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ストレスと上手に付き合うために
ITエンジニアにも重要な心の健康

第10回 遁走――ある日突然、姿をくらます

ピースマインド
カウンセラー 谷地森久美子
2004/9/2

エンジニアにとっても人ごとではないのが心の健康だ。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。

Aさんの日常

 来る日も来る日も朝から晩まで働いていると、年に1度や2度は「あぁ、誰にも干渉されないどこか遠くへ1人で旅に出てしまいたい」と思うことがあるでしょう。

 そんなことを思ったAさんの事例を紹介しましょう。

 Aさん(大手IT企業の社員で34歳、独身)は入社以来、朝から晩まで会議と昼食時以外のほとんどの時間、パソコンに向かい続け、納期直前には連日泊り込みも当たり前のような職場で働いています。

 もともと学生時代から人と接するよりも、自分の興味のある分野を研究していくことが性に合っているAさんだったため、仕事でも連日徹夜の時期があっても、大学院時代の研究室での泊まり込み生活の延長のようなもので、さほど苦にはならなかったそうです。

 これまでは自分の得意分野を生かし、上司の指示に従って仕事を進めればよかった状況が、年々経験を積む中でプロジェクトの中堅格として認められ始め、顧客からのクレーム対応業務も任せられるようになりました。

 学生時代、職業選択に当たって自分の仕事をコツコツと積み上げる技術職の方が向いていると判断し、いまの会社を選択したはずだったのに、結果、自分を取り囲む環境が許してくれなくなってしまったのです。

 それでもまじめなAさんは、クレーム対応に関しても周囲に愚痴や弱音を吐くことなく、淡々と処理することを続けていました。そんなある日、顧客のB社から、Aさんのプロジェクトに大きなクレームがつけられました。Aさんはいつものように謝罪と今後の対応のために顧客先に出向きました。今回もAさんの誠意ある対応と客観的な説明で、少々時間はかかりながらも、B社も納得の方向に収まる風向きとなりました。

そして行方不明

 Aさんの足取りとして会社が把握しているのはここまで。その日の夜を境に、Aさんの行き先が突然分からなくなったのです。

 数日間様子を見た後に、会社は警察に捜索願を出しました。その後も両親と会社で手分けをして足取りをつかもうと試みましたが、しばらくは何の連絡も情報も得ることはできませんでした。

 そして2週間ほど過ぎたころ、近県の警察からAさんが見つかったとの連絡が入りました。両親が急いで面会に行くと、Aさんはさすがに親の顔を見た瞬間には、「心配を掛けて申し訳ない」と涙を流しましたが、行方が分からなくなった前後の記憶、特にクレームの件の記憶はまったくなく、どうしてこうなったか、そして、これまでどうやって生活していたか、うろ覚えの状態でした。

遁走(とんそう)とは

 このような状態を「遁走」といいます。遁走にはもともと“逃げ出す”という意味があります。

 遁走はさまざまな原因で生じますが、通常は過度のストレス状況と関連して生じると考えられます。

(1)うつ病の疑い:最悪、死に場所を求めての場合があります。また、希死念慮(自殺願望)が認められなくても、誰もいないところに行く目的で姿をくらますこともあります。

(2)解離性遁走(以前は心因性遁走)の疑い:本人にとってストレスフルな状況に際し、防衛反応として起こるものです。一種のもうろう状態で、気が付いたら知らない土地に来ていたということが多々あります。遁走中、本人は自分の記憶を失いながらも、日常的なこと(電車の切符を買う、食事をするなど)は、傍目から見ると普通に行って見えるため、その状態を気付かれません。

(3)さらに病的な疑い:典型例としては妄想によるもの(例⇒いつも誰かに追いかけられている、神に命じられてなど)。そのため、一般的には統合失調症圏の状態を疑います。

 Aさんの場合は、上記の(2)解離性遁走に該当します。クレーム対応の仕事が、本当は嫌で苦痛でたまらないのに「嫌とはいえない」とまじめに几帳面(きちょうめん)に物事をとらえ、誰にも相談せず、1人で悶々(もんもん)と悩みを抱えていたと考えられます。

 そして、本人も気が付かないところで、つらくしんどい思いを心の奥にしまい込み、あたかもそれがなかったかのように平静を装う努力をし始めます。

 ところがある日、過度のストレス状況を契機に心のバランスが崩れ、奥底にあった思いが遁走という表現となり、Aさんは突然、日常生活から姿を消すことになった……と考えられます。

重要なことは自分の感情を伝えること

 Aさんのようにならないためにも、自分の考えや困ったこと、気掛かりなこと、自分の感情を普段から周囲の人に言葉にして伝えていく工夫が必要です。

 私たちの生活は人と人との関係性の中で成り立っているため、特に仕事に関しては、たとえ目の前の相手が自分の問題を直接的に解決できないとしても、つらい気持ちを共有してもらえると精神的に余裕が生まれ、直面している問題から、ふっと距離を保てる場合もあるのです。

 自分の責任はわきまえながらも、同時に、いかに人に協力を仰げるか――。心の健康を考えるうえで大事なことといえるでしょう。

参考文献:『産業心理相談ハンドブック』(大西守、篠木満、河野啓子、廣尚典、菊池章彦著、金子書房)

筆者プロフィール●ピースマインド 谷地森久美子(やちもりくみこ)
東京学芸大学大学院修了後、区立教育センター(教育相談部)勤務。その後、国立精神神経センター精神保健研究所、某私立大学学生相談室、大手企業の専属カウンセラーを経て、現在はピースマインドにて、主に“働く人”の「こころ」の問題に日々取り組む。「カウンセリングとは、時に癒(いや)しとなり得るが、根底に流れるものは格闘技に通じる」と考えているそうだ。地域の猫たちに遊んでもらうことが毎日の楽しみだという。なお、ピースマインドが提供する「ストレスCheck」を@IT自分戦略研究所で試してみることもできる。

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