■ 日本電気のセールスエンジニア、部品となったコンピュータと出合う |
DECのPDP-8
富田倫生
2009/11/19
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など |
担当となったICテスターの開発は、本質的には検査専用のコンピュータ作りに他ならなかった。
当初集積回路には、ほんの10個ほどの部品が組み込まれただけだった。だがその後、チップの集積度は目覚ましい勢いで高まった。むかでの足のように伸びたピンから信号を入れて行う検査も、集積度が高まるにつれて複雑になっていった。でき上がった集積回路を検査の工程でためてしまわないように、素早く処理する新しい装置が求められるようになった。針金に情報を書き込むワイヤーメモリーを用い、記憶させた検査のためのプログラムをデコーダーを使って読み出すICテスターの頭脳の開発にあたった後藤は、意識しないうちにコンピュータの基礎技術を身につけていった。
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当初ICテスターの制御装置は、一から開発していた。ところがディジタルイクイップメント(DEC)という新興の小型コンピュータメーカーが出したPDP-8と名づけられた機種は、検査装置のコントロールに用いるのにぴったりだった。メーカー自身とごく一部の専門担当者にマシンに関する情報を独占させるのではなく、各分野の研究者や技術者に使い道やノウハウを開拓してもらうことで利用の裾野を広げていこうと考えたDECは、自社の製品に関して徹底的に技術を公開する方針をとっていた。
ICテスター用に導入したPDP-8には、詳細な回路図が添えられていた。ここまで中身が明らかにされているのなら、自分たちで安く作れるように思えた。後藤は上司の渡辺に諮って、PDP-8を作ることを一時期真剣に検討していた。
同じ時期、日本電気のコンピュータ部門が同等の性能を持つミニコンピュータを開発したことから、PDP-8の自作は実行されなかった。だが後藤はICテスターの開発を通じて、PDP-8を自分自身で独占することのできる「パーソナルコンピュータ」として徹底的にしゃぶりつくしていった。
検査装置の開発に携わった5年間、後藤の上司だった渡辺和也は、1974(昭和49)年5月になって、集積回路にごく小規模なものながらコンピュータの機能を作り付けたマイクロコンピュータの担当セクションに、部長代理として移っていった。
この年、後藤も半導体の製造拠点として設立された九州日本電気に転属となった。
九州に移って間もなく、後藤は渡辺が担当することになったマイクロコンピュータに、個人的に興味を持つようになった。与えられた仕事と直接の関係はなかったが、ほんのちっぽけな集積回路が間違いなくコンピュータとして機能するという事実には、体重を失った体がふと想念の中に舞い上がるような浮遊感を覚えた。初めてのマイクロコンピュータを作ったインテル社が、4004と名付けたこの製品を動かしてみるために、最低限の周辺回路を組み合わせて売り出していた評価用のキットを買い求め、会社のテレタイプにつないで動かしてみた。
ICテスターを担当していた時期、回路図があるのならと後藤はPDP-8を作ることを考えた。だがテレタイプから送り込んだプログラムを4004が確かに実行してみせるのを見た後藤は、ユーザー自身がコンピュータを作るという発想が、拍子抜けするほど身近なものになったことを痛感させられた。確かに4ビットと小さな単位で処理を行う4004のスピードは、ミニコンピュータに比べればはるかに遅かった。だがコンピュータの中央処理装置(CPU)は、すでにでき上がった形で、マイクロコンピュータという電子部品として提供されていた。ならば周辺の回路を少し用意するだけで、さまざまな用途向けのコンピュータをかなり気軽に作れるようになることは、発想さえ切り替えれば誰の目にも明らかになるように思えた。
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