第2部 エピローグ 魂の兄弟、再び集う |
1983 Windowsの約束が果たされた日 |
西和彦とビル・ゲイツの別れ
富田倫生
2010/9/2
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など |
スポットライトを浴びて闇の中から歩み出た西和彦は、聴衆の中のただ1人を求め、目を細めて視線を遊ばせた。
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最前列の中央に席を占めていた旧友と一瞬視線を合わせると、西は正面を向き直って口を切った。
「Windows 3.1の完成と発表、本当におめでとうございます」
少し鼻にかかったようななつかしい西の声が会場に広がっていったとき、壇上を見上げていたビル・ゲイツの肩がかすかに揺れた。
1993(平成5)年5月17日、新高輪プリンスホテル飛天の間に業界関係者と報道陣およそ2000人を集めて、マイクロソフトはWindows 3.1日本語版の発表会を催した。
MS-DOSにGUIモジュールを提供するという遠い日の西の約束は、この日、10年の空白を経て果たされた。
「マイクロソフトのこうした会に、7年ぶりに出て参りました」
そう続けた西は、小さな咳払いを1つ挟んだ。
西和彦とビル・ゲイツの出会いは、アスキーとマイクロソフトの双方に大きな実りをもたらした。
だがマイクロソフト副社長となってからも、西がまずアスキーの西であり続けたことは、2人のあいだに溝を残し続けた。
1985(昭和60)年の秋から株式の公開を真剣に検討しはじめたマイクロソフトは、事業体制整理の一環として、日本市場への取り組みを見直しはじめた。
重要な契約は結んでいても、マイクロソフトとアスキーには資本関係はなかった。ゲイツは西にマイクロソフトの副社長というポジションを提供していたが、給料は支払っていなかった。「資本関係のない2つの企業から給料を受け取っていては、双方の利益が衝突したときに割り切れないだろう」との認識を、彼らは共有していた。
ゲイツと西のあいだには、もっとも野心的なビジョンを共有できるかけがえのないパートナーとしての信頼があった。だがパーソナルコンピュータ産業がすさまじい勢いで発展していく中で、業態をつぎつぎと拡大しながらかけ上ってきた西は、マイクロソフトとの提携を大成功させたあとも、変わり続けることをやめようとしなかった。「これまでROMやフロッピーディスクに収めていたソフトウェアを、シリコンに焼き付けた形でも提供していきたい」として、西は半導体事業に意欲を燃やした。一方ゲイツは、業態をあまりに急激に変化させることをためらった。
新しいビジネスチャンスを貪欲につかみにかかる過程で、西はいくつかの問題を積み残しもした。
強烈な個性を備え、じつによく似通った2人が手を結んで大きな成果を上げ続けるその一方で、両者のあいだには歪みもまた蓄積されていった。マイクロソフトの意向に100パーセント沿いうる子会社を日本にも作るべきだとする社内の意見に対して、西への共感と友情はゲイツの決断をためらわせ続けた。だが最終的には、1986(昭和61)年3月いっぱいの契約切れを機に、マイクロソフトはアスキーとの独占代理店契約の解消に踏み切った。
同年2月17日、マイクロソフトは日本法人のマイクロソフト株式会社を設立した。
マイクロソフトの販売窓口では新しいものは作れないとして、西の再三の復帰要請を断ってきた松本吉彦は、彼が1人になって初めてアスキーに戻る気になった。
だがこの事件をきっかけに、去っていったスタッフもいた。
マイクロソフト日本法人の社長には、古川享が就任することになった。
古川をはじめとするスタッフを引き抜かれた西は激怒し、以来ゲイツとは顔を合わせることはなくなっていた。
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