第5回 自分を磨く場所は会社の中だけじゃない
千葉大輔(@IT自分戦略研究所)
2006/11/23
現在ITエンジニアという職業は3Kといわれ、若者の間では人気が落ちてきている。さらにエンジニアリングの世界から離れてしまうITエンジニアも増えているという。@IT自分戦略研究所はこの事態を見過ごすことはできない。そこでITエンジニアの価値や生活を向上させるヒントを探る。 |
ITエンジニアの中には「勉強したいがいまのプロジェクトや会社では難しい」「自分のやりたいことがなかなかできない」と悩んでいる人も少なくないだろう。その悩みの解決には部署移動や転職といった方法も1つの手段だ。
そこに「会社以外の開発コミュニティに参加」という方法を加えてみたらどうだろうか。会社での仕事とは別に開発コミュニティで活動をしているITエンジニアに、開発コミュニティに参加する理由や、コミュニティに参加していることでスキルやキャリアにどんな影響があるのかなど話を聞いた。
■メンバーはやる気のある人をスカウト
話を聞いたのは、Linuxのディストリビューション「Momonga Linux」を開発する「Momonga Project」のメンバーだ。Momonga LinuxはXglやAIGLXなどを用いた3次元デスクトップやRuby on Railsなどの新しい技術を積極的に取り入れているのが特徴だ。今回は開発メンバーの中から次の5人に集まってもらった。
■田淵貴昭氏 Momonga Linux 2 のリリースマネージャを担当。次期リリースのMomonga Linux 4 のリリースマネージャ担当予定。 ■高畑雅弘氏 Momonga Linux 1および今夏リリースしたMomonga Linux 3のリリースマネージャを担当。Momongaプロジェクトのサーバ管理者でもある。 ■中丸睦彦氏 Momonga Linux ppc-liveなどPPC版のパッケージ作成を担当。そのほかコミケットなどイベント出展関連も担当。 ■meke氏 coMomonga Linuxのマネージャ。3Dデスクトップやインストーラ、gcc、glibcなどのメンテナンスを担当。 ■中谷俊晴氏 Emacs全般、マイナー言語処理系いろいろ、Eclipse、Plaggerなど基本的に自分が気になったパッケージのメンテナンスを担当。 |
――プロジェクトを開始した経緯を教えてください
田淵 「もともと『Kondara Project』というプロジェクトがあって、そのプロジェクトが解散するとき、CVSのリポジトリが公開されていたので、それを引き継ぐ形でMomonga Projectはスタートしました」
――現在、何人くらいの方がプロジェクトに参加しているのですか
田淵 「アクティブメンバーは20人くらいだと思います」
――メンバーの方はどういった経緯でプロジェクトに参加するのでしょうか
田淵 「メーリングリストにテクニカルな質問をしてくる人を、人事担当者が直接メールでスカウトするという流れです。できる人を一本釣りするという簡単な方法です(笑)。メーリングリストに質問を送ってくれる人は、もともとやる気があるので、誘うとだいたい受けてくれます」
高畑 「断られても何回かお願いする感じですね」
田淵 「断られても参加してもらえるまで誘い続けると。逆に『参加させてください』といわれたケースで断ったのは、Momonga Linuxをまったく触ったことがないなどの2例ほどです」
高畑 「Momongaについて何か書いている日記やブログを検索して、結構面白い話を書いている人を誘ったりもします」
――田淵さんと高畑さんは、前身のプロジェクトから参加なさっているとのことですが、ここにいるメンバーの方々はどのようなきっかけでプロジェクトに参加されたのでしょう
中丸 「確か『参加申請』のリクエストを出したと思います。ちょうどメンバー募集があって、役に立てるかなと」
meke 「スカウトです。もともとcoLinux向けにMomonga Linuxを調整した『coMomonga Linux』を作っていたのですが、突然日記にスカウトがきてそのまま参加しました」
中谷 「もともとMomonga Linuxを使っていたのですが、2006年の初めごろにgccやglibcが動かないことがあって、『こりゃ開発者の近くに行かないと』と思いOSC(オープンソースカンファレンス)に参加して、それからメンバーになりました」
■面白いこと、新しいことがやれる場所
――プロジェクトに参加するモチベーションはどういったところにあるのでしょうか
meke 「変なことや新しいことがやりたいだけですね。例えば3Dデスクトップとかすぐに試したくなるし、新しいバージョンのパッケージも使いたくなります」
中丸 「面白そうだし、まだ誰もやっていないからですね。誰もやっていないので余計なものをいろいろと……」
田淵 「みんな新しいこととか変なことが好きだよね(笑)。新しいことや面白いことをやれるのが大きいんじゃないかと思います。作っているのはディストリビューションですが、どちらかというと自分の作ったものを試すことができる環境を提供している感じです。そこに実験的な面白さがあると思っています」
meke 「Momonga Projectはやりたい放題というか、自分のできる範囲であれば何でもやらせてもらえるので、開発者の修業場としていい環境じゃないでしょうか」
田淵 「実力に応じて権限を渡して、好き勝手にやってもらうスタンスなので、どちらかというと技術者志向のプロジェクトですね。できる人に任せてしまうということが浸透してます」
高畑 「権限を渡すというか、勝手にやってもらってダメだったら後で勝手に直す感じです。リリースのときに品質について問題がある場合、直すとか削除することに同意してもらえるのなら『何やってもいいよ』というスタンスです」
■プロジェクトに参加するメリットとデメリット
――プロジェクトで得た知識や経験が本業の場で生かされているのでしょうか
高畑 「OSやディストリビューションの深いところの動き方は、実際に作る機会がないとなかなか分かりません。仕事は運用をしていますが、開発のところからコミットしてネットワークの構築や運用全体をやっている会社にいるので、プロジェクトで得たノウハウを提供できますし、会社からはそういうノウハウを持っていることを期待されています。趣味と仕事が合致している感じです。好きなことをやって仕事になるのが一番モチベーションが上がりますね」
中谷 「コンパイラの研究をしています。そのため、Momonga Linux を開発するときに得られたgccやglibcの細かな知識が役立ちます。また、プログラミング言語そのものの研究にも関心を持っているので、興味を持った言語をすぐに試せるMomonga Linuxは、私の作業環境として最適だと思います」
中丸 「業界の違う仕事をしているので、直接役に立つことはあまりないですが、自分がやっている作業のWindowsでは面倒な部分にcoMomonga Linuxを使って仕事の効率を上げています」
meke 「開発の仕事をしていますが、ハードウェアに近い部分で作業をしています。仕事で何かエラーメッセージが出たとき、これまではハードウェアメーカーに問い合わせるしかない状況でした。でも、Momonga Projectで開発をしているうちに原因のアタリを付けたり問題を切り分けたりができるようになって、問題解決までの時間が非常に短くなりました」
田淵 「仕事ではどちらかというとサーバ側の設計と構築が多く、下準備として調査活動が必要になります。プロジェクトで活動しているおかげで、まとめた情報が出しやすく仕事の工数を先行投資できている感じがします。あと、私と高畑さんはプロジェクトでリリースマネージャをやったことがあるので、そういうプロジェクトマネジメントの経験も積めたと思っています」
――逆に本業以外の開発コミュニティで活動をしている中で、つらいことはありますか田淵 「つらいと思ったことは特にないです。眠いことくらいですね。Momonga Projectでは主にIRCを使ってメンバー間のコミュニケーションを取っているのですが、夜中の3時くらいに面白い話がやってくるので寝られなくなったりします」
中丸 「リリース前やイベント前になると忙しくなって、睡眠時間があんまり取れなくなります。あと、田淵さんがいうとおり夜中になると面白い話がきますね。ただ、睡眠時間が取れないことを苦労とかつらいとか思わないですね」
田淵 「結婚している人の中で電気代についてもめるケースがあります。ここの5人は大丈夫ですが、常時コンパイルをしていると結構電気代がかかります。それで奥さんに怒られたという話を聞きました」
meke 「開発マシンをメンバーの方にいただいたのですが、非常に電力を消費するマシンで(笑)、電気代がそれまでの倍になりました。一人暮らしなので怒られることはないですが」
――プロジェクトに参加することでキャリア形成や、人脈が広がるなど本業以外で良い影響はありましたか
田淵 「人脈は結構広がると思います。キャリア形成は極端な例を挙げると、プロジェクトにいる優秀な人を自分の働いている会社に引っ張ってくるということもあります」
meke 「メンバーの人に引っ張ってもらって転職が決まりました(笑)。プロジェクトで得た知識や経験のおかげで転職が決まり、さらに転職先でその知識や経験が生かせるので非常に良かったと思います」
中丸 「スキルのある方々がIRCにいるので、分からないことがあっても質問をすればアドバイスを返してもらえます。それをきっかけにしてスキルアップができていると感じます」
中谷 「IRCでやりとりされる内容が面白いです。自分がいる研究の世界と実際に運営している人たちの世界にギャップを感じます。プロジェクトに参加することで視野が広がります」
高畑 「雑誌の取材などで写真が載ると親に見せられるかなと。親にどんな仕事しているのかと聞かれて説明しても分かってもらえませんが、自分の写真が載っているものを見せれば、一応納得してもらえます」
■自分のやりたいことは会社の外にもある
今回話を聞いた皆さんは、開発プロジェクトで得た知識や経験を多かれ少なかれ自分の仕事に生かしている。しかし、それよりも開発自体を非常に楽しんでいる様子がよく伝わってきた。
自分の目標と会社から求められているもののギャップに悩むITエンジニアもいるだろう。しかし、希望をかなえられる場所は何も会社だけとは限らない。積極的に会社の外に視線を向けてみよう。そこには自分のやりたいことが待っているかもしれない。
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