第2部 第4章 PC-9801に誰が魂を吹き込むか |
1982 悪夢の迷宮、互換ベーシックの開発 |
「PCサブグループ」の要望
富田倫生
2010/4/26
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など |
小澤昇をチーフとする製品計画ワーキンググループは、マシンの仕様を固めていくために3月に入った直後からミーティングを繰り返した。従来の8ビット機の流れを汲んだマシンを作るという新しい方針にもとづいて、浜田は渡辺和也と話し合い、彼の部隊の中心メンバーである後藤富雄と加藤明に加わってもらうこととした。
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ワーキンググループのメンバーは、あくまで所属部署の仕事を持ったまま、プロジェクトの作業を並行して進めるというのが建て前だった。だがN-10プロジェクトが走りはじめた3月段階ですでに、浜田をはじめとするメンバーの全員がこのグループはいずれビジネスパーソナルコンピュータの専門組織へと脱皮するのだと考えていた。彼ら流の命名によれば、8ビット機で市場を開いてきた電子デバイスのチームは、「PCサブグループ」だった。
PCサブグループの後藤と加藤は、あらためて新16ビット機に6つの注文をつけた。
第1に、N88-BASICとN-BASICに互換性を持ったベーシックを採用すること。第2に、PC-8801やPC-8001と周辺機器を共有できるようにすること。第3に、専用のモニターだけでなく、家庭用テレビにも接続できるようにすること。第4に、8ビット機用に開発した5インチのフロッピーディスクを接続できるようにすること。第5に、これも8ビット機で外部記憶装置として使われ、アプリケーション供給のベースとなってきたカセットテープレコーダーを接続できるようにすること。そして第6に、増設ボードを簡単に組み込めるように拡張スロットを用意し、仕様を公開してサードパーティーによる開発を後押しすること。
PCサブグループの2人に対し、約半年でN-10を発売に持っていくというスケジュールは、完璧に伏せられた。一方、製品の仕様に関しては、彼らの意見は積極的に取り入れられた。
オフィスコンピュータの製品計画に携わってきた小澤は、従来機からの継承性を重視するという方針は承知していたものの、まがりなりにもコンピュータに家庭用テレビやカセットテープレコーダーへのインターフェイスを用意せよという注文には違和感を禁じえなかった。さらにPCサブグループからの注文の中で、もっとも大きなギャップを感じさせられたのは、拡張スロットの仕様公開だった。
これまでコンピュータ事業をになってきた情報処理事業グループにとって、ユーザーに対してマシンをブラックボックスとして提供することはまったく疑いの余地のない大前提だった。機能拡張用のスロットをつけるにしても、あくまでユーザーの目には触れないブラックボックスの中に設けるのが当然だった。ソフトウエアに関しては、ユーザー自身が言語を用いてアプリケーションを書くなど、メーカー以外の人間がシステムの中身に関与する部分が存在していた。ただしことハードウエアについては、いっさいがメーカーの領分だった。ユーザーを含む第三者が勝手にハードウエアに手を加えることなど、きわめて無謀で危険な振る舞いと考えるのが常識だった。にもかかわらずPCサブグループからは、スロットの仕様公開が求められた。
確かにアップルII をはじめPC-8801も簡単にボードを差し込めるようスロットを本体に内蔵しており、IBMのPCもこの流儀を踏襲してはいた。だがあらためて拡張スロットを表にさらし、インターフェイスの技術情報を外部に公開するのだと腹をくくるために、小澤は大きく肩で息をつかざるをえなかった。
製品計画ワーキンググループは、ハードウエアの開発を直接担当する戸坂馨のチームと意見を交換しながら仕様の細部を詰めていったが、使用するマイクロコンピュータに関しては双方とも当初から8086で異論はなかった。インテル系の8ビット機を継ぐ以上、考えられるのは8ビットの尻尾を残した8088か、純粋な16ビット仕様の8086だった。先行するマシンを後ろから追いかける以上、8086をとって一気に追い越そうという見解は、開発計画に携わる者のあいだではじめから一致していた。
マイクロコンピュータ自体に速いものを選ぶことに加えて、開発チームは新16ビット機の処理速度向上の秘密兵器として、日本電気のマイクロコンピュータ事業部が開発した新しいLSIを採用することを決めた。
1981(昭和56)年2月19日、日本電気は「世界で初めて製品化されたグラフィック・ディスプレイ制御用LSI」と銘打ってμPD7220Dを発表し、9月から汎用部品として販売を開始していた。
すでに日本電気の端末装置事業部は、この年の7月に発表したN5200に、図形の描画と文字の表示を高速化するGDC★を初めて組み込んでいた。
★従来メインフレームやオフィスコンピュータの端末装置は、もっぱら文字だけを画面に表示してきた。それに対しミニコンピュータやワークステーションを使った設計の支援やシミュレーションなどの分野から、複雑な図形をコンピュータで取り扱おうとする動きが生まれてきた。パーソナルコンピュータもまた、はっきりとグラフィックスを志向した。さまざまな階層のコンピュータ上で、教育や経営分析などの幅広い分野を対象にグラフィックスの処理に対する要求が高まりつつあることは明らかだった。 こうしたグラフィックスを取り扱っていくことは、コンピュータの可能性を大きく広げる効果をもたらした。だがもう一方で、マシンに求められる処理能力のレベルは、これによって大幅に高まらざるをえなかった。 もちろんコンピュータが本来備えているCPUだけを使って、画面上に図形を表示させることも可能だった。ただしその際は、プログラムを実行していく過程で図形を表示する必要が生じると、メインのCPUが図形を構成する点の1つ1つの位置を計算して割り出し、グラフィックスの表示を終えてから本来のプログラムの流れに戻って処理を継続する形をとらざるをえなかった。そこでグラフィックス関連の処理に専門にあたる回路を別に用意し、CPUへの過負荷を解消しようという発想から生まれたのが、グラフィックス専用の制御LSIだった。 こうして開発されたグラフィック・ディスプレイ・コントローラー(GDC)μPD7220Dを組み込んだシステムでは、CPUは図形を表示する必要が生じた際にはどこにどんな図形を表示せよという命令だけをGDCに指示し、自らは本来の作業手順の流れに沿ってどんどんプログラムを実行することができた。その間にGDCが図形の表示に必要な作業を並行して進めてくれるため、処理時間は大幅に短縮された。GDCは直線、円弧、四辺形を高速で描画することができ、表示した図形の塗りつぶしの機能を備えていた。 さらにGDCには、文字を高速で表示するための機能も組み込まれていた。ドットの集まりによって表現される文字を表示することも、CPUにとっては大きな負担となる。そこでもっぱらテキストだけを取り扱ってきた従来のシステムでも、文字パターンの表示に関しては、専用のキャラクタージェネレーターが用意されてきた。こうした回路を利用したシステムでは、CPU自体は1字1字に割り振られたコードの形で文字を取り扱い、表示に関してはどのコード番号の文字をどこに示せとだけ指示することができた。 アルファベットや数字を表わすには、最低でも縦7×横5の35ドット、つまり35ビット分のデータが必要となる。これが漢字なら、最低でも縦16×横16ドット、つごう256ビットに膨らむ。もしもCPUだけで文字の表示を行おうとすると、1文字につきこれだけのデータを動かさなければならない。一方コードで扱うだけなら、アルファベットや数字、カナは8ビット、数の多い漢字でも16ビットで識別することができる。GDCにはこうしたキャラクタージェネレーターとしての働きが、関連する機能を付加した形で組み込んであった。 |
この成果を横目で睨んで確認していた開発チームは、描画と文字表示の高速化という2つのメリットを生かすために、新しい16ビット機にグラフィックス用とテキスト用にそれぞれ専用のGDCを用意しようと考えた。
縦横16ドットの文字のパターンを収めたJIS第1水準の漢字ROMに関しては、標準で持たせるべきか、オプションにまわしていいか判断が分かれた。ただ新16ビット機が当面速いPC-8801を目指し、PC-8801が漢字ROMをオプションにまわしていることから、必須とはいえないと判断して標準搭載は見送られた。
画面の解像度に関しても、新16ビット機はPC-8801の640×400を引き継いだが、あらたにこの解像度で、8色のカラーの表示機能が与えられた。
8ビット機との周辺機器の共有化を図るという注文に応えるために、外部記憶装置に関しては横並びでずらりと対応できるようにせざるをえなかった。8ビット機用には5インチと8インチのドライブが用意されてきたので、それぞれの規格に対応したインターフェイスを標準装備した。カセットテープレコーダーがパーソナルコンピュータの外部記憶装置として今後どれほど使われるかには大いに疑問があった。だがこれも、PCサブグループからの注文を受け入れ、拡張スロットに差し込むオプションのボードとして、インターフェイスを用意しておくことになった。さらにオプションとして、あらたにハードディスクも提供することとした。
メインのメモリーは、128Kバイトの標準装備を決めた。
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