、時々それを裏付けるような発言が出ていた。

 「わたしはビジネス面でビル・ゲイツにはアドバイスを与えられませんが、ビル・ゲイツは技術面で私にアドバイスを与えられないでしょう」

 だが、今度の本で明らかにされたが、リーナスはレッドハットとVAリナックスの株を無償で供与されており、レッドハットの場合が数億円、VAリナックスの場合が最高20億円程度まで上がったらしい。むろん、バブル崩壊で、すべてを手にすることはできなかった。

 リーナスは正直に書いている。

 「マスコミに描かれたイメージはどこへやら、清貧を誓った無私無欲の庶民の英雄は、率直なところをいえば、有頂天になってしまった。よーし、正直にいったぞ」

 共著者が書かせたことは、「成功はリーナスを駄目にしたか?」ということらしく、キリストを荒野で、悪魔が試したような感じを受ける。人が悪いと思う。

 リーナスはこういっている。

 「正直いって、ぼくは謙虚な僧侶のイメージがずっと嫌だった。かっこよくないし、退屈なイメージがあるし、それにほんとじゃないから」

 そうではあるが、フィンランドに生まれた貧乏な若者が1991年に開発を始めたLinuxというOSは世界を大きく変えている。インターネットを利用して、全世界の若者が協力して、草の根運動的に新しいOSを作り上げたのである。商業的に走り過ぎたマイクロソフトのOSや、業界政治に走り過ぎたUNIXなどのOSに比べて新鮮であった。特にLinuxは中身がすべて公開されており、オープンであった。マイクロソフトは1990年代には、君たちはもう中身を知る必要がない。マイクロソフトが提供するAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)だけを理解し、使うだけでよいとした。ブラック・ボックスになってしまったのである。だがLinuxの登場によって、全世界の若者はブラック・ボックスでなく、すみずみまで公開されたOSを手にすることができた。競って若者たちはインターネットへ突進を始めるのである。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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