第5回 5つの学位を持つ天才
脇英世
2009/2/6
1989年マイクロソフトはアドビとフォント戦争を起こす。これもネイサン・ミアボルドの仕掛けである。
1990年代に入って、ネイサン・ミアボルドが手掛けたプロジェクトで明らかになっているものはいくつかある。まずデジタルオフィス製品であるマイクロソフトアットワークがある。これは構想の基盤があいまいで失敗した。次にビデオ・オン・デマンド(VOD)を狙ったタイガーがあった。これも問題の難しさを理解しておらず失敗した。次にマイクロソフトのパソコン通信MSNがあるが、これは、通信速度は14.4kbpsで十分だとか、インターネットはいらないといった認識不足で失敗し、インターネット中心での再編を余儀なくされた。
ほかにもインテリジェントTVや手書き認識もネイサン・ミアボルドのにおいがするがよく分からない。大向こうを狙うならネイサン・ミアボルドだと考えればだいたい当たっている。
打ち続く失敗も、ビル・ゲイツのネイサン・ミアボルドに対する信頼を傷つけることにはならない。それどころか1995年にはビル・ゲイツとともに『The Road Ahead』(邦題『ビル・ゲイツ未来を語る』西和彦訳、アスキー)を書いている。
マイクロソフトの中では、ネイサン・ミアボルドをどう思っているかというと、みんながある意味で彼とかかわり合いになるのを恐れているらしい。
物理屋さんのセンスは、工学とはあまりにも離れていて大胆でしかも勇ましいのである(*4)。ネイサン・ミアボルドが出てきたと聞くとみんなが逃げる。失敗して責任を取らされたのではかなわない。マイクロソフト内部の人間の悲鳴が採録されている例がある。多分これが本当だろう。
(*4)『インサイド・インテル』にはこんなふうに書いてある。「ミアボルドはよく『昨日の晩ビールを飲みながら、こんなことを思いついたんだ』と言ったものです。(中略)彼の物事の進め方には科学的な厳密さがなく、第六感、ひらめき、当て推量ばかりでした」 |
「おお神様、ネイサンがまた何かX計画をやっている」
最近ではウィンドウズCEが彼の影響下にあり、従って私(筆者)はこれからは比較的距離を置いている。
ネイサン・ミアボルドが認めるように、マイクロソフトは歴史的にほかの会社の技術をまねすることはあっても、開発したことはなかった。それに不満なネイサン・ミアボルドは1990年代に入ってマイクロソフトに研究所を作るために奔走する。ネイサン・ミアボルドはカーネギー・メロン大学からリック・ラシッドを引き抜き、その下にダン・リンを付け、トランザクション処理分野でジム・グレイを獲得、グラフィックス分野でジム・カジヤ、ジム・ブリン、アンドリュー・グラスナー、アルビー・レイ・スミスなどを獲得した。
マイクロソフトの研究所の重点研究項目は、音声認識、自然言語処理、人工知能、プログラミング言語とツールなどである。このような高尚な分野を標的に選んだのでは、はっきりいって成果を上げるのは難しいだろう。山が高すぎるのだ。
ネイサン・ミアボルドは物理屋さんによくあるディレッタントの典型で、料理にも手を出す。シアトルのフランス料理店のキッチンに潜り込むだけでなく、料理コンテストで入賞したり、シアトルの動物園で料理を振る舞うパーティを開いたりしている。ついに高じてフランスのシェフ学校へ、料理を勉強しに3週間行ったそうである。どんな料理を作るのだろう。
ネイサン・ミアボルドのインタビュー記事は大体加工編集されているのでち密で重厚そうな論旨に思えるけれど、実際には散漫な話し方をする。予備知識がまったくなければ、ネイサン・ミアボルドにインタビューをしても、とても記事にする気になれないだろう。あれもこれもと発散してまとまりがないのだ。筆者だけでなく、実際に会った人が何人も同じ感想を述べている。
ネイサン・ミアボルドには奥さんのローズマリーと双子の男の子がいる。この双子の男の子はネイサン・ミアボルドのエッセイに登場する。ネイサン・ミアボルドはスレートのWebサイトによく投稿している。ビル・ゲイツに対して大量にレポートを書くことで有名なように、書くことは好きなようだ。
インタビューと違って文章は重厚、博識で奥が深い。引用を見ても孫子やクラウゼビッツの『戦争論』、宮本武蔵『五輪書』と実によく読んでいる。もう少し時間をかけて推敲(すいこう)したら相当読ませるものを書くに違いない。ずいぶん前にこの人に会ってから注意して観察してきたが、この人に一番向いている職業は物書きではないかと思う。
■補足
ネイサン・ミアボルドは、1999月6月マイクロソフトを去った。サバーティカル休暇ということだった。マイクロソフトの幹部がサバーティカル休暇というと、大概は辞めるのである。実際はスティーブ・バルマーに追い出されたという。ネイサン・ミアボルドはモンタナ州でティラノサウルス・レックスの化石を発掘した。ジュラシック・パークを地でいっているのだろうか。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
» @IT自分戦略研究所 トップページへ |
@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。
現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。
これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。