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IT業界の開拓者たち

第42回 早過ぎた孤独な予言者

脇英世
2009/4/8

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 アラン・ケイによるダイナブックの思想はあまりに有名である。東芝のパソコン、ダイナブックの名称もこれに由来している。この名称は、アスキーが日本国内で商標登録しておいたものを、東芝が譲り受けたのである。

 辛らつな人からは、東芝のダイナブックは、アラン・ケイのダイナブックには何も関係がないといわれているが、東芝の人間がアラン・ケイに恐る恐るダイナブックを見せに行ったら、くれないかといわれたという。アラン・ケイにそういわれて、東芝の人はダイナブックを謹呈してきたという話だが、真偽のほどは知らない。

 アラン・ケイによれば、「あらゆる情報に関する必要性を満たし、ノートブック程度の大きさで、誰にも所有でき、あらゆるデータを記録できる個人用のダイナミックメディアがダイナブックである」という。

 アラン・ケイのダイナブック思想を支える独特な部分に、メディア論がある。多少抽象的だが、紹介しておこう。

 「あらゆるメッセージは、何らかの意味で、あるアイデアのシミュレーションである。それは、具体的にも抽象的にも表現される。メディアの本質は、メッセージの埋め込まれ方、加工のされ方、見られ方に依存する」

 「デジタルコンピュータは、もともと算術計算のために設計されたが、どんな記述的なモデルの詳細に対してもシミュレートできたということは、コンピュータをメディアそのものと見なせば、メッセージの埋め込まれ方、加工のされ方、見られ方が十分によければ、あらゆるメディアとなり得るということである」

 ここが、最も難解で独特な思想である。「さらにこうしたメタメディアは能動的である。それは質問や実験に答えることができる。従ってメッセージは学習する人を双方向の会話に巻き込む。こうした特質は個々の教師というメディアを通してでは、これまで得られなかったものである」

 つまり、文字処理能力だけでなく、高度の音声処理能力や画像処理能力を伴えば、一方的でなく、パソコンとの対話的なコミュニケーションができるということだろう。

 ダイナブックとは、前述のとおり、大体次のコンセプトに集約される。

 「携帯型で、普通のノートブック程度の大きさと形で、個人用で、それだけですべてが備わった知識の操作機であり、視覚にも聴覚に対しても訴えられる十分な能力を持ち、記憶したり変更したいと考えられる、あらゆるデータを蓄えるのに十分な記憶容量を持っている」

 そのための具体的な要請として、アラン・ケイによれば、まず50万ピクセル程度の高解像度画面が必要である。次にいろいろなフォントを持つことが必要である。編集能力、描画ペイント能力、アニメーション・音楽の能力も必要である。また特にシミュレーション能力が重視されている。

 いまでは当たり前となった要求仕様だが、1977年当時、こうしたダイナブックの思想はまだ実現に程遠いものだった。ダイナブックは、夢だと思われた。今日、ダイナブックの理想はハードウェア的には実現されたが、アラン・ケイのいうメディア論やシミュレーションの理想はまだ完全には実現されていないようだ。

 ベトナム戦争とヒッピー文化がアラン・ケイに与えた影響は小さくないと思う。ある意味で反体制的でありながら、現実逃避的で、自由で拘束されたくないという当時の若い人たちの考え方が強く表れている。徴兵されては危険だからと進んで志願し、それでいて軍の中では規則違反と反抗ばかりしているところが苦悩の表れだったのだろう。理想の研究所のようにいわれながら、実際には軍事研究出身者が主流を占めたPARCは、ヒッピー的な人々のたまり場であった。そういう曲折した環境の中でアラン・ケイの独特の思想は花開いた。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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