逸脱への歯止め
富田倫生
2009/9/10
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など |
「そんなもの作って、いったいどうやって売るんだ」
PC-8001のプロトタイプを前にして、日本電気専務、大内淳義は初めて渡辺の動きにストップをかけた。
大内淳義――。
1966(昭和41)年、当時の社長、小林宏治の抜擢によって新設された集積回路設計本部長となってから、日電の半導体事業を育て上げてきた、ミスター半導体である。
新設したマイコン販売部が、マイクロコンピュータの理解を得るために、TK-80という教材を作るという。それはいいだろう。TK-80発売の翌年、自らがまとめ役となって『マイコン入門』なるTK-80の入門書を出した。これも最終的には、マイクロコンピュータを売るという本業に結びつくと考えてのことである。
ところが7月にこの本が廣済堂から売り出されると、2カ月あまりもベスト10の4、5位につけている。自分自身、「マイコンの本がこんなに売れるなんて、世の中おかしな方向に動いているな」と首をひねってはみても、本業はあくまで電子デバイスの製造と販売である。
各社が同様のワンボードマイコンを発売している中で、今度はTK-80をベーシックの使えるマシンに変身させるTK-80BSを出すという。
それもいいだろう。
さらに続いては、これまでのキットではなく、組み立て済みのTK-80とTK-80BSを組み合わせ、ケースに収めたコンポBSを売り出すという。渡辺の説明によれば、ユーザーの中から「我々ははんだごてを使って組みたいんじゃない。でき上がったものを使いたいんだ」という声が強いのだという。マイクロコンピュータの学習用ではなく、コンピュータとして使いたがっている人間が急増しているということか――。
しかし。
日本電気株式会社――。
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1899(明治32)年、アメリカの電話企業、ウエスタンエレクトリック社が発起人となって設立された、第1号の外資合弁会社。1932(昭和7)年には住友系の傘下に入ったが、創業以来一貫して、官需中心に電話機、交換機、のちには無線通信機、コンピュータ作りに携わってきたハイテック企業である。
ただし、民需へのパイプは、まったくもって弱い。
子会社の新日本電気(当時)から家電製品が売り出され、それが唯一、NECブランドと大衆との接点となっていたが、家電への進出はけっして成功したわけではない。
本丸はあくまで電気通信とコンピュータ。口の悪い連中には、電電公社の下請けと揶揄されるほどの官需一本やりの会社だったのである。
それゆえ、TK-80の発売当初は誰も見向きもしなかったものが、なまじ売れてくると逆に、社内から「何でそんなオモチャを作ったりするんだ」とか「キットなど作ってクレームがついたら、社のイメージを傷付ける」といった反発が湧いてくる。さらに完成品のコンポBSとなると、これまでのように「カタログに毛のはえたようなもの」といういい方は通用しなくなるだろう。
だが大内は、ここまでの逸脱は許した。いささかフライング気味の渡辺の動きを、押さえようとはしなかった。どうせTK-80が売れているのだから、コンポBSがだめでもいざとなればケースをはずして売ってしまえばよい。ただし、「あまりはでにオモチャみたいなものを作って恥かくのもなんだから、むちゃだけはするなよ。本業はあくまで、デバイス屋なんだからな」と釘をさすのだけは忘れなかった。
ところがこの釘が、さっぱり効かなかったようである。
PC-8001のプロトタイプを前に、大内淳義はしばらくのあいだ悩み続けることになる。
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