第21回 誰にも依存せず、新しいものを生み出す会社でいたい
長谷川玲奈(@IT自分戦略研究所)
大星直輝(撮影)
2009/6/29
登大遊(のぼりだいゆう) ソフトイーサ 代表取締役会長 1984年11月17日、兵庫県尼崎市出身。小学校2年生のころからプログラミングに親しむ。筑波大学第三学群情報学類1年だった2003年7月、IPAの未踏ソフトウェア創造事業 未踏ユースにプロジェクトが採択され、VPNソフトウェア「SoftEther 1.0」を開発する。2004年4月、ソフトイーサ設立。現在、筑波大学大学院システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻博士課程前期2年。 |
■起業の目標は「どこにも依存しない会社を」
SoftEtherの事業で会社を設立することを決める前から、筑波大の情報学類の学生3人で、起業するのはどうかという話をしていました。2003年の9月ごろです。起業して何をするかは決まっていなかったんですけど、「大学発のベンチャーはこれからはやるんじゃないか、それならいまのうちにやった方がいい」という思いがありました。筑波大はベンチャーが多いので。その年の7月にSoftEtherのプロジェクトがIPAに採択されていたのですが、まだそれで起業するということは考えていませんでした。
またそのころ、大学の研究室が、研究に使うソフトウェアを高額で外注していたんです。1000万円とかで。あれ? 1000万? 高過ぎ? 自分たちでもっと安くできるんじゃないか……と思ったんです。
大学院生は、授業料を払ってソフトウェアを作っているでしょう。それが企業になったらお金を1000万くらいもらって作る。差が激しいんです。それを知って、自分たちも企業を作ったらいいんじゃないかっていう話になったんですね。
起業の最終的な目標として、マイクロソフトみたいになれればいいんじゃないかという話をしていました。マイクロソフトは、ほかのどこにも依存せずにやっているように見えます。「自分で作り出す」というような感じで。
筑波大の情報学類の学部を出た人が就職する会社は、システムインテグレータが多いんですよ。そういうところに行くと、誰かに依存せずに作っているソフトウェアは少ない。誰かに発注されて作っている。マイクロソフトはそうではなくて、別に誰に指示を受けたわけではないけれども作っています。
発注されて何かするという会社は世の中に十分あるので、そういう会社が1つ増えても面白くない。発注されたわけではないけれども作る会社を増やした方が、自分たちも楽しいし、ソフトウェアの数が増えて世の中のためにもなるという考えがありました。
その後、2003年12月にSoftEther 1.0のベータ版を公開。未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクト管理を受託している三菱マテリアルから、SoftEther1.0の商用版を出したいという話をもらったことがきっかけになり、SoftEtherの事業で2004年4月に会社を立ち上げました。創業メンバーは3人で、現在の社員は10人です。
■さまざまな分野のプロジェクト
初めのうちは、製品のコアな部分は全部自分で書いていました。それを売るためのほかの会社との契約や事務手続きも、当時は1人でやっていました。最近ではほかの社員に任せられることはかなり多いです。だんだん量が増えてきています。
現在、6つぐらいのプロジェクトを並行して進めています。分野はけっこう多岐にわたっていますね。自分がリーダーで進めているのはPacketiX VPN(SoftEtherの後継版ソフ トウェア)とHardEther(2拠点間に1Gbpsのイーサネット専用線を敷設するサービス)のプロジェクトです。ほかにPacketiX Desktop VPN Businessという製品や、セキュリティの監視カメラ系伝送システムのプロジェクトなどがあって、ほかの社員がリーダーをしています。1つのプロジェクトを1人または2人で担当しています。
個々のプロジェクトの内容や進ちょくはリーダーに委任し、自分はあまり干渉しないことにしています。そのプロジェクトにどれくらいの予算があればいいのか、いまどれくらいもうかっているのか、赤字になっていないかなどを月に1回ほど見直すくらいです。
週に1回報告会がありまして、全社員が集まるのはそのときだけです。この1週間にあった重要な話をしましょうという趣旨の会です。
■自己満足か、社会に役立つ製品か
そのとき、この製品が単なる自己満足なのか、それとも社会に役立つものなのかを、よく考えて開発してほしいという話をたびたびしています。
社会に役立つものかどうかを判断するのは難しいのですが、会社の製品なので、少なくとも利益が出ていさえすれば、役に立っているだろうと考えられます。例えばPacketiX VPNなどは利益が出ているので、おそらく役に立っているのだろうと判断できます。
ところがだいたいのメンバーは、採算を考えずにやっているように見える。「まったく考えてない?」というようなこともときどきあるんです。それを考えてもらうために、採算予測表のようなものを作ってもらうことにしています。これまでどれくらいの予算をかけたか、これからどれくらいかける予定か、黒字にするにはどれくらいの売り上げと利益があればいいのかを、Excelのファイルで管理しています。
「利益が出ている状態をイメージしながら開発する」ことが非常に重要だと考えています。開発者がそれをイメージしながら作ったソフトウェアは、社会に役立つものになる可能性が高いように思えます。逆にまったくそういうことを考えずに作ると、うまくいくかどうかは五分五分で分からないですね。
利益が出ている状態をイメージしながらプログラムを組めば、何かに迷ったとき、例えばある機能を入れるか入れないかで悩んだときに、利益が出るか出ないかで判断することができます。利益を出すという目標があれば、開発途中で「これだけの売り上げが立つって宣言したのに、そうなっていない。これはまずいぞ」と思い出すことができる。間違った方向にいっていたら、それに自分で気付き、自分で戻すことができるはずなんです。
■多くの人に使ってもらえるものを提供したい
思い出すと、自分がSoftEtherを作ったときも同じような考えでやっていました。無償配布版は、「せっかくだからたくさんの人に使ってもらえるように」ということを常に考えながら作りました。だからこそ有名なソフトウェアになったと思っています。製品版を作ったときは、「いま売っているVPNのソフトウェアもハードウェアも高すぎる。もっと安くてもっと品質がいいものができればうれしいだろう」と考えました。自分が購入する立場だとしたら、ぜひ買いたいと思えるものになるまで時間をかけて作って、出来上がったものを初めてリリースしたという感じです。
「サービスを多くの人に提供する」という意識は昔からありました。中学と高校で放送部の部長をしていて、昼休みに音楽をかけるような普通の活動をしていました。それをちょっと拡張して、かけたい音楽を携帯電話からリクエストでき、さらに予約もできるというシステムを作って部員に公開しました。
高校ではドメインを取って、メールサーバ、Webサーバを立てて、高校の先生たちにメールアカウントとホームページアカウントのサービスを提供しました。校内で情報システム担当のようなことをしていたんです。
そのとき、自分1人で楽しむものより、多くの人に使ってもらえるものを作る方が喜びが大きいと感じました。以降、「少数が使うものではなく、1回作れば少なくとも数千人が使ってくれるものに力を入れる」と決めています。
サービスというものは非常に重要です。サービスとは公共的な役務の提供のようなもので、個人で行うとコストが高すぎるものを、専門家が多くの人に広く提供する形で行い、個人の満足を得るということ。ものを運んだり、ダムを造って電気を起こしたりということを、個人がするのは非効率なので、力のあるところが専門的に行って安く提供するのがサービスです。近年の社会は、それが発展しているからうまくいっているのだと思います。
そもそも、人間自体がサービスによって成立しているんです。人間から見ると、地球は生態系を維持するというサービスを提供している。太陽は熱源としてエネルギーを提供するというサービスを提供している。いろいろなものが力を出し合って、うまくいっているわけです。
そういう社会の中で、「いまないものを作ってみよう」と考えて行動しています。
■束縛しないことが、技術者の能力を発揮させる
ソフトイーサには、普通の人とは違うんじゃないかっていう、ちょっと変わっている人が集まっています。短時間で見たら、生産効率がおそらく一般的な技術者の10倍以上。そしてバグが少ない。
その人たちの能力の発揮を妨げないためには、決められたことや決められた時間があまりないことが非常に重要だと思っています。
普通の会社だと、フレックスタイム制を採用していても、昼間はオフィスにいないといけないとかありますよね。うちはまったくない。どこでやってもいい。別にオフィスに来なくてもいい。週に1回報告会があるくらいで、あとはいつ何をしていても、誰も怒りません。そういう環境が重要なんです。
技術者を管理するには、必ずどの技術者よりも優れた技術を持っている必要があります。自分の下に何人か技術者がいるなら、そのうちの誰かが急に業務を行えなくなっても、自分が代われるだけの技術力があるのが望ましいと思うんですよ。マイクロソフトがそうなんです。下の人から見て、技術のことを何も分かっていない人が管理をしているのは不満の元で、良くないことですね。
時間さえあれば全部自分でできる、でも時間がないので、みんなにやってもらっている。そういう形が正しいと思います。
ソフトイーサであれば、もし自分が技術が駄目になったら、別の人が代表者になればいいという話ですね。
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