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パソコン創世記


TK-80への不満

富田倫生
2009/8/28

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 ところが、コンピュータをより幅広く使っていこうとすれば、機械語の難解さがネックになってくる。より幅広い人間にプログラムさせるためには、数字の羅列としか映らない機械語ではなく、普段人間が使っている言語に近いプログラミング言語が求められることになる。こうして、大型コンピュータの世界では、プログラミング言語を分かりやすくするための試みが続けられることになった。

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 まず、機械語の数字の組み合わせを、人間に理解しやすい記号に置き換えたアセンブリ言語が生まれ、続いてコボルやフォートランなどの高級言語が開発される。高級といっても、レベルが高く難解である、という意味ではない。逆に普段人間が使っている言葉、自然言語に近く、理解しやすいというニュアンスを、「高級」の2文字は表わしている。

 ただし、高級言語が開発されたといっても、コンピュータが直接に取り扱えるのは機械語だけ、という事情に変化があったわけではない。そのために、こうした人間に理解しやすいプログラミング言語を使うためには、高級言語と機械語のあいだに立って翻訳作業を行うものが必要になる。コンピュータではこうした翻訳作業もソフトウエアによって行われる。つまり、あるコンピュータである高級言語が使える状態になっているとすれば、それはその言語の翻訳プログラムを、コンピュータが記憶装置にたくわえているからである。

 そして、TK-80――。

 TK-80は、もともと高級言語の翻訳プログラムを持っていない。である以上、ただの数字の羅列としか目に映りにくい機械語でしか、プログラムを組むことができない。

 そのために、TK-80のユーザーの多くは、1つ1つの数字の組み合わせが何を意味しているか理解できないまま、とにかくリストどおりに間違いなくキーを押していく結果になりやすい。

 翻訳プログラムを自分で見つけてきてTK-80に記憶させようとすると、今度は記憶容量の壁にぶつかることになる。標準で備えられている記憶装置のうち、ユーザーが利用できる部分がわずか512バイトでは、そもそも翻訳プログラム自体が収まりきらない。

 ただし、こうした不満の数々は、ある意味ではTK-80に対する不当なけちつけともいえよう。繰り返し指摘したことではあるが、渡辺たちが作ったのはあくまでマイクロコンピュータの機能を理解してもらうための教材である。それも、素人向けではない。いろいろな機械を設計、製作している技術者に理解してもらい、それぞれの機械のコントローラーとしてマイクロコンピュータを使ってもらうためのものである。使い勝手が悪いというTK-80に対する不満など、一種の誤解にもとづいた偏見である。

 トレーニングが目的なら、自分で頭を使いながら組み立てた方がいいのは当然。確かに電源は付けておいた方がよかったかもしれないが、それでは値段から見て上司のハンコがもらいにくくなったろう。機械語は分かりにくいといっても、技術者にはそこまで上がってきてもらわざるをえない。記憶容量うんぬんに関しては、問題外。飛行機の操縦士を訓練するフライトシミュレーターが実際には空を飛べないからといって、誰が文句をいうだろう。要するにトレーニング、マイクロコンピュータのイメージがつかめればよいのであって、それでたいしたことができないからといっても文句をいわれる筋合いではない。たいしたことは、本番でやってもらえばよい。専門の機器にマイクロコンピュータを組み込み、これまでにはとてもできなかったたいしたことをやってもらえばよいのである。

  ところがユーザーの一部、いや、かなりの部分が、TK-80を取り違えてしまった。彼らはこのマシンを、個人用のコンピュータだと思っているらしい。そうした誤ったとらえ方をすれば、TK-80に不満の声があがるのも当然だろう。

 製品として完成しておらず、高級言語も使えず、記憶容量は絶望的に貧弱。他の周辺機器とつなぐという拡張性に対する配慮も欠けている。コンピュータと呼ぶのもおこがましい、絶望的な、超貧弱マシンである。

 しかしそれはあくまで、誤解にもとづいた偏見である。それにそもそも、個人がコンピュータなぞ持って、いったい何をしようというのか。個人用コンピュータなどという代物が、果たして存在しうるのか。

 だが、渡辺たちの思惑を超えて市場に出たTK-80は、一人歩きを始める。誤解にもとづいたユーザーとともに、TK-80は敷かれたレールから逸脱し、超貧弱マシンとして歩みはじめるのである。

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