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IT業界の冒険者たち

第32回 リーナス・トーバルズを招いた男

脇英世
2009/7/3

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 トランスメタ社設立後、最初の6カ月間ほどはデビッド・ディツェルの家の居間が会社であった。その後、ウォールデン・グループとインスティチューショナル・ベンチャー・パートナーズというベンチャーキャピタルが資金を提供してくれることになり、いくらか体のいい建物に移った。

 これに続いてマイクロソフトの共同設立者ポール・アレンのバルカン・ベンチャーズをはじめ、インテグレイテッド・キャピタル・パートナーズ、ヘッジファンドで有名なジョージ・ソロスのジョージ・ソロス・ファンド、ドイチェ銀行、チューダー投資などから資金が提供された。

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 デビッド・ディツェルは、クルーソーにVLIWというアーキテクチャを採用した。VLIWとは「大変長い命令語(Very Long Instruction Word)」の略である。簡単な命令セットだけに切り詰めてしまおうというRISCとは、正反対のものだが、面白い考え方だ。

 また、デビッド・ディツェルは、クルーソーの上でインテルx86のソフトウェアを動かすための、「コード・モルフィング・ソフトウェア」を作らせた。コード・モルフィング・ソフトウェアは、普通フラッシュROMに書き込んで使われる。

 さらに「モア・コード、レス・シリコン」、つまりプログラムコードを増やし、シリコントランジスタを少なくするという方針の下、クルーソーのトランジスタ数の増加は極力抑えられ、マイクロプロセッサの発熱を低く抑えることができた。これにより低消費電力化が達成されることになる。

 設立以来、トランスメタ社の機密保持は極めて厳重であったため、外部からは何も分からなかったのである。秘密があまりに厳重に守られたためか、産業スパイの暗躍が伝えられた。このため、「コンフィデンシャル(機密)」と書かれた特別製のゴミ箱が、社内に用意されたらしい。警備会社が、このゴミ箱の中身を回収してシュレッダーにかけ、書類の断片すら外へ出ないように警戒していたという。

 1997年3月にリーナス・トーバルズがトランスメタ社に入ったことは、外部の目をクルーソーから引き離し、Linuxに向けるのに役立った。リーナス・トーバルズの本当の仕事は、コード・モルフィング・ソフトウェアの開発とモバイル用のLinuxであったといわれている。

 1998年11月の特許出願によって、わずかだがトランスメタ社がコード・モルフィング・ソフトウェアを開発していることが明らかになった。しかし、憶測が飛び交うばかりで、やはり同社のやっていることは分からなかった。トランスメタ社のハードウェアとソフトウェアのチームは1kmほど離れた2つの建物に分かれて入っているので、デビッド・ディツェルは自転車で建物の間を行き来していたという。

 2000年1月19日、トランスメタ社が超軽量のモバイル・インターネット・コンピューティング用プロセッサとして、クルーソーを開発したことが明らかにされた。クルーソーは、低消費電力でありながらハイ・パフォーマンス、そしてPCとの完全なる互換性を目指している。

 クルーソーのVLIWエンジンは、2個の整数ユニット、浮動小数点ユニット、メモリユニット、分岐ユニットから構成され、整数ユニットのレジスタファイルには64個のレジスタがある。

 クルーソーの長い命令語はモレキュール(分子)と呼ばれ、64ビットか128ビット長で、4個までアトム(原子)と呼ばれるRISC的な命令を含むことができる。モレキュールの中のすべてのアトムは並行的に実行でき、モレキュールは順番に実行される。ペンティアムII やIII のようなスーパースカラー・プロセッサが持っているアウト・オブ・オーダーの実行を可能とするような複雑なハードウェアは持っていない。当初、クルーソーは動作クロック周波数400MHzのTM3120と、同じく700MHzのTM5400の2つが発表された。

 トランスメタ社には、いまのところ、本格的な半導体生産の設備はなく、公式には確認が取れていないが、クルーソーの本格的製造はIBMに委託するのではといううわさがある。IBMやソニーやゲートウェイ、NEC、日立など大手ベンダが、ノートパソコンやモバイル機器へのクルーソー採用を発表した。

 トランスメタ社のIPO(株式上場)は近づいている。また1つ、シリコンバレーでの成功の神話が生まれようとしているのだ。ただ、インテルが猛烈な反撃に出ることが予想され、そうそう簡単に、バラ色の将来が期待できるわけではなさそうだ。

 トランスメタ社は2000年11月6日、NASDAQでIPO(株式上場)を実現した。初値は1株21ドルだった。40ドル台に上昇したこともあったが、その後、徐々に値を下げ、2001年8月には2ドル台にまで落ちた。同月トランスメタの株主による集団訴訟が起こされた。

 訴状では概略、次のようにいっている。

 「トランスメタは、通常ノートブックとして知られるコンピュータのためにクルーソーと呼ばれる新しいコンピュータ・プロセッサ・チップを開発した。トランスメタはクルーソーは低消費電力で長いバッテリ駆動時間をはじめとする多くの魅力的な機能を備えていると宣伝した。トランスメタはクルーソーの出荷が順調であるとした。

 しかし技術系のジャーナリストがクルーソーを評価すると、トランスメタの主張に疑問が生じてきた。低消費電力で長いバッテリ駆動時間を保証するというトランスメタの主張にもかかわらず、バッテリの駆動時間にはさして差がなかった。加えてトランスメタの経営陣の中には、トランスメタの株式を何百万株と売り出した者があった。トランスメタの技術は優秀で、セールスは順調であるという主張には疑問が残る。

 トランスメタの株は2001年6月以来、急激に下降し、8月には3ドルを切るようになった。株主としてはトランスメタの株式を購入したことによる損害を補償してもらいたい……うんぬん」

 IBMがクルーソーの発売早々に否定的な見解を発表したことも大きかったし、また日本市場での不振も打撃であった。いずれにしても勝たなければ駄目な市場なのである。厳しい業界である。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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