第24回 インターネットで広がったアドベンチャー
脇英世
2009/6/17
1975年ごろ、ハーバード大学のデーブ・ウォルデンは「D&D」にのめり込んでいた。ウォルデンの居間で開かれた「D&D」の会の常連の1人が、BBNに勤めていたウィル・クローサーだった。BBNはインターネットの先祖ARPANETのIMP(Interface Message Processors)を作った会社である。IMPとは今日の言葉でいえばルータのようなものだ。ウィル・クローサーはBBNのコンピュータ技術者であると同時に熱心な洞窟探険家であり、彼の妻のパットも洞窟探険家として有名だった。ここでいう洞窟はゲームの洞窟でなく本物の洞窟である。ケンタッキー州のコロッサル洞窟などである。米国の東海岸では、洞窟探険が案外人気のある趣味であるらしい。
1976年、ウィル・クローサーとパットは離婚した。傷心のウィル・クローサーが2人の娘に何かしてやれることはないかと始めたのが「D&D」にヒントを得たプログラムの作成であり、これが「アドベンチャー」である。「アドベンチャー」の設計に当たってはウィル・クローサーの洞窟探険の経験が生かされたという。ウィル・クローサーは3、4週間でプログラムを完成した。DECのPDP-10用で、FORTRAN言語で書いてあった。彼の子どもたちはこれを楽しみ、ウィル・クローサーは友達に配ったりもした。しかし離婚で憔悴(しょうすい)したウィル・クローサーはそれ以上「アドベンチャー」のプログラムに磨きをかけることはなかった。
1976年、ウィル・クローサーは「アドベンチャー」のプログラムをBBNのコンピュータのファイルに残したままカリフォルニアに旅立った。このプログラムは本人不在のままARPANETを通じて広まっていった。本人がいなくとも広まっていくのがインターネットの面白いところである。
SAIL(スタンフォード大学人工知能研究所)の大学院生ドン・ウッズは、スタンフォード大学医学部のコンピュータで「アドベンチャー」のコピーに出合った友人から、「アドベンチャー」のうわさを聞きダウンロードした。インターネットによって東海岸のBBNのコンピュータから西海岸のサンフランシスコ郊外のスタンフォード大学に「アドベンチャー」は広がっていたのである。
ドン・ウッズの手に入れた「アドベンチャー」にはバグがあって、ドン・ウッズはこれを修正するためにソースコードを入手しようとした。そこで彼は「アドベンチャー」の作者として名前が記されていたウィル・クローサーに連絡を取ろうとして、ARPANETのすべてのホストコンピュータに電子メールを送った。その結果判明したウィル・クローサーの居所はゼロックスのパロアルト研究所であった。ウィル・クローサーは喜んでドン・ウッズにソースコードを引き渡した。勇んだドン・ウッズは数カ月をかけて「アドベンチャー」を書き直した。
改良された「アドベンチャー」はSAILのコンピュータに置かれ、誰でも楽しむことができた。「アドベンチャー」はARPANETを通じて広がっていった。「アドベンチャー」はFORTRANで書かれていたので移植は簡単であった。ウィル・クローサーもドン・ウッズも移植を奨励し、助言を与えた。
ウィル・クローサーとドン・ウッズはある意味で1970年代のハッカー文化と草の根のコミュニティ文化を代表している。2人とも「アドベンチャー」でもうけようなどとはまったく考えていなかったのである。純粋に興味だけで「アドベンチャー」を開発し、開発の終わった後は誰でも無償でアクセスできるようにした。
ドン・ウッズの要請でウィル・クローサーがソースコードを引き渡したようなことは、いまでは考えられない。ドン・ウッズはウィル・クローサーにソースコードをもらう必要はなく、ウィル・クローサーに断らずにまったく新しく設計し直してしまえばよかったのである。ウィル・クローサーとドン・ウッズは「アドベンチャー」でもうけた様子もなく、その後どうなったかもよく分からない。この辺が1970年代の草の根文化のすごいところだ。
それにしても「アドベンチャー」の思想的背景にはトールキンがおり、このトールキンの流れは『ナルニア国物語』シリーズのC・S・ルイスに引き継がれていく。さらに、ボームの『オズの魔法使い』にも通じるところがある。この話も奥深く、地図を一生懸命作っている人がいるが、トールキンの小説の場合も地図やイラストがたくさんあって、インターネット経由でダウンロードできて面白い。ゲームの発祥とインターネットが深くかかわっているということが非常に興味深い点だ。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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