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パソコン創世記
第2部 第5章 人ひとりのコンピュータは大型の亜流にあらず
1980 もう1人の電子少年の復活

パソコンは大型のエピゴーネンにあらず

富田倫生
2010/6/29

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 1980(昭和55)年は、創造の神の僕(しもべ)たる松本にとって復活の年となった。

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 〈パーソナルコンピュータとは本質的に、従来のコンピュータ技術の枠組みからなんらはずれるものではない〉

 マイクロソフトのベーシックを売り込み、CP/Mの果たす役割をOEM先のメーカーに訴えかけているあいだ、松本の胸にはそうした思いが澱(おり)のように積み重なっていた。

 〈本質的に新しいものなど、何もなかったのではないか〉

 松本は耳の奥で何度もそうささやく声を聞いた。

 〈だが本当にそうだろうか〉

 アメリカで注目を集めた新しいソフトウェアを前にして、松本は再び考えはじめた。

 ダニエル・ブリックリンによって書かたビジカルクは、1979年5月のWCCFで発表され、この年の終わりになって発売された。

 ブリックリンは煩雑な手計算から逃れるための道具として、ビジカルクを書いた。だがビジカルクを手にした多くのユーザーは、ブリックリンの想定を超えて、考えるための道具として電子集計表を使いはじめた。いったん作り上げた画面上の表を前にして、この条件をこう変えたらどうなる、ああしたらどうなると試行錯誤を繰り返し、最終的な結論を導き出すためのシミュレーションの道具として、ユーザーはビジカルクを利用した。

 〈操作した結果が即座に返ってくる環境下で、自分の目で見ながらあれやこれや考えるための道具が、果たして既存のコンピュータ技術の中からも生まれただろうか〉

 そう問いかけたとき、松本の内でパーソナルコンピュータにもう1度光が当たりはじめた。

 コンピュータの処理能力が高価な資源であり続ける限り、1人の人間が機械を占有してじっくり想を練るための道具など成り立たなかったのではないか。マシンの処理速度からすればすさまじく大きな空き時間をはさみながら、あくまで人間のペースで物事を進める贅沢でむだの多いソフトウェアなど生まれえなかったのではないか。マシンの処理能力の値段を一挙に引き下げるマイクロコンピュータがあってはじめて、1人ひとりの人間のための強力な思考の道具となるビジカルクは誕生できたのではないか。

 人間の考え方や感じ方に合わせて物事を進めようとすれば、コンピュータには無理もむだも覚悟してもらわざるをえない。従来のコンピュータ技術は人間が機械の都合に合わせ、貴重な処理能力を最大限活用することを基調としていた。だがマイクロコンピュータは機械と人間の優先順位を逆転し、人の都合に合わせたコンピュータ文化を作りはじめる出発点を提供したのではないか。

 とすれば、パーソナルコンピュータは大型コンピュータのエピゴーネンにとどまらないのではないか。

 ビジカルクと出合ってから、松本はパーソナルコンピュータをもう1度積極的な視線でとらえはじめた。

 そして1980(昭和55)年が明けて、松本は再び動き出していた。

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