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パソコン創世記
第2部 第4章 PC-9801に誰が魂を吹き込むか
1982 悪夢の迷宮、互換ベーシックの開発

互換ベーシックの著作権侵害を問うべきか?

富田倫生
2010/5/6

前回「『N88-BASICをそのまま載せているのではないか』」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 もしも西がパーソナルコンピュータのメーカーのトップであったなら、著作権の侵害の有無をめぐって徹底的に争うという選択肢もあった。

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 最終的な内部構造が異なっている以上、日本電気は権利侵害はいっさいないと主張するに違いない。ただし、こうした手法が互換ソフトウエアの開発にあたってどこまで許されるかに関して、明文化された規定が存在していない現状では、法廷で充分やり合うことはできる。

 その際は、中間コードの類似を著作権侵害の証拠として持ち出すことも可能だろう。プログラムに規則的な変換をかけただけのトークンコードに対しては、互換ベーシックを書こうとすれば確かに完全に合わせる以外に手はない。この点を突いて、日本電気側は「トークンコードは外部仕様に属する」と主張するのだろう。だがいずれにしても、争うことだけはできる。加えて同じ日本電気の渡辺和也のチームにベーシックを供給する際、オブジェクトコードの使用権だけを与えるとしてきたことも争点となしうるだろう。

 確認を求めると渡辺和也も後藤富雄も、「情報提供はまったく行っていない」と断言してみせた。ただし法廷で争う気なら、浜田俊三のチームに「半導体から情報を受け取っていないという具体的な証拠を示せ」と迫る手もあった。

 こうして争った挙げ句、最終的に「権利侵害はなかった」と結論づけられたとしても、情報処理事業グループが初めて送り出してくるパーソナルコンピュータの出鼻をくじき、ユーザーに購入をためらわせる効果は十二分に発揮できるのだ。

 だが基本ソフトウエアをメーカーに売り込む立場の西にとって、情報処理事業グループの16ビット機が失敗すること自体には、何のメリットもなかった。これまで緊密なパートナーシップを保って日本市場の開拓に協力してきた電子デバイス事業グループとの関係に、日本電気の新しいグループの参入が間違いなく影響を与える以上、今後の舵取りにあたって考慮すべき点は出てくるだろう。ただしこの市場に新しい勢力が出てくることは、彼らがマイクロソフトから基本ソフトウエアを調達する限りにおいては歓迎すべき事態だった。

 突き詰めれば問題は、彼らがベーシックを西から買わなかったという一点だった。

 もう1つ懸念があるとすれば、16ビット機のものはGWベーシックに統一し、互換性の基盤として機能させるというマイクロソフトの方向付けにはずれたマシンが誕生してしまうことだった。だが事ここにいたっては、互換性の輪からはずれる点には目をつぶらざるをえなかった。

 「妥協できないのは買わないことだけだ」

 西はそう結論づけた。

 9月、著作権侵害に対する疑念を水面下で充分にぶつけてから、西は浜田に提案を持ちかけた。

 今後情報処理事業グループは、互換ベーシックのライセンス料に相当する金額のマイクロソフト製品を、別個に購入する。著作権の表示には、マイクロソフトと日本電気の両社名を併記する。この条件を受け入れる限り、マイクロソフトは今回の互換ベーシックに関して著作権の侵害を問わない。

 浜田はこの提案を受け入れた。

 1982(昭和57)年10月13日、情報処理事業グループはPC-9801と名付けた初めてのパーソナルコンピュータの発表に踏み切った。

 マイクロコンピュータは5Mヘルツ版の8086。標準で128Kバイト搭載したメモリーを、640Kバイトまで拡張できること、GDCの採用によってカラーのグラフィックスを高速で処理できることに加えて、PC-8001やPC-8801と互換性を持つベーシックの採用によって、従来機のソフトウエア資産を活用できることが、新機種の特長として謳われた。ROMに収められたN88-BASIC(86)はPC-8801に用いられたN88-BASICと互換。加えてPC-8001に用いられたN-BASICと互換のN-BASIC(86)が、カセットテープによって供給されることとなった。

 報道関係者に配布された資料には特に、「N-BASIC(86)、N88-BASIC(86)は日本電気株式会社が作成したものである」と注記してあった。

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