TK-80とタケシ
富田倫生
2009/10/26
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など |
ものを所有したいという欲求を、タケシは久しぶりに味わった。
豊里の実顕地に参画するとき、それまで持っていた本はすべて、近くの図書館に引き取ってもらった。それ以来、本もたまらなくなった。広島に帰ってからもかなり本は買ってはくるのだが、読み終えると感想を添えて友人にあげてしまう。小さな本棚にしばらくとどまるだけで、本はつぎつぎに消えていった。
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ところがTK-80は、たまらなく欲しくなった。広島市内にあった日本電気の電子デバイスの販売店に行ってカタログをもらってきた。
本棚にも『I/O』『ASCII』『マイコン』といったコンピュータ雑誌だけは残るようになった。
そして、学びたくなった。
大学に行くことも考えたが、金銭的に難しい。職業訓練校の電子科でエレクトロニクスの基礎を学ぼうと思い、電話工事の仕事をやめさせてくれるよう頼みにいった。「もう少しやってほしい」と、強く引きとめられた。
職があっては、職業訓練校に入るわけにはいかない。妥協案として、理数系の夜学を探した。広島には、コンピュータの専門学校しかなかった。取りたてて大型コンピュータに関して興味があったわけではなかったが、昼間は電話工事の仕事を続けながら、1979(昭和54)年4月から、専門学校に通いはじめた。
授業は週3回、午後6時から9時まで。
課目にはフォートランやコボルといった高級言語、ある仕事をコンピュータにやらせようとするとき手順をどう組み、機器をどう構成し、どのようなプログラムを作るかを組み立てていくシステム設計、それに経理絡みのタケシには唯一興味のないものもまじっていた。
まずは、警察学校以来6年ぶりに味わう、授業そのものが新鮮だった。
これまでにも『マイコン基礎講座』をきっかけとして数冊を勉強し、マイコン誌を読みはじめた。だがこうして授業を受けてみると、つくづく独学には限界があると感じる。
1人で本を読んでいるときは目からしか入ってこなかった情報が、耳からも入ってくる。さらに、先生の話を耳で追いながら、引っかかったポイントを頭の中で発展させることさえできる。
もちろんタケシが授業なるものにこうした感想を持ちえたのも、この時期、彼のコンピュータに対する傾斜がいかに強かったかを示しているのであろう。
コンピュータを動かすためには、まず記憶装置にプログラムを読み込んでくる必要がある。ところが、このプログラムを読み込んでくるという動作も、じつはプログラムによって実現されている。では、そのプログラムは――ときりがなさそうに思えるが、こうしたコンピュータを立ち上げるための方法の1つに、ブートストラップと呼ばれるものがある。
ブートストラップとは、一般には靴紐の意。最初に簡単な操作を行えば、あとは靴紐を引っ張ったようにずるずると一連のプログラムが読み込まれていく。
タケシの通った専門学校には、沖電気のOKI TAC4000というミニコンピュータ――ミニといっても大型機に対してミニであり、まっとうなシステムである――があったが、ブートストラップの授業はこれを使って行われた。
まずパネル上に並んでいるスイッチを上げ下げし、ごく短い機械語のプログラムを手作業で入れていく。次にこの機械語のプログラムを使って、プログラムを読むためのプログラムを入れる。その時点で、役目を終えた最初の機械語プログラムは消える。そして今度は読み込み用のプログラムが働き、高級言語と機械語とを翻訳するプログラムが入る。ここでもまた、お役ごめんとなった読み込み用プログラムは消えていく。
これでこのコンピュータは高級言語を使えるマシンとして立ち上がる。
水面を波が伝わっていくようなブートストラップのイメージをつかんだとき、タケシはある種の感動を味わった。
この日、彼は日記にこう記している。
「今日のフォートランの授業は、ブートストラップの解説だった。頭の中の霧が、強い風を受けてすべて吹き飛ばされたような気分。スミズミまでが、はっきりと手に取るように見える。すごく面白くて、頭の右後ろ半分がさえわたっているような気がした」
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