第26回 山奥の桃源郷でゲームを作る夫婦
脇英世
2009/6/19
ケン・ウィリアムズのユニークな点は、原始的ながらグラフィックスを組み込んだこととアセンブリ言語によるプログラミングを採用したことであった。「ミステリーハウス」がアドベンチャーゲームにグラフィックスを持ち込んだ最初のプログラムであるかどうかについては多少の疑問は残るが、ヒットしたアドベンチャーゲームでグラフィックスを採用したものとしては最初の方に属するだろう。
「ミステリーハウス」もしくは「ハイレゾ・アドベンチャーNo.1」という名前が付けられたこのソフトは、2人の設立したオンライン・システムズ社から1980年5月に売り出された。結果は大ヒットであった。続いて「魔法使いとお姫様」もしくは「ハイレゾ・アドベンチャーNo.2」も大ヒットで、2人はロバータの故郷であるオークハーストの南の、コースゴールドに家を買った。年末にはオークハーストに会社の社屋を買った。
こうして彼らはアメリカンドリームの世界をひた走る。1982年9月にはオンライン・システムズという社名は、近くのヨセミテ国立公園のシエラ山脈にちなんでシエラ・オンラインと変更された。山奥に桃源郷をつくったのである。1983年までの彼らの活躍はスティーブン・レビーの 『ハッカーズ』(古橋芳恵・松田信子訳、工学社刊)第3部に詳しく書かれている。わずか3年間ではあるが、息をもつかせぬ展開である。しかし普通はこれで話が終わってしまう。パソコン業界で成功して生き残った例はマイクロソフトを除いて極めて少ないのである。
ロバータの想像力は枯渇せず、その後も1982年「ダーク・クリスタル」を、1984年大ヒット・シリーズ「キングス・クエストI(KQ Iと省略することがある)」を生んだ。KQ Iは3Dアニメを使った。1989年のKQ IVはサウンドカードとフルオーケストラのサウンドトラックを使った。KQ VII では高解像度のシネマティックセルアニメーションとサウンドトラックを効果的に使った。KQはシリーズとして300万本を超す大ヒットとなった。完全とはいい難いが、いつでも最先端の技術を使おうとするのがシエラ・オンラインの特徴である。
1993年ケンとロバータはシエラ・オンラインの本社をワシントン州ベルビューに移転した。マイクロソフトの近くに行って優秀な人材を引き抜くためである。
またシエラ・オンラインは買収を繰り返し多角化していった。フライトシミュレータを得意とするオレゴン州のダイナミックス、レーシングゲームを得意とするマサチューセッツ州のパピルス、戦略ゲームを得意とするマサチューセッツ州のインプレッションを買収した。シエラ・オンラインはアドベンチャーゲームを核に次第に広い範囲をカバーするようになったのである。ヨーロッパではフランスに本拠を置くコクテルを買収して拠点を得た。
1991年、シエラ・オンラインはパソコン通信ゲームを扱うためのイマジネーション・ネットワーク(INN)を設立した。1993年7月これに電話会社のAT&Tが20%、投資会社のジェネラル・アトランティック・パートナーズが20%で資本参加した。シエラ・オンラインの持ち株比率は0%であった。AT&Tが何をやろうとしていたのかは当時でも不可解であるが、AT&Tはパソコン通信を使って3DOやセガ・アメリカのゲームを配信しようとしていたらしい。
さらに不可解なことに1994年11月、AT&TはINN全体を買収してしまう。4000万ドルであった。
気まぐれとしか思えないのは1996年4月5日、AT&TがINNを売却してしまったことである。すでにインターネットの時代でパソコン通信の時代ではないという認識である。そんなことは1993年7月の時点で明らかであったと思われるのだが、超巨大組織AT&Tのやることは分からない。米国内でもAT&Tはついに何をやろうとしていたのか分からなかったと報道された。
シエラ・オンラインは、金銭的には損がなかったはずだが、ケン・ウィリアムズはやはり精神的打撃を受けたらしい。最大の失敗といっている。
1996年2月、シエラ・オンラインはCUCインターナショナルによって11億ドルで買収された。ケンとロバータの持ち株比率は9%で9900万ドルに相当する。ビル・ゲイツの保有するマイクロソフト株式の4兆円にははるかに及ばないが、こちらは一応精算が済んだ金額である。CUCに買収されたからといって会社を辞めたわけではない。依然としてシエラ・オンラインは存続し、ケンもロバータもシエラ・オンラインの経営に当たっている。従業員は700人程度といわれている。
しかしアドベンチャーゲームも時代とともに変わったのかもしれないと思わせるのは、「PHANTASMAGORIA2」(*2)で、ロバータの「PHANTASMAGORIA1」を引き継いで登場したローレライ・シャノンの存在によってである。これは何ともものすごい女の人だ。
(*1)PHANTASMAGORlA2(ファンタスマゴリア2)は、シエラ・オンラインの製品で最も売れた製品となった。 |
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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